思想
翌日もまた出勤で(といっても仕事場と家が同位置にある俺にとって見れば、通常業務が用意されているかされていないかの差でしかないが)無論見回り業務が予定として組まれていたのだが、近頃どうも真面目に巡回をしすぎているような気がしたので、さぼることにした。
相方は俺の部下(しかも真撰組に入ってから半年ほどの新人)だったのでまくのは容易く、隊服を着たままとりあえず近くのコンビニで棒アイスを買い食べながら、駄菓子屋で身体に悪そうな人口着色料がふんだんに使われたお菓子でも食べようか、と馴染みの駄菓子屋を目指して歩いていた。
ざわめく江戸の町は人で溢れかえっている。
夜とはまた別の雰囲気を持った昼の喧騒をBGM代わりに歩くと、視界の端に見知った人達を捉えたような気がした。
反射で足が立ち止まり、流れで歩いていた人々は迷惑そうに俺をちらりと見て行った。
それでも俺は、再度歩き出そうとはしなかった。
視界の端に止まったその人物達を探すと、目標の方角が決まっていたせいかやすやすと見つけることが出来た。もっとも、それは俺にとって不可思議な光景そのものでしかなかったが。
「なんで、土方さんと神楽が一緒にいるんでィ」
それは思わず言葉として発してしまうほどの意外性を含んだ風景だった。
乱雑な道の片隅で二人は顔を突き合わせ、立ち止まり話をしているのだ。
神楽が土方さんをどう思っているのかは知らないが、土方さんは神楽のことをあくまで万事屋の一員としか見ていなかったし、俺が彼女の惚れていると判明した後は俺を介した視点でしか神楽を見ていなかったはずだ。
だから、立ち止まり話するような間柄だとは到底思えなかった。
とはいっても共通の話題は結構転がっているはずなので、有りといえば有りなのだろうか? と首をかしげながらも二人に声をかけようと近づいた。
「……――分かっている。分かっているアル。……けど、お前にまで迷惑かけるとは思っていなかったヨ」
文脈の分からない言葉を述べて、神楽は笑った。
それは、酷く無邪気な――昔見せていた子供のように純粋な笑み。
「ありがとう、多串君」
「……いや、礼を言われるほどのものじゃない。あいつの気持ちも、不本意ながらそれなりに分かるからな」
少しだけ口元を緩めて笑う土方さんの姿は、なぜか親しい人に向けるそれであって。
ずくり、と心臓が奇妙に痛んだ。
「――土方さん!」
気付いた時には、二人がかもし出す雰囲気をぶち破るかのように声を発していた。
すると、俺の声に気がついたのか二人は同時に俺の顔を驚いたように見ていた。
が、土方さんは何かに気がついたのか眉間に皺を寄せて、俺を睨みつけた。
「沖田。テメー、今の時間帯巡回当番だったはずだろ。サボったなァ!」
「それよりも、土方さんが神楽と密会していたなんて意外でさァ。身も心もおっさんになったからって幼な妻を求め始めちゃあおしまいですぜ。てーわけで、今ここで人生すっぱり終わらせてやりやすんで、副長の座俺に寄越しやがれィ」
刀を取り出しながら口角を上げて馬鹿にした笑いを見せてやると、血の気の多い土方さんはぴくりとこめかみを動かしわずかに瞳孔を開かせた。
「俺がいつ幼な妻求めたってんだァァアアア!」
「ついさっきでさァ」
「テメーの脳味噌一回かっぴらいてその構造変えなくちゃいけねーみてぇだなァ! 覚悟しろォォオオオ!」
俺の挑発にやすやすと乗った土方さんは刀を抜き出した。
すると、その様子を静かに眺めていた神楽がぷぷっとおかしそうに笑った。
「嫉妬でもしたのか? 私と多串君が喋っているだけなのに。……可愛いな、オマエ」
その言葉に俺も土方さんもぴたっと動きを止めた。
これは、土方さんが俺をからかう要因が出来たので嬉々として触れてくるに違いない、と思い彼を見ると口に手を当て笑いを抑えようとしているのだが、見事失敗していた。逆に腹立たしい。
「……刀の錆になってくだせェ」
「お、沖田が嫉妬! んな可愛いもんするようになるとはなッ。しかも、俺に!」
斬りかかっているというのに、その事実以上にどうやら俺が嫉妬した(しかも土方さんに!)という事実のほうが土方さんの中では遥かに大きいらしい。
ひょいひょい、と避けながら笑いをこらえつつ状況を指摘しているのだから、更に腹立たしい。
ああ、バズーカが手元にあれば!
「煩いですぜ、土方さん!」
「何言ってんだ。バレたのが俺でよかったじゃねーか。これが山崎なんかだったら明日には屯所全員へ伝わっていたぜ?」
笑いをこらえつつ俺の刀を避けながらそう述べる土方さんを、睨みつけた。
「明日屯所全員に伝わるより、最初に土方さんにバレるほうが嫌でさァッ!」
がん、と振り下ろした刀は地面を破壊しても土方さんを破壊するには足らず。
ぐっと土方さんを睨みつけると誰かに腕を引っ張られた。
「多串君、面白いもの見せてやったんだから私に沖田貸すヨロシ!」
それは神楽だった。
ぐいぐいと引っ張られながらそう叫ぶ彼女の声が近くで聞こえる。
彼女の言葉になんと反応するのだろうかと土方さんを見ると、ふっと許容するような笑みをこぼして足を止めていた。
「夕方には返せよ」
「もちろんヨ!」
土方さんの同意が得られたということは、とりあえず夕方までの仕事を彼がフォローしてくれるということなのだろう。
俺は神楽に引っ張られながら走った。
彼女のどこか童心に帰ったような無邪気な表情を見ながら。
着いたのは最初俺が目指していた馴染みの駄菓子屋だった。
それはかぶき町にあったため、一時かぶき町で生きていた神楽にとっても馴染みの駄菓子屋であった。
駄菓子屋で俺はビニールスティック型寒天を買い、神楽は何の迷いもひねりもなく酢昆布を買っていた。
毎度〜、と穏やかでのんびりとしたおばあさんの声を聞きながら外に出ると、ビニールの先端を破きちゅうっと人口着色料がついた妙に甘い寒天を吸う。
神楽は隣でくちゃくちゃと酢昆布を食べていた。
そうしながら、神楽が歩く速度と方向をあわせて俺も歩いていた。
「んん〜、やっぱり酢昆布は美味しいアル! どこの星に行ってもこれ以上の駄菓子を見つけられなかったヨ」
「駄菓子限定かよ」
「もちろん! 主食とお菓子を同一のものとしてみるなんて邪道アルッ」
「俺にはその邪道さがわかんねーなァ」
くちゃくちゃと口の中でビニールを弄ぶように噛みながら肩を竦めると、神楽は呆れたような目で俺を見ていた。
「主食とお菓子の違いも分からないようじゃ、オマエもおしまいアル」
「ご飯とふりかけがあれば十分だって言ってるテメーの感性のほうがおしまいじゃねーか」
「何言っているネ! ちゃらちゃらしたおかずはご飯本来のうまみを喪失させてしまうアルッ。逆にふりかけだけのほうがご飯のうまみをひき立たせてるアルよッ!」
声を荒げた神楽は気持ちが治まったのか、ふんと鼻を鳴らしにやりと人をバカにしたような笑みを浮かべた。
「まぁ、私の食べ方は玄人だから、オマエには理解できないのかもしれないけどな」
何故だか食べ物談義をし、ついた場所はつい最近待ち合わせ場所に使った馴染みの公園だった。
俺はなんでここを目指して歩いていたのだろうか、と神楽に問いかけるため横を向いたのだが、刹那刀を抜いていた。突然溢れた殺気は俺に向かって発せられ、振り下ろされた傘を受け止めればその重さに手がじぃんと痺れた。
そうしながら、たんっとバックステップを踏んで距離を取る。
「なんでィ、仲良く談話してたと思ったら途端に戦闘かィ」
「休暇っていっても、訓練しなきゃ体が鈍るネ! 実践だったらオマエと戯れるのが一番だからなッ」
その言葉に俺はふっと笑った。
「神楽の相手に選ばれるのは光栄でィ」
そうしながら、俺は口にビニールを挟んだまま強く踏み込んだ。
神楽も同様に酢昆布を口に咥えたまま、足を踏み込み得手を振り落とす。
それを刀で流すと右足を振り上げ、神楽の胴体へ回し蹴りをする。その攻撃は既に見切っていたのか、腕で見事に防御された。そんな無防備な状態の俺の背に向け、逆手で肘を落とそうとする。
が、体重を重心からずらし右に倒れることで、その攻撃を回避する。
しかし、すぐに傘を持ち直し転がっている俺に向けて傘を振り下ろしてきた。
だから、足を彼女の足に引っ掛け倒そうとすると、予想していなかったのか体重をかけていなかったのかぐらり、と神楽の体が揺れた。
それを見て、態勢を立て直すためたんっと起き上がり、刀を彼女の首元に向けようとすると俺の首元には神楽の傘の先端があった。
「楽しいなァ」
にやり、と笑い俺は一言述べた。
その言葉に、きょとんと目を見開いた神楽もにやりと楽しげに笑った。
「私もオマエと闘うのは楽しくてしょうがないアル」
その言葉が引き金になり、二人で互いの首に得手を突きつけながら大声で笑った。
転がり砂がついた服を軽く払うと、二人でベンチに座った。
そうして、ガキが無邪気に騒いでいる様をのんびりと眺めながら、俺は気になっていたことをさっさと聞くことにした。
「さっき、土方さんとなに喋ってたんだ?」
その言葉に、神楽は少しだけ目を伏せて悲しそうな表情をした。
「銀ちゃんのことヨ」
「旦那の?」
それは神楽に関係のある人物だった。もっとも、真撰組とは相性が悪く特に土方さんとは同族嫌悪だろうか、妙に会う機会があるらしくその度に喧嘩していたが。
神楽が彼について喋るのはわかるのだが、土方さんも混じれば途端に違和感を覚えて聞き返していた。
「たまたま酒の席であったとき伝言を頼まれたらしくて、それを聞いていたネ」
もっとも、それは二重伝言になる予定だったみたいだけれどと彼女は付け足した。
「旦那はなんて言ってたんでィ」
神楽は、少しだけ笑ってさらりと言った。
「――たまには顔を出しなさい。ただそれだけヨ」
神楽はそう言い、肩を竦めた。まるで、哀愁を打ち消すかのように。
その言葉が、未熟だからまだ彼らに会いたくないのだと以前言った彼女を思い出し、妙に物悲しく思えた。本人も相手も再開を望んでいるのに、あえてそれを拒むのは辛いだろう。想像でしか彼女の感情を思い描けなかったが。
「私はまだ未熟ネ。未熟だから、銀ちゃんに会ったらきっと甘えてしまう。それが嫌なのに――、けれど銀ちゃんを悲しませるのも嫌」
彼女は苦笑した。
自分は我が儘なのだと述べ。
そんな彼女の姿が、あまりにも可哀想で慰めたくてでも、俺達のスタンスはそれでなかったしまだ抱きしめるほどの関係でもなかったので、ぐしゃぐしゃと頭を撫でた。
「なにするネ、沖田!」
髪を乱され神楽は声を荒げた。
「好きに生きりゃいい。自分の意思を曲げて自分に会うよりも神楽がいいように生きることを、旦那を含めテメェの周りの人間は願っているだろーよ」
その言葉に、神楽は驚いたのかきょとんと俺を見ていた。
「まるで大人みたいな発言アル」
「一応、神楽よりは大人なんでねィ」
肩を竦め、そう述べた俺に対して神楽は大げさに笑った。
それは、まるで気の抜けたような笑顔で。
「オマエが大人なのは実年齢だけで、精神年齢は私と大して変わらないヨ」
「じゃ、精神年齢も上回っていることをこれで実証してやろうじゃねーか」
そうして刀を取り出すと、神楽も立ち上がり得手を持ちくるりと後ろへ宙返りをして間を取った。
「女性の成熟度が早いことを実証してやるヨッ!」
まるでストレス発散をするように、俺達は気の済むまで喧嘩をしあったのだった。
ちなみに、決着はつかないまま引き分け回数を伸ばしただけであった。
>>20070823
メモ「おっさんの会話」とリンク。
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