二日目
夜間歩き続け、影ができそうな一際大きい岩陰を見つけると夜が明ける前に休んだ。
といっても、熟睡することは出来なかったし半分はえいりあんを警戒しての見張りで起きていたため、すこぶる休めたとは言い難い。
それでも、夜が来たため宇宙船を受け入れる空港がある場所まで行くため俺と連れは歩き出した。
「そう言えば、お前の名前はなんて言うんだ?」
男は俺の名前を知っているだろうが、俺は男に名前も聞いていなかったことを思い出して問いかけた。
問いかけに反応し俺に向けた顔の表情はまったく感情が読み取れず、硝子のように変化のない鳶色の目で俺を視覚している。
「沖田総悟って言いまさァ。好きに呼んでくだせェ、星海坊主さん」
「ああ」
独特のイントネーションで自分の名前を言った男は、さみぃなと呟きながら不愉快そうに首にかけてある布を引っ張る(黄砂と昼間は熱対策で男は着物の上にマントのように形成された布を身に付けていた)。
俺はそんな男の風に流される黄色い髪を見ながら、妥当に苗字よびながしだろうな、と考えた。
この砂漠は妙に静かで、まだ俺達はえいりあんに襲われていない。
だから、暇すぎて沖田に話題を探しては話しかけてしまうのだ。
「ところで、沖田。俺ァ、アンタのことを見たことがあるような気がするんだがしらねぇか?」
「また、唐突な質問でありやすね」
まぁ、いいんですがね、と沖田は呟く。
返答は思い当たることがあるのか即答に近い形で戻ってきた。
「恐らくですが、五年ほど前にアンタ地球の江戸ってところに来たことがあったでしょう?」
それは印象的な記憶のうちの一つである。
いつの間にか居なくなっていた娘を探してたどり着いた場所が、地球という星の江戸というところで。
娘は止まり木と称したそいつらと居ることに固執した。
無理やり娘を連れ出し、共にえいりあんばすたーとして星間を駆け巡ろうとしたのだが、しかし俺とは違い夜兎の凶暴性だけではなくそれを押さえ込み他者と共に生きることを望んだ娘に呼応し、止まり木と称した奴らの一人――そうふわふわした綿飴のような銀色の髪で死んだ魚のような目の男が、娘を救ったその時俺は娘を地球の江戸という場所に残すことを決めて。
親の知らぬところで子は育っていくことを知ったその記憶は、確かに五年ほど前のものだった。
「地球のターミナルにバカ王子のペットが放たれて、危うく江戸が壊滅しそうになったその最前線に仕事の関係で居やした」
それは、娘が危うく命を落としそうになった場所であった。
「仕事?」
端的に聞くと、沖田は俺を見て肩を竦めた。
「地球で喧嘩を生業としている警察――真撰組という組織に属しているんでィ。ありゃあ武力行使に訴えるしか手がなかったんで俺らも借り出されていたんだが……まぁ、出番なかったんで見物してたんでさァ」
確かにあの時は俺と銀髪の男、そして軍艦ぐらいか? 目立ってたの。
だが、真撰組という名前は聞いたことがある。確か地球に来た直後にうっかりえいりあんと遭遇したものだから狩って忠告した時に、そこのゴリラ――違う、局長とかいう奴と話したはずだ。
「そこで視界の端にでも映ってたんだと思いますがねェ」
あと他には記憶にねーなァと呟く沖田を見ながら、確かにはっきり認識した記憶がないため(第一名前も聞いたことがなかった)その程度なのかもしれない、と納得した。
「ところで、アンタ夜兎だろ? ここの昼間は岩の影に居るとはいえ日差しがつえーんだが平気なんですかィ?」
夜兎は日の下を嫌う。
それを知っていれば、砂漠のど真ん中で(例え影が存在したとしても)身を晒すことがしんどいことなのか想像することぐらいはできるだろう。程度は分からなくとも。
それを思えば沖田の質問は至極まともなものだった。
「平気だ。俺の日傘は特注品でなァ、銃としても防御壁としてもだがこれの下であれば日の暑さと明るさを完全に遮断し紫外線予防美白効果まであるという女性にも優しい設計になっている」
その言葉を聞いた途端、沖田はうわとヘンなものを見るように俺を見ていた。
「毛根が死滅したおっさんが美白効果に固執するたァ……キモいぜィ」
顔から微妙に上目線でそれに触れた途端、反射条件のごとく声を荒げていた。
俺に毛髪のことに触れるのは禁句である。
「毛根に触れるなァァァアアア! 爆撃正面から受け止めたら誰だって死滅するわッ」
死滅寸前の髪に止めを刺した事実を反射的に述べると、沖田は流れるように言葉を発生させた。
「いやいやいや、むしろ焼き畑農業の原理でもっと丈夫な毛髪が発生したかもしれやせんぜ」
「マジでか」
本当にそうであれば今の俺は、以前のようにふっさふさであるはずだ。
「でも、死滅したってこたァ、星海坊主さんの毛根は爆撃前に死んでたんでィ」
期待させておいて、結局オチをつけて落胆させた沖田は人を舐めきったような笑みを浮かべている。
こいつ、絶対サドだ。
「期待させるようなこと言わないでくれるッ?」
「未だに発毛への希望を捨てきれないアンタが悪いんでさァ」
にやりと笑った沖田は、見た目が爽やか好青年だけに邪悪度が無駄に増している。
「捨てきれないもんなの! 俺の頭がつるっつるじゃなかったらマジでモテてたから。マジヤバイから」
「四十過ぎのおっさんがマジヤバイとか言っている時点でキモいでさァ。ほんと、いろんな意味で無理でやす」
「なに、いろんな意味で無理とかってッ!」
「そのまんまでさァ」
男はさも楽しげに口での攻撃を止めない。
はっきり言って、俺が理性ある大人でなかったら今ここで沖田と対決してたな。っていうか、この状況下でなかったら確実に傘向けてた。
それも計算ずくなのか、沖田は笑みを深める。
と、ふと強い風が吹き砂嵐が巻き起こった。
俺はとっさに帽子が飛ばされないように手で抑えて、もう片方で皮膚が見えている顔を手で覆いながら顔を伏せる。
その現象はそんなに長い時間ではなく、砂煙はすぐに消えてなくなった。
「しかし、本当に静かだなァ」
沖田は独り言を言ったようだった。
やはり、彼も俺と同じ考えのようである。えいりあんがいるはずなのに、静か過ぎると。
「まぁ、いいや。星海坊主さん、どれぐらい進んでいやすか?」
「船長に教えてもらった空港までの道のりとこれを照らし合わせると七分の二ってところだな」
俺が常備持ち歩いている荷物の中には、非常時用として距離測定器つきの方位磁石がある。他にも遭難や急なえいりあん襲来にそなえて最小限のものがそろっている。
今回は仕事から休暇に向かう途中でこんな状況に陥ったため、武器や食料に関しては手持ちが少ない状態であったが、消耗品でないものはこうして有効活用が可能だ。
特に数字で見れるってことは、いつまで続くか分からないことへの不安を解消できる。
沖田は俺の言葉を聞いて、溜息を一つ漏らした。
「楽しい旅はまだまだ終わりそうにありやせんね」
「だろうな」
こんな面倒はさっさと終わらせて、娘と楽しい休暇を取りたい。
帽子を押さえながら、身を振ることで砂煙を多少払うと先に進むため更に歩を進めた。
そういえば未だ帽子は取ったことがないのに、沖田は俺の毛髪が死滅していることをなぜ知っていたのだろうか。ふと疑問に思ったが、俺は有名であるので情報はどこにでも転がっているしあまり気にせず、隣で首に巻きついている布を引き上げマスク代わりにしている男をちらりと一瞥するだけで、俺達は歩くのに集中した。
日がまた出番を見せるまで、俺達は歩き続けなければいけないのだから。
>>20091117
終始星海坊主さん視点で行きますよ。
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