三日目




 日が昇りまた落ちると、俺達は空港を目指し砂の中を歩く。
 歩くという行為にはなんら変化はなかったものの、昨日とは明らかに空気が違っていた。
 沖田もそれに気がついているのか、歩きながら刀の柄に手を添えている。
 気配は――十。無造作に出している殺気はえいりあんの中でも弱者のほうに分類されるだろう。強者であれば、食のため節操なく生物を襲うえいりあんであってもむやみやたらに殺気を出して警戒させることはない。

「沖田」

 彼に声をかけると、その意図が分かったのか歩みを止めて俺の背に自身の背を向けた。

「やっぱり、静か過ぎるのはつまらなくてしょうがありやせんね。――楽しみの一つでもなけりゃあ」

 獰猛な笑みの一つでも浮かべているのだろうか。
 俺は息子を思い出しながら、沖田の言葉に笑みを浮かべた。

「随分、戦闘に狂ってやがる」

「俺が好きなのはただの喧嘩でさァ」

 傘を構えると、砂の中に埋もれていたのだろうか襲い時と認識した犬型のえいりあんが地面から飛び出した。
 力をこめるには柔らかすぎる砂の上で、足に力を込め飛ぶ。
 正面から飛び込んできたえいりあんの口が傘を噛む。
 が、俺は雨を払うように傘を右に振る。
 衝撃に耐え切れなかったえいりあんは宙を舞い、砂煙を上げながら落ちた。
 その隙を狙ってか、他のえいりあんが俺に襲い掛かる。
 それよりも早くジャンプすると、傘の先端を向け弾を発射した。
 マシンガンのように連続で発射できる銃で打つと、二匹は胴体を貫通し血を流して倒れる。流れ弾に当たったもう二匹は同じく血を流しながらも、気合をいれるように低く唸った。
 そうして着地直後の俺に襲い掛かるが、傷口を抉るように傘で殴ると中の器官がやられたのか起き上がることはなかった。
 他の五匹を担当していた沖田を見ると、すでに片はついていたようで血に濡れた刀を持ちながら俺を見ている。
 彼の服に返り血が付着した形跡はない。
 それだけ刀の腕はすごいのだろう。

「あっけなくおわりやしたね」

 懐紙を取り出し刀を拭きながら、ひどくつまらなそうに沖田は言った。

「無駄な体力使うわけにもいかねーから、楽なほうがいいさ」

 そう言うと、沖田は驚いたように目を見開き俺を凝視していた。

「アンタがそんなことを言うとは思いやせんでした」

 俺はその言葉にクククッと笑った。
 その感情は、まぁ理解できないものではなかったため。

「殺し合いは本能さ」

 ここにいつまでも居ると死体を食らうえいりあんがやってくるだろうし、なにより娘に会える時が延びてしまうので歩き始めると沖田は血を拭き終わった懐紙を投げ捨て刀を仕舞い、俺のやや後ろを歩く。
 それを確認すると、俺は言葉の続きを述べた。

「――夜兎の本能は押さえきれるもんじゃねーからこうやってえいりあんばすたーをやっているが、俺としては殺し合いなど余力でやって飲み込まれねーようにするべきだと思っている」

「だから、余力を別に回さなけりゃいけないときは殺し合いを積極的にするつもりはねーとでも?」

 沖田の言葉は何の感情も含まれていない、硝子のようにのっぺりしたものだった。
 彼の地球人にしては高い戦闘能力と殺し合いを楽しむような口調から、殺し合いを楽しまない俺に苛立ちの一つでも見せるかと思ったのだが。

「ああ。本能を無理やり抑えるつもりもねーが、本能に飲み込まれ血に飢えた獣のように殺し合い主体で生きるつもりもねーからな」

 殺し合いを始めてしまえば本能の赴くままに相手を殺していくのだが、けれどそれだけではつまらないのだと思ったのはさて、いつの頃のことだったか。
 覚えてもいねェが、だからこそ俺は夜兎の中でも異質だったのだと認識している。
 そんな俺をどう考えているのだろうと視線を後ろに向けると、沖田はにやりと楽しげに笑っていた。
 そこに何の感情があったのか、俺にはまったく理解できない。
 まぁ、沖田は俺に理解してもらおうなどと思っちゃいねぇに決まっているが。

「確かに、本能に全てを飲み込まれちゃあ獣と一緒でさァ。喧嘩は本能を開放したり押さえ込んだりするのが醍醐味だってェのに」

 俺はそっちのほうが好きでィ、と沖田は呟いた。
 意外と、この男は理知的な生き物なのかもしれないなと思う。
 でなければ、快楽を求め本能の赴くまま生きるだろうから――殺し合いの中で。それほどにこの男は俺達と同じ匂いを感じたし、そうでないとも思った。
 彼が所属する組織が、そうさせたのだろうか。それとも彼個人が道徳的な生き物だったのだろうか、警察に所属したいと思うような。

「夜兎ってのは、アンタみたいな人ばっかりなんですかィ?」

 何てことないように聞かれた事柄に、俺は苦笑した。

「いや。俺は特異例だ。――もっとも特異例でいけば娘が最たるものだろうし、夜兎らしさでいけば息子が最たるものだろうけどな。俺は中途半端だ」

 そう考えれば、俺の子供達はなぜこうも極端なのだろうと思う。
 俺の夜兎である要素は全部息子が持っていったし、夜兎らしくない要素は全部娘が持っていった。
 遺伝子とはそんなもんだと思うが、それにしたってどうしてこうも俺と妻の要素を上手くブレンドしないものかと思う。

「アンタァ、それで満足でやすか?」

 俺は、ふっと笑った。

「満足だ。欲を言えば娘のように守るための力を持てれば一番良かったんだがな」

 本当は娘の姿勢を一番好ましいと思っている。
 彼女は、守るために力を揮えるからだ。
 俺がそれをやるには夜兎の本能が邪魔をし、どうしても戦いを優先してしまう。彼女ももちろん夜兎の血を引いているため戦いを好む系統にあるが、いざという時にはどんなに楽しい戦いの最中でも引くことに躊躇しないし命を優先できる。
 俺や息子がただひたすらに攻撃のみを重視した戦い方をするのに対し、娘は守るために戦う。
 それが、彼女が一番あの銀色の元で学んだことなんだろうと思っていた。

「アンタには守るべきものがあるんですから、その時点で守る力は持ってまさァ」

 沖田はひどく穏やかに笑った。
 彼にも彼の守るべきものがあるのだろう。
 守るための力というものを知っているからこその言葉だし、表情であった。

「そうだといいんだがなァ」

 あの、地球の江戸という場所に居るもしくは居た人たちはそういう風になるのだろうか。
 何かを守るために力を振るうように。
 そんな風に思いながら、前を見た。
 砂埃が舞う砂漠の果てに空港が見えることもなく、まだまだこの即席旅は続くようである。



      >>20091130 意外と沖田って割り切って戦っていると思うんだ。



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