四日目




 また昨日と同じように歩き続けた俺達は日が出る前に日よけ出来そうな岩を見つけ、空がだんだん明るくなっていく頃には飛行機から多めにパクってきた毛布を張り砂埃を少しでも防ぐための簡易的なテントを作成すると、非常食用として配布された缶詰と乾パンを食べた。
 予定では七日で空港まで着くはずなので、不測の事態に備え二倍の十四日分に食料を分けている。
 ゆえに、食べられる量は成人男性二人にしてみれば少なすぎるものとなっていた。何せ、一日一回しか食事を取れない上に、食事は缶詰一つと乾パン一つ。
 もっとも、空港に残った奴らは体力を消耗しない代わりに、救助がいつ来るか予測もつかないためもっと食事の量は制限されているだろうが。

「あー、早く娘に会ってのんびりバカンスしたいなァ」

 今頃娘と会って美味しい料理を食べながらのんびり温泉の一つでも浸かっていたかと思うと、このまったく違う状況下に溜息が出そうだった。

「そういやァ、飛行機墜落したときからずっと娘が娘が、って言ってやすね」

 もそもそと少しでも味わうようにゆっくり嚥下していた沖田が、俺の独り言に反応し顔を上げた。
 俺は娘の話をしたかったため(息子は可愛くないが娘は可愛い)、沖田ににやりと笑みを浮かべる。

「本当は仕事終わって合流してから、休暇を利用して芭燗素星で娘とのんびり過ごす予定だったんだよ。それを邪魔されりゃあ、男親だったら誰だって怒るわ」

「そういうもんですかね? 俺にはわからねーなァ」

 そう言って、彼は首をひねった。
 俺は肩を竦める。

「子供を……特に娘を持つと分かるもんさ。大切に育てた娘をどこの馬の骨とも知れない男に取られる前に、少しぐらい報いを受けたってかまわねーだろ?」

「アンタだって、よそ様の大事な娘かっぱらった身じゃねーか」

「こうなってみて、初めて義理の父の気持ちが分かるってもんさ」

 さらりと痛いところをついてくる沖田に対し、少しピントのずれた返答をした。
 それはそれ、これはこれである。

「というか、どこの馬の骨とも知れない男が娘にいるかも知れねーんだよなァ」

 俺は、溜息を吐いた。
 確証を得ているわけではないが、近頃娘は何かにつけ携帯を気にするようになった。もっとも、えいりあんばすたーなんていうものをしているせいで星を転々としているので、男が周りに居てもその姿が一定していることはなかったのだが。
 けれど、(あんまり日々を一緒にすることはなかったダメな親だとしても)娘の変化は気がつく。
 娘の居ないところでその類の愚痴を最近よくしていたので、沖田にも愚痴ろうと思い彼を見るとなぜだか衝撃を受けたように目を見開き固まっていた。

「……なんか、変化でもあったんですかィ?」

 俺の視線に促されたのか、沖田は硬直を解除するとそう俺に聞いた。
 そんな沖田の行動が不思議であったのだが、とりあえず愚痴りたい気持ちを優先し彼の話題に乗っかる。

「ああ、業務用でしか使っていなかった携帯電話を気にするようになった」

 その言葉に、沖田は目をきょとんとさせた。

「それだけ? だったら、友人が出来て連絡きているか気になっているだけじゃないんですかィ?」

 確かに沖田の言葉にも一理ある。
 その携帯電話を気にするようになった原因が友人が出来たことで、その友人からの連絡を気にしていることだって確かにありえるだろう。
 だが、俺は違うと確信していた。

「かもしれんがな、娘は俺の前でほとんど携帯いじんねーし四六時中一緒にいるわけでもねーが、時折メールを見ているのか携帯を眺めていると、娘は楽しそうな表情と共にこう、びみょーな雰囲気をかもし出しているんだよ! なんっつーか、ちょっと異性に好意を持っているようなッ」

 経験者は語るじゃねーが、無駄に人生長いせいか人の状態を見分けやすくなっているし、恋愛も(昔だが)したわけなのでかもし出す雰囲気ぐらいは理解できる。
 そいつが気になっているのかもう付き合っているのかは定かではないが、少なからず好意を持つ異性と連絡を取っていることぐらいは娘の表情で分かった。
 なので、理由をまくし立てると沖田は視線を下に向け、口角を上げた。
 それはほんの一瞬のことで、俺に視線を向けると沖田はにやりとバカにしたような笑みを俺に向ける。

「行き遅れにならなくて良かったじゃねーか」

「いやいや、娘はまだ十八だからねッ。むしろ、早すぎるぐらいだから!」

「歳なんざ関係ねーよ。特にアンタの娘じゃあなァ」

「え、視線上ッ? 上のほう見ながら言うの止めてくれるッ? 娘だからッ。女の子は男よりハゲづらいからねッ!」

 辛辣すぎる沖田の言葉に反応して主に上方面へ過剰な反応を示した俺に対し、彼は楽しそうにけらけらと笑った。

「しっかし、親がアンタじゃあかっさらう男は大変だろうなァ」

 ひとしきり笑った沖田は、なんてことなしにそんなことを言う。
 まぁ、確かに娘を掻っ攫う男は必然的にえいりあんばすたーとして名を馳せている俺と決闘と挑むということなので、沖田の呟きも理解できた。

「娘がそう弱い相手を選ぶとも思えんがな」

 娘は夜兎としては特異に属するが、しかし夜兎であることには変わりない。
 戦いを本能として日常茶飯事のように行なう最強の傭兵集団。
 その娘が、戦いの一つも知らないような男で満足するとは到底思えなかった。

「じゃあ、そこそこに強い相手だったらいいんですかィ?」

「せめて、娘ほどにはな」

「アンタの娘もえいりあんばすたーしているぐらいだから相当強いと思いやすがね」

 俺は頷いた。

「確かに娘は強い。だが、実力としては俺の七割方しかないだろうし、その程度だったら同等の実力の持ち主だってそこそこにいるだろうよ。――例えば、お前のようにな」

 娘ほどの実力であれば、(選択肢は限りなく狭まるだろうが)いないことはない。
 現に、目の前の男は娘と同等の実力をもっているだろう。
 確かに、と沖田はくつくつと笑った。

「もっともッ! その条件を満たしていたって、娘が『彼氏連れてきたの』なんて男に引っ付きながら紹介した日にゃ、俺の屍を越えねぇ奴は娘に触れるな! 状態になるだろうがな」

 恐らく、どれほど好条件の男であろうとも娘を持つ男親はそうなるに違いない。
 少しばかり想像してみると、怒りがふつふつと湧いてきて思わず拳を握り締めながら声を荒げていた。

「そりゃ怖いなァ」

 沖田はそんな俺の言葉に、少しも怖いと思っちゃいない口調でそう言った。
 そんな沖田に俺はぽんと肩を叩き、にやりと笑う。

「ま、せいぜい頑張れや。お前、見た目はいい男だから女は居るんだろ?」

 彼の好青年風な外見は女性にモテやすいと思う。
 ゆえに、そうからかってみると沖田は肩を竦めた。

「片思いの相手ならいますがね。喧嘩しか能がねぇせいか、女なんぞ居たためしがありやせん」

 もっとも、俺の属性に惹かれてかマゾな女は寄ってきやしたがね、と沖田は続けた。
 意外である。
 沖田の外見はどちらかというと万人受けしやすいと思う。端正な顔立ちに不潔感のない外見であれば、それだけを目当てに寄ってくる女だって少なくはないはずだ。
 なにより、この男の性格が片思いなどという状態を似合わなくしている。

「似あわねぇな」

 思ったことを口に出してみると、沖田は苦笑した。

「似合わないことをしてしまうぐらいにはいい女なんでさァ」

「どんな女なんだ?」

 この男が惚れる女というのはどういうのなのだろうか、と興味が湧きさらりと聞いてみる。
 沖田は笑った。
 朝日に照らされ、風に吹かれた髪の端が光のように煌く。
 それは本当に楽しそうで幸せそうな笑みであった。

「ありのままに生きている女だ。喧嘩を嗜み飯を豪快に貪り仕事に生きがいを見い出している。俺ァ、アイツと得手をつき合わせて喧嘩しているだけで、精神を安定できる」

 同じく戦いを生業としている身としては、それがどれほど重要なのか理解できる。
 戦いは精神が不安定になりがちだ。
 それ自体では殺し殺されるという恐怖が興奮を呼ぶし、味方を殺されれば悲しみの感情がわき憎しみに駆られる。
 それを制御できず、おかしくなっていく輩をよく見かけるものだ。――俺達夜兎は種族単位でそこに行きついてしまったのである。戦闘の快楽から抜けきれなくなった、そうまるで薬物中毒のように。
 だから、精神状態を正常に保てるというのは戦いに身を置く者にとっては重要なことで、それを出来る女はやはりいい女なのだろう。
 俺は、口元だけで笑みを作った。

「いい女だな」

「ああ。いい女すぎてなかなか振り向いちゃくれねェ」

 沖田は苦笑した。
 そうして、ふと俺から視線を逸らし砂漠の外を見ている。

「もう日が昇りきってらァ。星海坊主さん、話はここまでにしやせんか?」

「そうだな。体力を温存しないと」

 雑談を終わらせ、すぐ反応できるよう岩に寄りかかり目を閉じる。
 夜はすぐにやってくるだろうけれど。



      >>20091209 星海坊主さんは娘を溺愛していると思うんだ。



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