何の変哲もなかった家に帰ってきたときに、俺は驚いた。
 何故って、目の前に幽霊がいたのだから。




      幽霊ラヂオ




 入社3年目にもなると仕事の仕組みもようやく分かってきて、初めてのときよりも仕事に対しての疲れは少なくなるが、責任を与えられその重さに精神的重圧を感じて疲れてくる。
 今日も同じ道を通り、比較的安めのアパートに早くもなく遅くもなく同じペースで帰った。
 それはまったく変化のない日常のはずだった。
 がんがんがん、とアパートの外付けの階段を上がり、鍵を回して開けるとぱちんと明かりをつけて玄関の鍵を閉めた。
 ネクタイを緩めながら奥の部屋の電気をつけると、驚いた。
 セーラー服を身に纏った少女が部屋の中心にいたのだから。
 しかもふわふわと浮いている。
 適度に散らかっている俺の部屋など何のその。
 家主が帰ってきても一瞬俺のほうに視線をやっただけですぐにまるで戯れるようにくるくると空中で回っていた。
 でも、まぁいいかと思った。
 なんだか見た感じ悪霊とかそういった感じには見えなかったし、悪霊じゃなければ別段迷惑なわけではない。家賃はかからないし食費だっていらない。相手がどういう態度をとるかにもよるけれど、いいところ喋り相手になるぐらいじゃないのか。そう思ったら、この部屋にセーラー服を着た少女がいたってどうでもよくなった。まぁ、なんでいるのかは一応聞いておいたほうがいいんだろうけれど。

「――1人遊びの最中悪いんだが、どうしてここにいるのか説明してくれないか、嬢ちゃん?」

 聞いたら、少女は驚いたように俺の顔を凝視していた。
 薄っすらと風景が透けて見えるけれど、その目は燃えるような鮮やかな赤色だなぁと思わず見惚れていた。あそこまで、原色に近いような色を見たのは初めてだったから。
 とりあえず、万年床になっている布団の上に座ったら、少女はくるりと空中で逆さまになったまま俺を見て、不思議そうに首を捻っていたようだった。俺の位置からはそれが果たして捻っていたのかどうなのかよくは分からなかったが。

「見えるのに、追い出そうとはしないの?」

「害がなければ問題ないと思ったんだ。それとも嬢ちゃんは害のある幽霊なのか?」

「…害はないと思うけど。それよりもその嬢ちゃんって言い方止めてくんない?」

 不機嫌そうに眉間に皺を刻んだ少女は、人間の重力に逆らったような形は止めたらしく、くるりと半回転すると窓辺に座るような形をとった。それが本当に座っているかどうかは幽霊になった事がないので知らない。

「名前知らないしな。なにより、セーラー服着てんだから嬢ちゃんじゃないのか?」

「しっつれいな男ねー!こう見えてもあたし、享年16歳なんだから!16歳!16歳って言えばこの国でも立派に認められている大人の女性じゃないのっ」

「けど、まだ煙草も吸えないし酒も飲めないだろ?」

「でも結婚は出来るわよ!」

 どうにも言葉が巧みなのか、言いくるめる事が得意なのかぽんぽんと口の回る幽霊のようだった。
 だけれど、それだけでその行動にも赤い瞳にもまったく悪意は感じなかった。
 しかし、なんだか話題が逸れているような気がしたので、とりあえず修正するために居る理由を聞く事にした。

「で、どうして俺の部屋に居るんだ?もしかして、この部屋に未練とか…」

「アンタの部屋にきたの、今日が初めてなんだけど」

「じゃあ、なんでなんだ?」

「ラヂオ、聞かせてくれない?」

 そう言って少女が指差したのは今時珍しい古ぼけたラヂオ。
 そんな年代ものが何故うちにあるのかといえば、ばぁちゃんがくれたからだった。酒を飲みながら適当に流れ出す安っぽいBGMを聞きながらのんびりするのが好きで、壊れても直しながら大事に使ってきた。
 しかし、今時の女子高校生がラヂオなんか聞くのだろうか?と思う。テレビがあればそれで暇が潰れる昨今、ラヂオの重要性なんてほとんどない。
 まぁ、目の前の女子高校生がここ数年に亡くなったのであれば、の話なのだろうが。

「…これに、惹かれてきたっていうのか?」

「まぁ、端的に言えば」

 さらっと言って、窓辺に居るのが飽きたのかまたふわふわと回転し始めた少女はにやり、と口角を上げて笑った。

「大丈夫大丈夫、四十九日になったら多分出て行くから」

「――分かった。好きなだけ居ればいい」

「えええええ!?アンタ、それでいいの!?」

 ふよふよと浮いていた少女は驚いたように目を見開いて俺を凝視していた。
 居たいような発言をしたのに変な奴だ。と思いながらネクタイを外しとりあえず風呂に入る準備でもするか、と立ち上がった。

「別に悪霊じゃないんだろ?なら問題ないじゃないか」

「…普通は嫌がるわよ」

「普通の感覚を知らんから関係ない」

「変な奴ー」

 ぷぷぷぷ、と笑いながら笑い転げるように空中をぐるぐるぐるぐる回りながら呟いた言葉は別に揶揄するような色音を含んでおらず、普通に面白かったようだった。

「じゃ、居候させていただきますー」

 楽しそうにげらげら笑ったまま呟いた言葉にああ、と返事をするととりあえず脱ぐシーンは見たくないだろうと奥の部屋と手前の台所その他を遮る扉を閉めた。
 それが、幽霊とのはじめての出会いだった。



      >>20051026 名は体を表すとはこのことですみたいなタイトル。



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