幽霊ラヂオ




 じりじりじり、とわめき声を上げながら目覚し時計が俺を起こそうとする。
 ばしっといつも通り叩き潰す勢いで鳴き声を止めると、枕に顔を埋めながらう〜ん、と唸った。
 人の声が遠くから聞こえてきた。多分、テレビだろう。

「ちょっと、起きないと拙いんじゃないの!」

 甲高い声が突然聞こえて、ばっと目を覚ますと目の前に逆さまの少女の顔があった。
 にやりと笑ったその表情で何を考えているのかはまったく分からなかったが、その吸い込まれそうなぐらい燃え上がる赤い瞳を見たとたんにああ、昨日来た幽霊だったなぁという事実を思い出して、俺は上半身を起こした。
 先ほど止めた時計は丁度7時を指していてまぁ、結構余裕だなとか思いながら頭をぼりぼりと掻いた。
 昨日から居候になった少女――リナ、と名乗った――は昨日と変わらずふわふわと浮いたまま、俺の動向を見守っているようだった。まぁ、何をしようにも物にも触れられないし、掃除をしたり料理をしたりなどの家事も出来ないわけだから、ふわふわとただ漂っているのは仕様のないことだと思うけれど。
 くっ、と背伸びをして眠気に負けぬようにとりあえず行動するために立ち上がると、朝のニュースが流れていた。
 今日のニュースです、と連日同じようなことばかりを特集するニュース番組にもう少し幅広い事件を取り上げて個性をつけてもいいだろうに、とどうでもいいことを考えながら、とりあえず歯ブラシに水をつけてにゅるっと歯磨き粉をつけるとがしがしがしと歯を磨きに取り掛かる。
 そのついでに風呂場のシャワーのノズルを捻り、温水が出るのを待つ。
 テレビのニュースは、先日起きた少年誘拐殺害事件に対する捜査の取り組みとか犯罪心理学がうんたらかんたらとか、そう言ったことを報道しているようだった。
 ついでにリナのほうを見てみると、こちらはとても詰まらなさそうにその赤い目を半分だけ広げて画面に流れる映像を見ているようだった。
 そういえば、幽霊というのは朝に強いのだろうか?
 俺より先に起きていたんだから、幽霊は夜に活動するってのは嘘だな、とぼんやりと思いながら口に含んだ歯磨き粉をぺっと吐き出してうがいをした。
 今日は比較的時間に余裕があったので、さっとシャワーを浴びてしまうとワイシャツとズボンをはいて、とりあえず目玉焼きを焼く事にした。
 火をかけてフライパンに油を敷く。

「うっわー、もしかして朝ってこれだけ?」

 いつの間に来たのか、隣でぷよぷよ浮かびながら俺の右肩辺りからフライパンを覗き込むように眺めて、リナは呟いた。

「幾ら朝食は軽いもの、なんて言っても男の朝って同じようなもんばっかり食べているようなイメージがあるのよねー」

 くすくすくす、とさも面白いですということを示すかのように笑うリナに、これのどこがおかしいのだろうか?と疑問に思いながらも、目玉焼きを焦げ付かせないように適当に卵が固まってきたら火を止めて蓋をした。
 そして、茶碗に昨日タイマーセットしてふっくらと出来上がったご飯を盛ると隅のほうに追いやられている机にかたんと置いた。

「朝なんてこれぐらいだと思うけどなー。リナんとこはもっと豪勢だったのか?」

「まぁねー。私もねーちゃんも朝はがっちり食べる人だったからご飯に白魚、味噌汁に漬物をトッピングして一杯食べてからもう一杯は温泉卵をご飯の上にかけて食べたりしたわー。まぁ、これは一例に過ぎないんだけど」

 と、けらけらと笑うリナの言葉に朝からよく食べれるなぁと妙な関心すら持ってしまっていた。
 蒸していたフライパンの蓋を取ると、いい具合に半熟になっている目玉焼きを器にさらっと載せるとそれと箸と醤油を持っていって、ご飯の隣に適当に並べた。
 いただきます、と形だけの礼を食物達に向けると、さぁっと醤油を目玉焼きの上にまぶして箸で適当に切り分けると、白ご飯の上に載せてぱくり、と食べた。
 テレビからは野球の結果と解説が流れていた。

「あー、あたし野球ってあんまり好きじゃないのよね」

 それを眺めながら、リナがポツリと呟いたので、俺は首をかしげた。
 というのも、その表情は嫌悪に満ちている訳でもなくただ野球の解説を眺めているだけだったからかもしれない。

「なんでだ?」

 俺がそう聞くと、リナは肩をすくめて俺のほうを見た。
 その表情はやっぱり嫌いだーと体現したような嫌な表情ではなく半目を開けた、それほど興味のないような表情だった。

「生で見るのは面白いと思うんだけど、テレビで独占放送しちゃって見ていた番組が潰れるのってなんだか癪じゃない?それって、野球好きだけが贔屓されているようでさ」

 俺は野球に番組が潰されてもそれほど嫌だと感じないから、リナのその気持ちは理解できなかった。
 というよりも、視聴率の上がるものを優先的に放送するのは、利潤を追求しなければいけない民放ではしょうがないと思うし。

「そうかー?人気があるんだからしょうがないだろ」

「その根性が嫌なのよ。そんなに全国に野球好きが居るんだったのなら、野球専門チャンネルでも作ればいいじゃない。そしたら、あたしは今よりもっと野球が好きになると思う」

 その言葉に、別段野球という競技が嫌いなんじゃなくて、それほど大好きでもないものに予定を狂わされるから好きじゃないんだなぁと感じながら、その後に流れた天気予報を見た。
 どうやら夜まで晴れのようだ。
 まぁ、確かに雨の降る前の独特な湿気やなんかは感じないからとりあえずは晴れるんだろうなぁと傘は持っていかない事にした。どうも、こういった野性的な感は天気予報を見るよりも自分を信じたほうが当たるようだったから長年自分の勘を信じていた。
 ぱっぱと朝飯を済ませると、軽く洗い物を済ませた。テレビは娯楽の方向に流れていっているようで、今週の書店ランキングーなどとアップテンポな声が聞こえてくる。
 うがいだけして、口の中をさっぱりさせるときゅっとネクタイを締めてスーツを羽織った。
 クールビズがうんたらかんたらなどといっているのに影響されてか、来週からはノーネクタイで過ごしてよいとのご達しが出ているが、とりあえず今週はそのご達しの影響が出ないので、少し蒸し暑くなってきてはいたが我慢我慢、と熱が体内にこもるような感覚に見舞われながら、サラリーマンの姿が出来上がる。

「リナ、テレビは消していくがラヂオはつけておいた方がいいのか?」

 昨日、リナは家にあるラヂオを目当てにこの部屋に来たと言っていた。ならば、電池の消費は激しいだろうがラヂオをつけていったほうが親切なのだろうか、と聞いた。
 その言葉にきょとん、と目をまん丸にして俺を見たリナはとても楽しそうに笑ってくるくると空中を回転した。

「ご心配有難う。でも、あたし昼間は出かけようと思っているから必要ないわ」

「そうか。気をつけろよ」

「幽霊に気をつけろだなんて随分変わっているわね、ガウリィは。もしかして脳みその中身はヨーグルトで埋め尽くされていたりしてね」

 楽しそうにきゅうっと三日月の形に縁取られた瞳の奥の赤はきらきらとルビーのように輝いていたから、何故だか知らないが俺の言動がおかしかったのだろうなと首を捻った。
 とりあえず、行ってきます。と昨日からの同居人に言うと玄関の扉を開けて、がちゃりと鍵をかけた。
 空は雲ひとつない晴れ模様で、朝だというのに既にじんわりと熱がこもってくる感触を不快に思いながら、かんかんかん、と鉄の音を立てる階段を降りた。
 今日も一日、忙しなく動くのだろう。



      >>20051102 野球に関してのリナの言葉は私の意見。



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