幽霊ラヂオ




 今日も社会に奉仕して、暗闇の中自宅のアパートを見た。
 車の一つでも欲しいところだが、安い賃金じゃあなかなか頭金も出来ないまま、というかその前にこのアパートからいい加減引っ越したいなぁとか定まらない目標に使い道のない貯金ばかりが出来上がっていく状況を別段打破するような気持ちもないので、そのまま大して変わらずに同じアパートに帰ってくる。
 それは惰性という奴なんだろうなぁと自分の中でため息をつきながらも、昔部活で精を出した剣道以外はそれほど趣味という趣味もなく来たのでしょうがないかなぁという気持ちにもなる。
 そんなどうでもいいような思考をうつらうつらと彷徨わせながらがんがんがん、と鉄の音が小気味よく鳴り響く外階段を上がり、扉の前に来るとがりゃりと鍵を開けた。

「ただいま」

 呟いて、かちりと電気をつけると空中に逆さまになったままのリナがにこりと笑ったまま言った。

「おかえり」

 そういえばそんな言葉を聞くのは何年ぶりだっただろうか、と昔に思いを馳せてみるけれど上手に年月を思い出せなくて、俺は首を捻った。
 その様子に不思議に思ったのかさらにくるりと回って正常な位置に戻ってぷかぷか浮いているリナは覗き込むようにずぃっと近づいて下から見上げた。
 地面が透けて見えることにやっぱり幽霊なんだなぁとどうでもいい確認を頭の片隅でしながら、目に飛び込んだ赤に視線を逸らせなくなった。

「なぁにしてんのよ?さっさと入ればいいじゃない」

 どこか呆れたような口調ではあったが、その声音はどこか俺を心配しているようなものであったから、口は荒いけれど優しい子なんだな、と思いながら後手でドアの鍵を閉めた。

「いや、一人暮らしって侘しいもんだなぁって思ってな」

「…確かにそうかもね。リナちゃんの偉大さでも存分に味わったんでしょー」

 んふふふっ、と笑ったリナは俺が歩くのにあわせるようにすっと右側に着くと流れるように動いた。
 ネクタイを緩めて、奥の部屋の電気をつけると万年床の布団を踏み越えてラヂオのスイッチを押した。流れてくるのは今流行りのアップテンポの曲だった。
 今は夏に入っているからな、そういうアップテンポの新曲や有名曲がリクエストされるのは当たり前か。流れる音楽を聴きながら薄っぺらい鞄をばさっと放り投げると、背広を脱いだ。

「おっ、このバンド好きだったのよね」

 そう言って、リナは曲にあわせるように空中をくるくると踊った。
 こういうときは幽霊ってのは便利かもしれない。物質に左右されないからいくら踊っても痛くもないし、他人に迷惑をかける事もない。
 背広をハンガーにかけながら、くるくる楽しそうに踊っているセーラー服のリナはその辺に居る女子高校生なんだなぁ、と再度認識した。
 …それと同時にこの年齢で死んでしまったことに対する虚しさみたいなのを感じたりもしたけれど。

「リナ、風呂に入るからな」

「分かったー」

 一応、声だけかけるとリナは半分聞いていないようで生返事だけを返してやっぱり空中をくるくると踊っていたので、俺は無意味な事を分かっていながらも扉を閉めた。

 風呂から上がって、寝巻き代わりの灰色の半そで黒の半ズボンに身を包むと軽快なMCのトークが聞こえてきた。
 がらがらと一応仕切代わりの扉を開けると、リナはラヂオの前で耳を済ませて聞くようにじっとそれを睨みつけていた。
 たったの一日程度しか共にしていないが、リナのキャラクターというのは非常にハイテンションなものだったので、そのような落ち着いた仕草に驚いた。

「あ、上がったの?」

 くるりと振り返ったリナは俺の前で見せたのと同じで飛び跳ねるように空中をくるくると回り始めたが、先ほど目に映った姿は俺の中でストンと落ち着いてそれもまたリナなんだろうなぁ、と妙に納得した。
 俺はああ、と返事を返すと万年床になっている布団の上にどすんと座った。
 MCの曲紹介と共にBGMが流れ始める。

「あ、ここでよかった?」

「ああ。別にどの番組とか決めて聞いている訳じゃないからな」

「そう」

 リナはにっこりと笑って空中で寝返りを打つようにくるりと一回転してまるで床についているかのように頬に手を当てている。
 伸びるような女性の声が印象的なその歌は少し悲しげなバラード調だった。
 あ、酒でも持ってくればよかったかな、と俺は立ち上がり台所の流し台の下の物置から安い焼酎を取り出すと洗っておいてあった柄のないコップを持ってくるとラヂオがおいてある場所にコップを置いてそのままコップの8分目ぐらいまで焼酎を注ぎ込んだ。

「うわ、おっさんくさ」

「比較的大容量で安くていいからな」

「その発言でさらにおっさんくさ」

 せめてお兄さんにして欲しいと思ったが、16歳から見てみれば25歳はおっさんにみえるかもしれないなぁ、と自分の高校時代を思い出してみた。まぁ、比較的近い年齢の大人が兄ぐらいしか居なかったので、やっぱりよく分からなかったけれど。
 テンポよく話すMCの声は、テレビの映像とはまた一味違った面白さがあって俺は仄かに酔いが脳天を心地よく揺らしているのを感じながら、何時の間にか眠っていた。



      >>20051109 焼酎と日本酒とではやっぱり味が違うんでしょうがあんまり興味がないので良くわからんです。



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