幽霊ラヂオ
そうして、リナが俺の部屋に居るようになってから一週間が経過した。
存外気がよくて口のよく回るリナはまるでラヂオのMCのように楽しい話題を提供して、だけれどラヂオなんかよりも楽しいやりとりが心地よくなって、既にリナが俺の部屋に居る事になんら違和感がなくなっていた。
俺が会社に出かけている間は相変わらずどこかに行っているようだったが、あれも幽霊で幽霊ということはなんらかの未練があるんだろうと思って、下手に踏み込まれるのもなんだろうからと行き先を聞く事もなかった。
今日もリナの甲高いけれどどこか聞き心地のいい声で起こされて、朝のニュース番組を見ながらぱたぱたと出かけていく。
夏も本番に差し掛かってきて、朝だからといってそれほど涼しくない状況下、クールビズの影響でネクタイをしなくていいという多少の暑さ対策で去年よりはマシになっていたけれど、それでも暑いなぁ、と駅までの道を歩いていった。
本社につくと、地球温暖化がうんたらかんたらとか言う理由で28℃以下にはならないクーラーに嘆きながら、自社作品のプレゼンテーションの資料をまとめてどう効率よく納得させて契約にこぎつけようか、と手順を脳内で何回も確認しながら取引先の会社に出かけて、戻ってくると同期のゼルガディスに昼食一緒にどうかと誘われたので、外にあるうまいとか会社の女の子が言っていたうどん屋に行った。
がらがらと引き戸の扉を開けると、寒いんじゃないかと思うぐらいの冷房と共に『いらっしゃいませー』という甲高い女の子の声が聞こえた。
俺とゼルガディスは奥のほうにある向かい合わせの席に座ると、メニューを見て俺はざるうどん、ゼルガディスは月見うどんを頼んだ。
「…仕事のほうは順調みたいだな」
「お前さんもな」
互いにくすりと笑っているとお店の女の子が冷たい水と手拭を持ってきたので、ぱんと袋を割ると手を拭いてついでに顔も拭いた。
…こんな光景をリナが見たら『おっさんくさ』とか言いそうだな。
「で、耳に入ったんだが近頃付き合いが悪いそうだな。定時に帰ってしまう、とアンタ狙いの女が嘆いているようだったぞ」
「なに言ってんだ?お前さん狙いの女の子が泣くぞ」
なんだかよく分からんが、ゼルガディスはよく社内の女の子から狙われているらしい。給水室で女の子達と談話していたら紹介して欲しいと頼まれた事があった。曰く『あのクールで誰も寄り付けないような雰囲気がかっこいい』のだそうで、確かにゼルガディスは自分のプライベートの中に会社の女の子を入れるようなことはしなかったから(というか仕事とプライベートはきっちり分けたいタイプなのだろう)、何かと近づき辛いようだった。
「アンタはどこか抜けているようだな。そのルックスと人の良さがあればどんな奴だって引っ掛けられるだろうに」
「そうかぁ?興味ないしな」
実際、今は恋愛関係より仕事のほうに重点を置いている。というか恋愛できるほどに仕事に余裕がないだけなんだが。
そういえば、女の子と最後に付き合ったのは大学卒業前ぐらいだよなぁと思い出して、なんだか若いのに枯れた生活してるよなぁと思った。だからといって女の子と付き合いたいと切実に思う訳でもないので、今はそういった事は必要ないのかもしれない。
「でだ、定時によく帰るようになったお前に彼女でも出来たんじゃないのか、と噂になっているようだったが実際はどうなんだ?」
ゼルガディスってこんなに噂を気にするような奴だっけかなぁとか思いながら、冷たい水をごくりと飲んだ。
定時に帰るようになったのはリナを一人きりにさせないためだ。まだちっこいのに一人で居させるのは可哀想だと思うし、幽霊になってあと数十日には成仏してしまうのだから少しは心残りを無くして欲しいという気持ちもある。それが、彼女云々だと変に勘ぐられるのは少々嫌だなぁと思ったが、幽霊がとか言ったらゼルガディスの眉間に皺がよるだろうなとかどうでもいいことを考えてみた。
ま、実際喋ってしまえばゼルガディスは受け入れてくれるいい奴なんだとわかっているから別に隠す必要もないんだけどな。
「彼女なんか居ないぜ?まぁ、家には女の子の幽霊が居るけどな」
「……仕事が忙しすぎて幻覚でも見るようになったのか」
予想通りに眉間に皺を寄せたゼルガディスは心配するような声音で言ったけれど、俺はいつも通りにかーっと表情を引き攣らせながら、ゼルガディスの言葉を否定した。
すると丁度よくざるうどんと月見うどんが来た。
俺は割り箸を割って、付け汁に薬味とわさびを適当に入れるとうどんにつけてずるずると食べた。
評判がいい店なだけあって、うどんがしこしこしていて美味い。
「…別に嘘をついている様子もないし、疲れている表情もしてないな。アンタは幽霊を見るような体質だったのか?」
「いや、生まれてこのかた幽霊関連の怪奇現象は体験した事すらない」
ふとゼルガディスの月見うどんを見ると既に卵が割れていて、それにうどんを絡めて食べているようだった。いろいろ食べ方はあるようだけれど、俺は半分ぐらいうどんを食べてから卵を割るなぁなんて考えていた。
「まぁ、突然出てくる可能性だって幽霊が居る可能性ぐらいにはあるんだから別に否定はしないが。情にでも絆されたのか?」
「いやぁ、悪い幽霊には見えなくって」
「…絆されたんだな。アンタは自分の利益にならないような事にまで心を動かしてしまう。それは利点でもあり欠点でもあることをいい加減自覚すべきだ」
「そうかぁ?別にいいような気もするけどな」
「だから自覚しろって言っているんだがな」
ゼルガディスはどこか呆れたように呟いて、でも諦めたのか月見うどんを啜っていた。
話をしながらうどんを食べ進めていって、丁度終わる頃には会社に戻らなくてはいけない時間になっていた。久しぶりだったし、もう少しいろいろな話題を話したかったような気もするけれど、まぁいつでもできるかと思って冷えすぎた店内を出た。
>>20051116
ちなみにゼルガディスは恋人いないですよ。この時点で。
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