幽霊ラヂオ
日曜日、夢うつつのまま休みなのだからとひたすら眠っていた俺の耳元に甲高い声が響いた。
「起きろー!!」
ばちっと目を開けるとリナの顔がドアップに映りこんでいて、俺は思わず飛び起きた。
ぶつかったと思った身体は綺麗に通り抜けていく。…今更だが、幽霊なんだなぁと自覚した。
「寝させてくれよ、リナ。今日は日曜日でなにもないんだから」
「何もないからっていつもより遅く起きてちゃリズム崩して体壊しちゃうわよ?――さっさと顔洗って朝ごはんの準備しなさい!」
にっこりと笑ったリナに俺は、横目にいつもと違う日曜ならではのニュース番組が流れているのを確認しながら、しぶしぶシャワーを浴びるために戸を閉めた。
…久しぶりの日曜日だというのに。
「ちょっとガウリィ!そこもしっかりモップかけなさいよ〜」
俺は何故だか部屋の掃除をしていた。
万年床だった布団はシーツ類を洗濯機にかけて、布団は日干しした。適当に乱雑に置いてあった荷物は整理整頓し、リナの指示によって買ってきたぽいっと捨てるだけで簡単に床掃除が出来るというモップもどきで、箒である程度埃を取った床を拭いている。
「しっかし、男の一人暮らしだからって汚すぎよ!掃除してくれる彼女でも居なかったの?」
「ああ。いないなぁ」
「ええ!?アンタ、見目だけは良いじゃない!」
「見目だけは…て」
真っ黒になった床磨きの紙をぽいっと捨てながらリナの言葉に脱力していた。
リナはあはははと楽しそうに笑いながらカーペットの埃を取りなさい、とくるくると滑らせると埃とか髪とか取れる接着性のあるミニローラーもどきを渡した。
「あれ?お前さん、物に触れるのか?」
リナがとってくれたミニローラーもどきを持ちながら首を傾げた。
物を持てるということは手が存在しているなくては無理なはずで、手が存在していたのなら壁とかに触って痛いはずだ。
けれど、リナは幽霊なだけあって壁をすり抜ける事が出来る。その現場は俺も見ていたし。
「ん、まぁ一応ね。触れようって手に集中して掴むと持てるのよ。まぁ、感触はぐにゃぐにゃして不安定なものだし、なによりものっすごく疲れるからやりたくないけどね」
ふぅん、と俺は頷いた。
もしかしたら、ポルターガイストの類という奴は幽霊が全意識を集中させて物に触れている所為で起こっているのだろうか。
そう思ったらリナの言うことも理解できるような気がした。もっとも、俺はポルターガイストなんぞ見たことないが。
ともかく、俺はちまちまとくるくるとそのカーペットにミニローラーもどきを動かしていく。
埃やら髪の毛やらがあきれ返るほど取れて、掃除するのってどのくらいぶりなんだ?と思いながら既に接着力がなくなっているその紙をびりびりと破いて、ぽいと捨ててしまうとまた同じ動作を繰り返した。
そうして、今までのように配置を済ませるとなんだか空気まで入れ替わったような気がする。
「すぅっとするでしょ?…もうちょっとやりたかったかもしれないけれど、アンタがするぐらいだったのならこの程度で充分かもね」
「すっきりしたなー」
「でしょう?気持ちも違ってくるんだから。せめて、週一回ぐらいはこうやって掃除したほうが良いわよ」
にっこりと笑うリナの表情はどこか柔らかく、今まで見せたようなあっけらかんとした笑い方より俺は好きだった。
はぁ、と肩に手を当てて首を左右に動かすと、買ってきた掃除道具を押入れに入れて俺はどさっと座った。
開けっ放しの窓からは子供の笑い声や、蝉の声はたまた車のエンジンの音などが大きく響き渡ってやや不愉快ではあったが、それだけに普通の日曜日って感じがした。
「なぁ、リナ。俺は少なからずお前さんには感謝しているんだ」
「へ!?な、なに言い出すのよ?このクラゲ頭はっ」
くるくると空中を踊っていたリナは俺の言葉に驚いたようで、ぴたっと正面を向いて止まるとじぃっと焔の瞳を向けて俺の顔を睨みつけていた。…別に何があるって訳じゃあないんだが。
けれど、冷静そうで実は内心焦っているだろう感情はすぅっと表情に浮き出していて、それは少し上気している頬が教えてくれていたから、俺は少しだけ口角を上げて微笑んでいた。
「大学の頃はよく友人が遊びに来てくれてたもんだから結構騒がしかったんだけどな、やっぱり社会人になるとそうも言っていられなくて、この部屋には帰ってきて喰って寝ているだけって事が多かった。もちろん、テレビもラヂオもあるからしーんとなることもなかったんだが…やっぱり、人が居るのと居ないのでは全然違うからな」
笑った俺に、リナはどこか困ったような嬉しいような、それでいて何故だか悲しげな奇妙な表情を作り上げてじぃっと俺を見ている。
その表情や視線に何の真意があるのか俺にはちっとも分からなかったがリナとはそれを知るほどに心を互いに打ち明けた訳じゃあない。まぁ、といっても俺に隠す要素なんて…家のことぐらいしかないのだけれど。
だから、その表情の変化を読み取る事の出来ない俺は少し情けないような気もしたけれど、それでもまだリナにはお礼を言っていなかったので先に進める。
「リナ。お前さんが幽霊であろうとなかろうと、お前と話しているこの部屋はとても暖かくて、楽しくて…そんな時間を共有してくれているお前さんにはとても感謝しているんだ。ありがとな」
その言葉を聞いた瞬間、リナの顔はぼぼぼっと半ば透けていても分かるぐらい赤くなっていて、次の瞬間には照れ隠しのように空中をくるくると回りだした。
リナはそうとうの照れ屋らしい。
「そ、そんなのアンタとあたしの利害が一致しただけなんだから言う必要なんてないわよ!」
「いや、一度ぐらい言っとかないとなと思ってな」
困ったように空中をくるくると回り続けるリナに俺は大きな声で笑った。
まったく、こんなに楽しいのは久しぶりだ。
>>20051123
モップもどきの正式名称がわからんです。
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