幽霊ラヂオ
また、一時の休息は終わり企業戦士へと様変わりしていく。
火曜日の夜、太陽の熱がまったく冷めることのない状況に辟易しながら俺はドアを開けて、幽霊の歓迎を受けた。
リナの心残り(?)だというラヂオを付けて、MCが軽快よく話しながら流れるBGMを聞きながら夕食をとるのも慣れてきた。
その後、クーラーの効いた部屋でリナの話を肴にしながら大容量の安い焼酎を煽るのもまたしかり。
相変わらず、リナは暇つぶしに指をぐるぐると回して遊ぶように空中をくるくると回ったり、落ち着いてじぃっと窓辺に座ったような形をとりながら聞いていたかと思うとやっぱりまたぐるぐると回って、俺に話を振ってきたり忙しなく動いていた。
と、そう言えば聞いていなかったよなぁと1つの疑問がぽんっと頭から出てきて、俺は率直にリナに聞くことにした。
「なぁ、リナは49日には出て行くって言っていたけれど、お前さんの言う49日ってのはいつなんだ?」
「ん?」
リナはBGMに合わせてくるくると回っていたのをぴたっと止めると手に額を当てて肘を立てているような格好を空中で作り、俺に視線を送った。
その顔は言っていなかったっけ?と疑問を出すようなものだった。
確かに、リナは49日になったら多分出ていくといっていたが、恐らく49日というのは俺の部屋に現れた日時ではなく、リナが葬式という形で弔われた後の49日を指すのだろう。そうだとすれば、実際はいつなのか俺には分からない。
「確か、再来週の水曜日だったかな」
「…俺の家に来るまでには結構期間が開いていたのか?」
「そだね。まぁ、私もやっぱり姉ちゃんやアメリアのことは気になっていたから、なかなか離れられなくてね」
恐らく、聞いたことのない名前はリナの妹か、もしくは友人の位置にいた子の事なのだろう。…意表をついて飼っていた猫とかハムスターという可能性も捨てきれないが。
けれど、なんとなく気持ちは分かるような気がした。
リナはまだ将来のある若いうちに死んでしまったのだ。
これが、人生を充分に謳歌した老人であったのならそれほど心配もしなかっただろう。それだけの覚悟は身内にもあったのだろうから。
だけれど、リナは若い。周りの人間はなんの身構えもなく、これからも長い期間付き合っていくだろうと信じていた人を亡くしたのだ。それだけ、ショックは大きいだろう。…リナ自身も。
だから、悲しみにくれている身内や友人からなかなか離れられなかったのではないか。
「…俺のところに居て、大丈夫なのか?」
「平気よ。姉ちゃんもアメリアもちゃんと前を向ける人だから。それに、死んじゃった私が居たってどうにかなる問題でもないでしょ?ま、ちょっと不安だからガウリィが居ない間こっそり様子を見に行ったりしてるけどね」
リナはすとん、とラヂオが置いてある机の前に座るとその机に両手を置いて寄りかかるように頭を両手の上においた。
「ねぇ、ガウリィ」
「なんだ?」
リナは俺に表情を向けないまま小さく呟いた。
その声音は寂しげでどこか消えてしまいそうなぐらいに儚げなものだった。
俺は思わず持っていた焼酎をことり、と床の上においていた。本当ならその肩に手をかけてどうしたんだ?ぐらいの事は聞きたいのに、そうすることも出来ずそうする勇気もなく、俺はリナの言葉をじぃっと待った。
「あたし、夜が嫌いだったの」
何の脈絡も出た言葉に俺は首をかしげた。
「姉ちゃんは頑張って働いていたから、夜の時間はねあたし、独りで居るしかなかったのよ。残業や仲間達との語らい合いをあたし独りの我侭でなくしてしまうには姉ちゃんにとってもあたしにとっても…あまりにも大きすぎた」
リナははぁ、と息を吐いた。
きっと、そのときのことを思い出していたのだろう。幾ら、リナが大きくなって道理の分別がつくようになって、それなりに親の存在が必要にならなくても済むような年齢になったとしても、独りという状況下は人の心を狂わせる要因としては充分だ。
いい歳した大人なはずの俺でさえ、リナがこの部屋に存在するようになってから随分と気持ちが安らぐようになったのだから。
「そんな時はね、テレビをつけて馬鹿みたいに笑っているの。近頃はお笑いがブーム来ているしツマンナイのばっかりだったら、DVDでも借りてしまえば済むからね。そうやって、昼のあたしと夜のあたしのギャップを埋めてた」
「リナ…」
「でもね、夜、たまたまどうしてもプリンが食べたくなったからコンビニに行く道の途中でね、微かに流れる音楽を耳にしたの」
ふわり、とリナの纏っている雰囲気が柔らかくなったような気がした。
何を思い出しているのだろう?
「その聞こえる音楽は、何故だかあたしに肩の力を抜いても良いんだよって言っているような気がした。昼と夜のギャップを無理やり埋める事はないんだって。なんだか、嬉しくてね」
くすくすと笑うリナはどこか俺よりも大人のような雰囲気を出していた。
意図せず、何らかの言葉を歌が補う事は多々あるだろう。言葉というものは少なからず人の心を打つもので、音楽というのは人の心を揺さぶる思いがこもっているものなのだから。
ならば、リナの聞いたその曲は、リナにとってはとても大きなものだったのだろう。自分の心を的確に打つものとして。
「そこの通りは住宅街だったから、どこから聞こえてくるんだろう?って思って、見上げてみると窓が開いている部屋があって。――それが、ここだったのよ」
その言葉を聞いて、ようやく納得する事が出来た。
何故、霊体となったリナが何の係わり合いもない俺の部屋に居たのか。何故、俺のラヂオを聞かせてくれと言ったのか。
「なんとなくね、ラヂオじゃないかしら?と思ったの。あたしが帰ったあと新曲を聞き漁ってもそのメロディに出会うことはなかったから。ガウリィはその時間帯はどうやらラヂオを聞くようだからあたしの予想も当たっていたのだけれど」
「――だったら、どうして俺の部屋に?そう、都合よくお前さんの望む曲がラヂオから流れるとは限らない」
その言葉にリナはようやくくるりと俺のほうを向いた。
リナは綻ぶような笑顔で微笑んでいた。炎のような瞳も今はまったく穏やかなまま。
俺は、その表情に息を呑んだ。まるで、少女が出来るような笑顔じゃなかったからだ。
どこか、悲しげででも嬉しそうな自愛に満ちた笑顔なんて。
「欲しかったのは、きっと音楽じゃなくて――弱さを吐き出せる場所だったのよ」
ああ、と俺は納得した。
強い人ほど弱さを吐き出す場所がきっとないだろうから。
「どうして、話してくれたんだ?」
「前に有難うっていったじゃない?だから、よ」
にこにこと笑い、空中をくるくると回るリナは楽しげなままで、弱さを吐き出すことが出来たのだろうか?
>>20051130
アメリアがハムスターとかだったらゼルが困ると思うよ…ッ。
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