奥の奥の例えば海の深層に位置するような青さえも感じないただの暗闇の奥底のような場所がある。その奥底って奴には恐らく俺が俺故に存在する根本原因が存在する。
 そこにすぅっと横たわるように眠る、まるで変わらない意識が確かに存在しているのだ。




      透明もしくは鮮明




 とりあえずルークとミリーナの件が片付いて、リナの実家に行こうという話になったのだけれどなんだかんだで遠回りをしている最中。
 いつものように、考えごとは全てリナに任せながら後をついていると、なんだかどこかで聞いたことのあるような正義の演説が聞こえてきたような気がした。

「……リナ」

「あー、うん。アンタの言いたいことは分かるわ。けど、心の準備をさせて。あの子、キャラクター強いから」

 確かにな。と思わず納得しかけたが、リナも充分キャラは濃いと思う。五十歩百歩だろう。
 セイルーン聖王国という由緒正しき白魔法の国の生粋の王家というものはどうもこうも正義馬鹿なのだろうかと思うほど、彼女と父の口上というものは驚かされる。
 その割にお家騒動が活発的である、というのも一つの特徴なのだろうけれど。
 ともかく、心の準備とやらをしたリナがそっちの方向に足を向けるのを確認してから俺も歩幅を合わせるように歩いた。
 白色とピンク色で織り成す旅用の服装なのだろうそれは、確かに巫女姫であるはずの彼女にしては酷く動いてもいいように仕上がっていたのだが、まぁ敵をどつき倒すのが趣味であるのだからある意味似合っているのだろう。
 ともかくそれが時計台からくるくると回り落ちていくのが見えた。
 その後に大きく響き渡るような音がしたのだけれど、いつものように着地に失敗したのだろう。その辺りは全く変化が無いようだった。

「さぁ、弱いもの苛めは止めるのです!」

 びしぃっと突き刺した指はともかく、その顔は微妙に曲がっているである意味で恐怖を感じさせる事に成功したのか、ひぃぃと叫びながらそれらしき男達は逃げていった。

「ふぅ、今日もまたいいことをしました!」

 満足そうに呟いた彼女の周りからは、怖いもの見たさに眺めていた人々は徐々にいなくなっていく。
 それに付随するように彼女もどこかに行きそうだったので、それを見かねたのかリナが声をかけた。

「アメリア!」

 その声にびくぅっと身体を振るわせたアメリアはぎぎぎっとこちらに視線を向ける。
 恐らくリナと目が合ったであろうその瞬間に、アメリアはきょろきょろと周りを確認するように見始めて、恐怖に顔を真っ青にしながらざざざっと時計台を背にするまで下がった。
 まぁ、気持ちは分からなくも無い。リナは魔族をも引き寄せるトラブルメーカーだからな。

「ふーん、そういう反応しちゃうんだー?」

 俺はリナの後ろにいたので、表情を窺い知る事は出来なかったが冷や汗をだらだらとたらしているアメリアから察するに、とても怖い表情をしているのだろう。

「いいいいいいいえ!も、ものすごく嬉しいですよっ。だって、一時期は正義の仲良し四人組として世界の滅亡を二度も防いだのですから!」

 確かに防いだといえば防いだのだろうけれど、俺が直接的に防いだーって訳ではないのでリナの尽力の部分が大きいのだと思う。
 考えてみれば、リナは二度の赤眼の魔王ルビーアイ復活を防いだのだから、計四回も世界を救ったわけで四回も世界を救うような勇者なんて英雄伝承歌ヒロイック・サーガにもないのだから、随分な偉業だなぁと思う。
 その割りにリナの性格というのは英雄伝承歌に出てくるような勇者とは程遠い位置に存在するけれど、その優しさや精神的な強さは一緒なのだからやっぱり似ているのかもしれない。
 などと、二人のやり取りを見ながら考えてみた。
 ぼうっとそんなことをしているうちにリナの制裁は終わったらしく、ほっぺたを真っ赤にしてだーっと涙を流しているアメリアが目に入った。

「うあー、リナさんひどいですぅぅぅっ」

 そんな恨みを込めたようなしかし、それほど重くは無い可愛らしい雰囲気の批判は、リナにとってはさらっと受け流せる程度のもので、やっぱりさらっと受け流していた。

「ところで。なんでこんな処にいるの?外交かなんかなわけ?」

「いえ!今はお城をちょっと留守にしてゼルガディスさんのお手伝いをしているんですっ。昔旅をした仲間の手助けをする、これもまた正義ですっ!」

 びしぃっと人差し指を天高くに向けてアメリアは酷く満足げな表情を浮かべていた。
 その言葉にリナは驚いたようにへぇと呟いた。
 実際、俺も驚いている。
 何故ならアメリアは自国をとても愛しており、姫である事に満足していると同時に国民のために尽くすことを嬉々としてやるタイプであるし、なによりも国のことを考えている。猪突猛進ではあるが自分のやるべきことをきっちりと理解している人間だ。
 ゼルガディスも、そんなアメリアを当てのない旅に引っ張るようなタイプではない。逆にどんなに好意を持たれていたとしても、嫌いになるように仕向けてまでついてこさせないような、ストイック――言い方を悪くすれば頑固な性格だ。
 だからこそ、俺はゼルガディスが自身の体の問題を解決するか納得するかまで、自身を好いているアメリアに会いに行くことすらないんじゃないかと思っていた。
 だが、見事にそれは裏切られたようだった。

「そう言えば、ゼルは?姿が見えないようだけれど」

「はい、ゼルガディスさんは少しでも情報を集めるために図書館にこもりっきりです」

 この後合流するんですよ、と嬉しそうに微笑んだアメリアはやっぱりゼルガディスのことが大好きなんだなぁとほのぼのしたような気持ちで思った。
 その後、アメリアがリナにゼルガディスさんと久しぶりに会って正義の仲良し四人組で夕食でも食べませんか?と誘いをかけてきていて、リナも懐かしくなったのだろう、いいわよと答えたのでとりあえずゼルガディスと合流する事になった。
 俺の意見はリナの意見だと一時期一緒に旅をしていたアメリアはきっちり理解しているらしく(もしくは俺に何を聞いても無駄だと思っているのかもしれないが)、何も聞かれることは無かった。
 歩いている間、リナとアメリアは互いの別れた後の話をしているらしかった。
 おぼろげに聞きながら俺は二人の姿を見失わないようにだけしながら、後を歩く。
 やはり、女友達というのはそれなりに話が弾むものなのだろうか。既に二十代も半ばにいった男同士なんかだとまったくきゃぴきゃぴとした盛り上がり方はしないものだ。まぁ、職業柄緊迫した場面で話し合いをする事も多くきゃぴきゃぴと話せなかったというのもあるのだろうけれど、だからといってやはり男性と女性ではその差はあるような気がする。
 などとぼーっと考えていると、そのうち待ち合わせ場所についたのか前の二人が立ち止まっているので俺も止まった。
 そこで、建物の壁に寄りかかって本を熱心に読んでいるのは、別れる前から全く姿が変わっていない青色の硬質な肌としゃらんしゃらんと音を奏でる針金の髪を持った合成獣キメラの男――ゼルガディスだった。

「ゼルガディスさーん!」

 アメリアが嬉しそうな声色でゼルガディスに向かって叫んだ。
 本の世界に没頭していたゼルガディスはその声に反応してふと顔をあげると、少しばかり驚いたような表情でリナと俺を交互に見た。

「――アンタらとは何らかの縁があるんだろうな」

 ふっと楽しげに頬を緩ませたゼルガディスはそう呟いた。

 ゼルガディスとアメリアが取っていた宿屋に俺達も泊まることにして、食事を済ませながら酷く賑やかに話した(もっとも食事をしながらというところに多大なる語弊があるが)。一人一部屋という非常に金銭面としては非効率的な部屋の取り方をしたのだが、まぁゼルとアメリアに会ったタイミングが悪いのだからその辺りはしょうがないのかもしれない。丁度少し前に結構いい金額の仕事をしたのでこっちの懐も暖かだったことももちろん付随しているのだけれど。
 風呂に入って、のんびりと荷物整理や剣の手入れを済ませた後リナの気配がなくなっていないことを確認してから俺は布団の中に入った。
 ランプを消すと途端に雰囲気すらも静かになり、目を瞑ると自身の考えばかりが木霊をする。
 ゆらゆらと深い眠りに入る直前のまどろんだ中で、ふと俺は漠然と思った。
 ――きっと俺は、今死んでもなんの未練も後悔も無いのだろう。
 と。
 それはきっとリナ辺りなら根本的なものとして組み込まれているような"日々を悔いなく生きてきたから今死んでも問題ない"とかいうものではなく、諦念のようなものだ。
 要は死んでも良いと思えるほどにきっと執着するものが無いのだろう。
 リナと出会ってから随分と良くなったと思うのに、俺は――。

 ふと、ちくりと指先にかすかな痛みを感じたような気がした。
 それは無視できるぐらい本当に些細な、例えば針の先を少しばかり指の先に突き刺してしまったようなそんな痛みだった。
 だから俺は気にする事もなくゆっくりと深い闇に落ちていくように眠りに向かうそれに身を任せていた。
 どこか耳の奥で小さな声が聞こえたような気がしたけれど。



      >>20060808 BGM by 透明人間/東京事変アルバム『大人』から。



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