透明もしくは鮮明




 朝日が昇るか昇らないかぐらいにぱっと目を開けると、日課のように剣を抜いた。
 もちろん、室内なのでどたばたする訳にはいかないが、軽く抜刀の練習と常に持ち歩いているボールを使って剣を自在に操りながら、切らぬようにまるでお手玉をしているようにぽんぽんと跳ねては戻す。
 これは、切りやすい剣ゆえの練習だった。少しの力を入れるとさくっと切れてしまう斬妖剣ブラスト・ソードはそれほどの技術が無くてもこんなボールなどさくっと切ってしまうだろう。
 だがしかし、さくっと切れるが故に切らないようにするというのは難しい。いかに力を抜いて、触れる面積を気にしながらぽんぽんと弾ます事が出来るか。
 さすがに斬妖剣を手に入れた当初はその加減というものが分からずにボールをさくさく切ってしまい出費ばかりがかさんだものだけれど、ミルガズィアさんの剣の切れ味を鈍くする紋様の効果も相まって今では集中力が散漫しない限りは切れることが無くなった。
 つまり、この訓練と言うのは精神集中にも充分効力を発揮しているのだった。
 と、基礎的な体力を養うという意味で腹筋やら腕立てやらの室内でどったんばったん音を立てないようなものを、とりあえず日が空を照らし出すまで続けた。
 汗を随分流したので一階にある大浴場に行きシャワーで汗を流し、ついでに顔を洗ったり歯を磨いたりしてさっぱりする。
 布で出来た暖簾を避けて大浴場から出よう、という時ちょっとぼさぼさ気味の栗色をした髪に眠たそうに半目を開けているリナと出くわした。

「おはー。ああ、もうお風呂に入ったの?」

「ん、まぁな」

 軽く返事をするとリナはふぅん、と呟いて手を口に当てて欠伸をした。
 どうやら本気で寝起きらしいが、魔道士というものは体力というものの消費率が前衛で身体を動かす俺のような剣士よりも少なめなのかもしれない。つまり、日々の戦闘や旅で養われる体力程度で平気なぐらいには。それよりも、精神力が重視されるようなもののようなので、やっぱり起きる時間も変わってくるのかもしれない。もっとも、朝が得意か苦手かにもよるのだろうけれど。

「じゃ、適当に席取っておいてね。アンタ、朝は得意みたいだし」

「ああ。リナも朝早く起きればいいだろー?」

「パス。あたし、美容に気を使っているからぐっすり眠ってつやつやの肌を保つのよ。八時間睡眠というやつは乙女にとって必須なんだから!」

 その辺りの考えはいまいち分からなかったが、年頃の女の子という奴はそんなものなんだろう。
 別次元の生き物の考えだとさくっと割り切ることにした。

「じゃ、あたしこれからお風呂だから」

「ああ。じゃあな」

 すっと手を上げようとして手を見ると、何故か其処に手は無かった。
 まるで、それだけが消えてなくなったように。
 目が悪くなったのだろうか?と瞬きをすると、確かに俺の手は其処にしっかりと存在していて、あんなに運動しておきながらまだ寝ぼけていたのだろうか、と思わず首を傾げた。

「……どうかした?」

 リナは不思議そうに俺を見ているから、思わず笑顔を作って言った。

「いや、気のせいみたいだ」

「そ。ならいいんだけど」

 興味を一気に無くしたようで、リナはじゃと手を上げるとさっさと女湯と書かれた布の暖簾をくぐった。
 それを眺めた後、手を見たけれど確かに其処には手がきちんと存在していて、まぁいっかと割り切ると俺は一端割り当てられた自室に戻ることにした。


 朝、まるで争いのような朝食を済ませると久しぶりに会ったのだから、とゼルガディス達と少しの間行動を共にする事になった。
 もっとも、俺達には明確な目的があるわけではないし(ゼフィーリアに行くというのは漠然とした目標でしかない)、昔のようにゼルガディスの身体を元に戻す方法を探っても何ら問題はないということだ。
 アメリアはもとより、ゼルガディスもリナと一緒に居ればトラブルは勝手にふって沸いてくるのだから、そのほうがなにかと都合がいいと了承した。
 で、俺は珍しくアメリアとこの町になにか口伝でもいいのでそれらしい伝承はないか、聞き込み調査をすることになった。
 普段ならば、正義という名の横道に逸れるアメリアと物事を記憶にとどめておく能力が極端に弱い俺をペアにさせることは無いのだが、だからといって魔道士協会に行っても話が分かるわけでも無し、図書館で本を読んでもちんぷんかんぷん、ということでまぁ溢れもので適当に組まされたというところなんだろう。
 その辺りを分かっているのかいないのか、アメリアは上機嫌に鼻歌を歌っていた。メロディラインから曲を察する事は出来なかったが、恐らく英雄伝承歌系列であろうことは確かだろう。

「あ、ガウリィさん。お聞きしても良いですか」

「んー。あぁ、内容によっちゃあ答えられないけどな」

 俺に剣の関連ならともかく魔道士関連や一般常識を聞かれてもきちんと答えられる自信はこれっぽっちもない。
 その辺りはアメリアも承知しているらしく、ガウリィさんに難しい事は聞きませんよー。と笑っていた。
 ……なんだか、非常に馬鹿にされているような気もするけれど。

「リナさんとはこのままで良いんですか?」

 その問いはある意味確信に近いんじゃないかと思わず苦笑していた。

「なんでだ? これ以上俺とリナに何があるっていうんだ?」

 これ以上などないはずだ。
 背中を預けられるパートナー。
 全てを信頼し、全てを預けられる相手。
 それ以上など何処に存在するというのだろう。
 けれど、アメリアが問いたいこともそれなりに理解しているつもりだ。アメリアは以前共に旅をしていたときから妙に俺とリナの仲を気にしていたようだったから。それは、恐らく恋愛に対して耳年増になっていた所為もあるのだろうけれど。

「ガウリィさんは、リナさんと恋人同士になりたいとは思わないんですか?」

 ほらな。
 やっぱり、と正に予想通りの答えがきて手に口を当てて少しばかり笑った。
 年を重ねてゼルガディスとのことがあって彼女も何か変化があったかと思ったけれど、その辺りは変わらないらしい。もっとも、仲間だからこそ俺達のことが心配なのもあるのだろうけれど。

「思わないな」

「ええ? なんでですか」

 即答すると、アメリアは驚いたように手をあげて目を見開いて俺を見ていた。
 そんなオーバーアクションをするほどの返事かと思いながら、ぽりぽりと頬を掻きながら言った。

「俺にとってはリナとはパートナーが最高なんだ。その辺の女となら、結婚したり家庭をもつことを望んだりするのかもしれないけれど、リナは俺にとっちゃあそうだな……」

 ふと空を見た。
 直視できない太陽がさんさんと地上を照らしている。
 見ることも出来ず、触る事も出来ないただ至上のそれ。

「太陽みたいなものなんだ。見るには眩しすぎて、触れるには遠すぎる。せいぜい、向日葵のように太陽を追っかけるのが精一杯ってやつさ」

 それほどまでに、眩しくて触れなくて。
 そして、触ることを躊躇うほどの存在。
 そんな例えがアメリアに伝わっただろうか?
 もともとボキャブラリーはリナのように豊富ではないのでその辺りは不安だったけれど、少し考えるように視線を下に向けたアメリアは、ふと俺を見ると呟いた。

「けれど、太陽が触れたいと思っているのに向日葵に触れられないんだとしたら、とても可哀想じゃあないですか?」

 その言葉はアメリアらしいな、と思った。
 例えば、ありえないけれどゼルガディスと似たような会話をしたところでそうか、と一言に尽きると思う。合成獣という奇異な姿で人の目にさらされていたゼルガディスは諦めという感情を酷く理解しているから。リナだったら……ばっかじゃないの、とか言いそうだな。
 可哀想、などという表現を使うのはやっぱりアメリアだけなのだと思う。
 物事を歪めることなく真っ直ぐに見つめていられるアメリアだからこそ。
 だからこそ、俺は口元で孤を描き微笑むだけで、アメリアの呟きに答えることはなかった。


 この街の人々に話を聞いていると、一つの伝承が存在している事がわかった。

「つまり、透明人間ですね!」

 アメリアは何故だか楽しげにびしっと人差し指を突き立てている。
 俺達が聞いた伝承のイメージがつまりこれだったのだ。

「そうかもしれないわねぇ。見えぬ手が悪戯をし時には手助けをし、時には心の中に入ってきてぐちゃぐちゃした物をすべて無くしたような透明な気持ちにさせる。――まぁ、人間かはわからないけれど」

 その伝承歌を教えてくれた妙齢の女性は、アメリアの叫びに対してにこやかに笑って答えた。
 つまり、この街には不思議な存在がいるのだという。
 それは人々には見えないし、感じる事も出来ない。
 けれど、時には悪戯をし時には手助けをし、時には心の中に入って心をすぅっと一陣の風が吹いたように透明な気持ちにさせるのだという。
 見えぬけれどそれは確かに存在するのだと人々は信じていたし、それに付随するような現象もたくさんあったのだという。
 まるで神のようで妖精のようなけれど、それらとはまったく違う感覚。
 この街の人々はそれをどこかに感じながら暮らしているのだという。
 ぼおっと妙齢の女性の後ろ側に広がる風景を眺めていると、ふと真っ白な印象を与えるような白の服を着て同じ色の髪の色をした女の子が手を振っている姿が見えた。
 けれど、ぱちりと瞬きをした次の瞬間にはその女の子は居なくなっていた。何かの見間違いだろうかと首を傾げながら、それほど重大な事でもないのでアメリアと妙齢の女性の方に意識を戻した。

「ゼルが求めているものではなさそうだなぁ」

「のんのんのん! ガウリィさん、求めているものというものは何処で転がってくるか分からないんですよっ。もしかしたら、透明人間さんは何らかの形で合成獣にされた人かもしれないじゃないですかっ」

 まぁ確かにアメリアのいうことには一理あるけれど、何を掛け合わせたら透明人間などというものになるのか俺には全く分からなかった。
 でも、光の当たり具合で目は像を捕らえていると聞いたことがあったから、そのあたりをどうにかすれば透明人間という奴は成り立つのかもしれない。
 そういえば、魔族という奴も基本的に見えぬ世界にいるけれど、精神世界で悪戯をすれば現実世界でも悪戯する事になるのだろうか? いまいち、そのあたりの関連性はわからないなぁ。
 びしっと人差し指を俺に向けているアメリアの目は使命に燃えてきらきらと煌いていたが説得力は無いんじゃないか、と心の中で突っ込んでおくことにした。けれど、実際その可能性がまったくないと言うわけでもないので、そうかもなぁと相槌を打っておく。
 するとアメリアはくるっと俺に背中を向けて、先ほどの伝承を教えてくれた妙齢の女性に有難う御座います! と勢い良く礼を述べていた。
 そして、再度くるっと回り。

「ガウリィさーん……? あれ、どこいっちゃったんでしょ」

 顎に手をかけて不思議そうにアメリアは呟いた。
 目の前に俺はいるというのに。
 一瞬、何かしらの冗談を言っているのかと思ったが、真っ直ぐに人の目を見て喋るアメリアの視線は振り返った一瞬すらも俺を映すような色を見せなかった。
 思わず手を見ると、確かに上げた手は俺の目に映っていなかった。
 それはまるで、先ほど話していた透明人間のように。
 ともかく自分が此処にいることを教えなければいけない、と顔を上げると既に背を向けてしまっているアメリアを呼んだ。

「アメリア!」

「あれ? ガウリィさん何処行っちゃってたんですか?」

 声に反応してくるりと身を翻したアメリアの焦点は既にきちんと俺に合わさっているようで、俺の顔を見ると不思議そうに首を傾げた。
 何処にも行っていない。
 何処にも行っていないのに、何故アメリアの目に俺は映らなかった?

「――ちょっと、その通りの所にふらふらっと行ってた。すまんな」

 それでもまだ信じきれなかったので、あの時アメリアの目には俺が見えなくなってしまったんだと確証が持てるまで言わないことにした。
 なにより、どう説明すればいいか全く分からなかったし。

「ちゃんと声かけてくださいよねー」

「悪いな」

「気にしないで下さい。とりあえず、他の人の話も聞きましょう」

 そうだな、とアメリアの発言に同意を示すと俺達はまた適当な人を捕まえて、透明人間の伝承の話を聞いていた。
 俺の姿が見えなくなったことは、胸のうちに秘めて。



      >>20060817 最初の訓練イメージは(脳内で覚えている)TRIGUNから。



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