透明もしくは鮮明




 そうして、一通り街の人から話を聞き終わった頃には日が傾き落ちかけていたので、俺とアメリアは宿泊している宿屋に戻る。
 宿屋に戻ると、既に来ていたのかリナとゼルガディスが一階にある食堂の窓側の席に座っていた。
 つまりは俺達を待っていたのだろう。
 姿を見つけると、こっちよ!と手を振るリナの姿が見えた。
 アメリアは楽しげに走るとゼルガディスの隣にちょこんと座る。
 それを見ながら、俺はなんて分かりやすい奴だと少し笑いながら空いているリナの隣の席に座った。

「皆揃った事だし、まずはご飯よね!」

「おう!」

 リナと旅をするようになってから、俺の食事というものは騒がしくなった。
 というのも、料理の争奪戦など傭兵の頃はまるでやっていなかったから。
 食物摂取量がリナと一緒になって増えたということではない。ただ俺と同じ量を食べる奴など居なかったし、それ以前に強奪するように食事を奪い合う事などしなかった。
 一時の味方であった傭兵とは普通に食事を共にするような事もあったけれど、やっぱりリナのように激しく食物を奪い合うということはなく、ご飯を食べたら直ぐに酒に移行する事が多かった。
 ……食事以上に、傭兵に共通する事は酒という一時の娯楽で汚い事や醜いことなどを忘れたいという感情のほうが強かったのだろうけれど。俺も例に洩れずそうだったし。
 つまり、リナのような存在は今までに無かったのだ。
 だからこそ、俺も楽しんで戦争のような食事を繰り返す。

「このウインナーさんはあたしのものよっ!」

「ああ、それは俺が唾付けといたのに!」

「何言ってんのよ、口に入れたものの勝ちよっ」

「じゃあ、この骨付き肉は俺のものだ!」

「ををををっ、それはあたしが狙ってたのに!」

 かきんかきんと食器がぶつかり合う音と、即座にむしゃむしゃむしゃと食べる音。そうして忙しない会話が続く。それはいつもの俺とリナのやり取りで、ちらりと周りに視線を送るとぽかーんと驚いたように俺達の食事光景を見ている。それを唯一出来ないのは、食事を提供している店側のスタッフぐらいなものだろうか。
 そして、今度は向かい合わせで座っているゼルガディスとアメリアの方を見た。二人はのんびりと食事をとりながら呆れたように呟いていた。

「なんだか消化に悪そうな食べ方だな」

「言えてますね。よく噛みこんでいないようですし……二人共よくあの体型を維持できるなぁって感心します」

「毎度の事だけどな」

 アメリアなんかは時折楽しむように俺達の食事戦争に加わっていたものだが、今回は傍観に回ったようである。恐らくゼルガディスとの旅でむしゃぶりつくような食事をする必要もなかったので、そうなったのかもしれないけれど。
 しっかし、アメリアはともかくゼルガディスは男の癖に小食だよなぁ。もっともさもさ食べないと成長しないような気もするんだが……もしかしたら、岩というものは燃費が良く小食でもかなり動けるのかもしれない。なんて、リナが聞いたらぷっと笑いそうなことを考えていた。

「隙ありっ」

「うおおおっ、俺の生ハムメロンがぁぁぁ!」

「ふっふっふ、戦場で隙を見せるからこうなるのよ!」

 即座にどうでもいいことを考えていた頭はリナに持っていかれて、食事に集中する事になる。

 食事が一通り終わり、のんびりと皆で香茶を飲みながら各自の情報を提示する事になった。
 もっとも、俺とアメリアにはそれほど期待されていないのだろうが。
 それに俺の場合は鶏よりも酷い記憶力が相まって、こういったシーンでは発言権が認められていない。ので、のんびりと皆の話を聞き流すだけだった。

「……つまり、この町独特の伝承は"透明人間"のみってことね」

「ほぼ外れだな」

 ゼルガディスははぁとため息をついた。
 外れを引くことは多いだろうけれど、やはり残念なものは残念なのだろう。身体を元に戻すことを切望しているゼルガディスにとってみれば、その落胆というのは幾ら外ればかりだといっても慣れることなどないに違いない。

「百歩譲って、それが合成獣だとしても"透明人間"が普通の人に戻ったなんて伝承一つも無かったしね。それがあったのならもうちょっと調べてもよかったんでしょうけど……」

「総合してみる限り、無駄に等しいな」

「ゼルガディスさんっ、今回は外れでしたけれど! 何時の日か正義を胸に秘め、正義を行使していれば元の姿にだって戻れるはずです!」

 元気付けるためだろうか、びしぃっとゼルガディスに人差し指を向けて何時もの通り正義の口上をしているアメリアに、ゼルガディスはふっと口元を緩ませたような気がした。
 ……ゼルガディスも随分素直じゃないよなぁ。

「ところで、透明人間って奴がちょっとばかしの悪戯をするのは気持ち的にわかるけれど、透明な気持ちにさせるってどういうことなのかしら?」

「それよりも、透明な気持ちって奴が分からんが」

 それもそうだよなぁ、と俺は納得していた。
 特に気持ちって奴は言葉に表すのは酷く難しい。幾ら作家が詩人が綺麗な言葉を並べ立てたところでそれをどう受け止め、納得するかそうでないかは聞いた人の主観によるものなのだから。
 生きとしいけるものというのは、それぞれに個性があるからその感情の発露も微妙に違うはずだ。……その辺りは、感情を食べる魔族なんかの方が実は詳しいのかもしれない。

「透明ってことは、何も考えていないような感じなんでしょうか」

「ガウリィみたいな?」

 リナに指差されて、俺?と思わず首をかしげていた。
 こう見えても多少は考え事をしているのだけれど、やっぱり三歩もしないうちに聞いたことを忘れてしまうクラゲ頭だと認識されている所為か、何も考えていないように思われているらしい。
 まぁ、あながち否定できないが。

「つまり、旦那のようなものなのかどうかは知らんが、心を真っ白にさせたときのようなものってことなんだろうな」

 俺はゼルガディスの言葉になるほどなーと納得して、その透明な気持ちって奴になるため頭の中を空っぽにしてみた。
 何も考えずに何の感情も浮かべずに、まるで心に風が通るように何も無い状態へ。

「……っ、ガウリィ!」

 リナの焦ったような叫び声が聞こえて、俺はリナに視線を送った。
 真っ直ぐに俺を見ていたはずのリナの表情はどこか俺を映していないようにピントがずれていて。
 それが、昼間のアメリアのようだったから俺は確認するように手を見た。
 ――俺の眼下に手は映っていなかった。

「ガウリィ!」

 驚いて、思わず見たはずの掌に遮られ映らないはずのテーブルクロスを眺めていたら、リナの呼びかける声が聞こえたので顔を上げて俺は声を出した。

「――リナ」

 呟くと、リナの焦点が途端にぴったりと俺に合わさる。
 それに反応するように掌を覗き込むと、きちんと其処に存在していた。まるで、透明人間から普通のものに戻ったように。

「……旦那、もしかして」

「ああ。なんだか何時の間にか知らないが透明人間になっちまったらしいなぁ」

 二度目はさすがに否定できなかった。

 はぁ、とリナは酷く疲れたようにため息を吐いた。
 俺はそれを他人事のようにのんびり見ていた。というのも、こういった関連の考えごとは全てリナに任せているので、自分のことであってもそれほど慌てずにどっしりと構えていられる所為なのだけれど。

「アンタ、本当にちょっとでもいいからなんか無かったの!?」

 そう言われてもなぁ、と俺は呟いた。
 ごくごく普通に過ごしていただけだ。この町に来てから、リナとのんびり観光気分で街中を歩いてアメリアを見つけて久しぶりに四人でご飯を食べたあと、何時もの通り寝る準備をしてから剣の手入れをして、久しぶりにリナが盗賊いぢめをするために出て行く音を聞かずに眠り、起きてからはいつものように軽く運動してから汗を流して、食事をしてアメリアと一緒に聞き込みをして今に至る。
 別におかしな行動をしたわけでもないし、夜以外は皆と一緒に居たのだからそれはリナ達も分かっているはずだ。

「あー、もう! アンタが辛うじて固形を保っているヨーグルトのような脳みその持ち主なことを初めて恨むわっ」

 リナは頭をぐしゃぐしゃっと掻いてヒステリックに叫んだ。
 いつもいつも脳みそがクラゲだとかヨーグルトだとか言われまくって慣れているので、いい加減その台詞に何の感慨も覚えないのだがボキャブラリーが費えないことに関しては今でも感心してしまう。

「……とりあえず、旦那から原因を追求するのはほぼ不可能だろうから、とりあえず透明人間になる条件やどういった状態なのかを抑えておいた方がいいんじゃないか」

「でも、病の類で何度も透明人間になると病状が進行する、なんてものだったらどうすんのよ」

「それはその時だろう。それこそ文献やらなんやらで似たような症例を探すしかない」

「つまり、其処からってことね。しっかし、原因がわかんないのは痛いわねぇ」

 どうやら、とりあえず文献から探すことにしたらしい。
 疲れたようにため息をついている二人に大変だなぁ、と思わず言うとアンタのせいでしょうが!と鋭い突っ込みが間を空く事も無く入ってきた。

「でだ、旦那。アンタの記憶力に質問するのは酷なんだが、それが出始めたのは何時だ?」

 前置きはいらないような気がしたが、俺はとりあえず頭を捻ってみた。
 アメリアと一緒に居たときだろうか。
 いや……、全身が消えたのはそのときが初めてだったのだろうけれど、その前にもあったなぁと何故だか記憶力には結びつかない脳みそをフル回転させてみた。

「多分、今日の朝リナと大浴場の前で喋っていたときだ」

「……首をかしげたとき?」

「ああ」

 端的に答えると、リナはだからねと納得したように呟いた。
 恐らく、俺の行動に不思議なものを感じたのだろう。俺はあんまりおかしな行動を取ったりしないからな。リナに隠し事も出来ないし、隠すことなど何も無かったから。

「ともかく! 喋っていても解決する問題じゃありませんっ。だったら、調べなくちゃいけない明日に備えて今日はぐっすり寝るのが一番です! 正義は必ず勝つのですからっ!」

 ビクトリー!と叫びながらVサインをしたアメリアにはまったくもって緊張感などこれっぽっちも無かったが、原因不明の現象に対して、本人の心を穏やかにさせるのはいつも通りに振舞うアメリアのような行動なのだろうな、と眺めながら思った。
 といっても、俺はリナを全面的に信頼しているしリナが解決できないのならそのまま姿形全て消えてしまっても、特に後悔は無いんだろうなぁと漠然と思っていた。
 それだけ俺にとってリナというものは、存在の大きなものだ。
 寧ろ、その言葉にほっとさせられたのはリナでありゼルガディスであるようだった。

「それもそうね。寝不足なんて乙女の柔肌にダメージ与えるような事したくないし」

「……それいいのか、アンタ」

「いいのよ。万事おっけーだわ。アンタもいいでしょ、ガウリィ?」

「ああ。リナが良いんなら何でもいい」

 さらっと答えると、ゼルガディスは主体性が無いのか信頼しきっているのかわけわからんな、と呟いてため息を吐いていた。
 んなこと言ってるけど、ゼルガディスはきっと理解しているような気がするけどな。まぁ、ゼルガディスと話すなんていいとこ酒の席ぐらいなもんだから、第六感に頼りまくっているけど。



      >>20060823 スレイヤーズといえば戦争のような食事シーンです。



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