透明もしくは鮮明




 翌日、俺はリナと一緒に歩いていた。
 俺がいろいろと不味い事になっているようなのに、正義とあらば鉄砲玉のように何処にでも走っていくアメリアじゃあ経過観察も出来ないと思ったのだろうか?なんだか、満場一致で俺はリナについていくことになった。
 ゼルガディスとアメリアが図書館の文献を当たる事になり、俺とリナは此処の魔道士協会に行きそこの魔道文献を当たるらしかった。
 人々の話を聞かないのは、昨日まで聞き込みであまり当てにならないと思ったからだろうか。知識が記憶に直結しない俺はすでに聞いていたはずの理由をぽぉんと忘れてしまっていた。
 魔道士協会の建物の前でそれを眺めてみた。魔道士協会の建物といったってそこら辺の建物と何ら変わることはない。逆に分かりやすさを前面に押し出してこうおどろおどろしい感じにしてもそれはそれで楽しいのだと思うのだが、やっぱり魔道士といっても権力者の考える事はそう変わるわけでもないようだった。それなりの大きさに入りやすさを考慮したのか、ごくごく普通の白を基調とした建物は別に見た目的な面白さは何処にも見当たらない。何処でも一緒なのだから、更につまらなく感じる。
 と言っても、俺の主観が何処にどう影響する訳でもないので、ぼうっと考えていたらリナがくるりと俺の方を向いて、早く来なさいよ、と急かした。

「なぁ、リナ。透明人間のことが書いてある文献なんて目星ついているのか?」

「まぁ、昨日調べたからそれなりにね。でも、ろくなこと書いてなかったから当てには出来ないけど」

 リナは肩をすくめて、どうしようかしらとでもいいたげだった。

「なぁ、寝てていいか」

「良くないわ!」

 べしっとツッコミを入れられるが、俺が本読んだところでわけがわからなくてやっぱり寝るだけなので、事前に承諾を取るだけマシだと思って欲しい。
 リナもその辺りのことを分かっているはずなのに、そういえば以前寝ていたら分厚い本の角で殴られたなぁ。でも、あれはしょうがない。事故みたいなもんだ。

「はぁぁぁぁ、本当はアンタをこんな処に連れてきたくないんだけどね。無性に苛々するから」

 眉間に手を当てて、疲れたようにため息を付くリナを見て大変だなぁと他人事のように思っていた。
 魔道書が置いてある書庫に入ると、本特有の匂いが鼻につく。特に俺なんかはあんまり縁の無い匂いなものだから、更にその独特さを不思議に思った。
 それにしても、図書館にしろ書庫にしろどうしてこうも静まっていて微妙に温かかったりして、眠気を誘うのだろうか。

「じゃ、あたしは本を読んでいるから、目に付く場所に居なさいよ」

 リナはひそひそと小さな声で呟くと確かな足取りで少し奥まった場所から本を数冊取り出すと机と椅子が置いてある場所にどすん、と本を置き読み始めた。
 最初、俺は窓の外を見ていたり真剣に本を読んでいるリナを見ていたりしたのだが、やっぱり飽きてきて適当に背表紙を眺めていた。
 「白魔法の構造」「魔法の知識」「解読!これが魔法の構造だ」えとせとら……とやっぱり魔道士協会なだけあって並ぶ本も魔道関連のようだった。
 魔道という奴は果たして進化しているのか、退化しているのか俺にはまったくこれっぽちも分からない分野だったが、ばぁちゃんはその手一つで俺にとっては不思議な現象を良く見せてくれたっけ。
 しわくちゃな手で炎を出して氷の結晶を生み出して、羽を浮かせて宝石の中に花を閉じ込めて。
 そうして、ばぁちゃんはしわくちゃな顔を更にしわくちゃにさせて言うんだ。『強い力に甘えてはいけない。強い力は自分が強くなくても自分を強く見せるけれど、それはただの見せ掛けでしかないよ。ガウリィは本当に強い人になりなさい。その強い力を自在に操り、強い力に飲み込まれないような強くて優しい人になりなさい』と。
 ……結局、ばぁちゃんの言う強い人には今でも成れていない。成れそうにもない。
 俺は誰にも孝行できずに、跡を濁してばかりだなぁ。
 そんな風に思って、少しだけ笑った。
 すっと、俺にとってはどうでもよい魔道書の背表紙をすぅっと右手の人差し指でなぞり、再度俺は窓の外を見た。
 真っ青だ。
 そういえば、空気って奴はどうして目に見えないのに空は青いのだろう、と幼い頃考えた事があったっけ。
 透明なのに青い。
 そう考えれば考えるほど、幼い俺は透明って奴の概念がいまいちよく分からなかった。
 一点の曇りもなく、光を跳ね返すこともなく風景の邪魔すらもしないそれら。
 ……まるで、俺に当てはまらない。
 空を見るのを止めた俺は窓の外に広がるなんでもない街中の風景を眺めた。長く続く道を彩る街路樹の陰に女の子が居た。
 真っ白な印象を与える彼女は、何故だか視線があったような気がした。
 しかし、生理現象にたやすく負け瞬きをした次の瞬間には、彼女の姿形すらもない。
 彼女は何かを言ったような気がした。
 実際口で喋った仕草を見せたわけではないのだが、俺にはそう感じた。

『何の色にも縛られず、何も持たずただ静かに流され、全てを放棄してしまうのだ』

 その言葉が俺の中に染みこんできたとき、まるで深い眠りにつく前の取り留めのないことばかりを考えている、そんな穏やかでけれど何かが足からすぅっと落としていくような深い深い闇の底にいるような気がした。
 どうでもいい。
 きっと、俺は今此処で透明人間になって消えてなくなってしまったとしても――さして困らない。恐怖も未練も絶望も何もなしにそれを受け入れるだろう。
 それは例えば、魔族辺りが好みそうな暗闇の中で弛むように。
 もしくは、何もない透明な空と大地の間で色に挟まれながらも、透明な中を弛むように。

「――ガウリィ!」

 リナの叫ぶ声が聞こえて、俺ははっと意識を戻した。

「どうかしたか、リナ?」

「〜〜っ、どうかしたかってもんじゃないわっ! アンタ、また透明になってたわよっ」

 そうか、とは思ったけれどそれが異常なほどの驚きにはならなかった。それはもう俺がなんらかの要因で透明人間になるのだという事前知識があった為だと思う。人間、予測できる事態に対してはそうそう混乱するものではない。

「アンタねぇ、自分のことなんだから幾らクラゲ頭でこれっぽっちも役に立たないからって何にもしないのはなしよ、なし! もうちょっと、そのぐらぐら崩れそうな頭を動かしなさいっ」

 びしぃぃっと人差し指を鼻につきそうなぐらいの勢いでつきたてられて、俺はぽりぽりと頭を掻いた。
 そりゃあ、自分のことじゃないのに必死に調べて透明現象の追求をしているリナにして見れば、当事者である俺がのほほんとしていれば、それが性格とか脳みその問題点などを抜きにしても苛々するものだろう。
 けれど、ここまで苛々する必要性もないと思うけどなぁ。所詮、リナにとっては他人事でしかないのだから。……いや、人に対して優しいリナだからこそここまで怒るのか。

「動くのは平気なんだけどなぁ、さすがに頭脳作業はちょっと……」

「ちょっと、じゃないわよ、このクラゲ頭! もうちょっときりきり動きなさい、きりきり!」

 ああ、もうっ!と頭をくしゃくしゃに掻いたリナは思い通りにならないことに苛々しているのだろうか?
 すると、ちょんちょんとリナの肩を叩く男性がいた。不思議そうに振り返ったリナはずずずっと思わず数歩下がっている。例えば漫画や小説辺りならさぁーーとでも言った効果音がつきそうなぐらい血の気を引かせているようにも感じた。

「インバースさん。静かにしていただけないのでしたなら、退場してくださいね?」

「す、すみませーーん!」

 リナは俺の首根っこを掴むとこれ以上無いほどの猛ダッシュを見せ、魔道士協会の外に出た。
 はぁはぁ、と肩で息をするリナにすごいなぁと純然たる感想を言ったら懐から抜き出したスリッパですこーんと叩かれた。

「アンタのせいじゃないの! ここの魔道士協会、書庫の使用には厳しいって評判なんだからっ。目をつけられて、立ち入り禁止にされたらどうするのよ!」

 それは、さすがに困るわ。と手を腰に当て怒りの表情で俺を見たリナに対して、俺はそうなのかぁとまるでのんびりした同意を示した。リナに注意した司書が長い年月勤めあげないことを願うばかりだ。

「あ、手に持ってた書物、持ってきちゃったわ」

 まぁ、戻るのも躊躇われるし明日ゼルガディス辺りに返してもらいましょう。といたってポジティブな結論を出したリナは、行くわよ!と笑顔で俺を促した。

「やっぱり、アンタを連れて行くとろくな事ないわ」

 そんな呟きを聞きながら、俺達はその町並みを歩いた。



      >>20060829 もうちょっと背表紙の題名出したほうがえとせとらっぽいんだけどなぁ。



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