透明もしくは鮮明




「こっちにはヒントらしきものはこれっぽっちもありませんでしたぁ」

 何時ものことであるが、まるで決闘のような食事の後今日の報告ということで、アメリアがさくっと一言で済ませた。その調べ方の大半は恐らくゼルガディスがやったのだろうけれど。
 ゼルガディスはのんびりと香茶を飲みながら、残念そうに眉をハの字に下げているアメリアの横顔をちらりと見た後、ゼルガディスから見て斜め向かいに座っているリナのほうを向いた。

「で、そっちはどうだったんだ?」

「ん〜、本格的に調べる前にガウリィの所為で追い出されちゃったんだけどさ」

 リナはそう言って肩をすくめた。
 んなこと言ったってなぁ、俺だって別に叫び声出させたくて透明人間になったわけじゃないし、透明人間になる理屈だってこれっぽっちも分かっていないのだから勘弁して欲しいなぁとため息をついた。
 そんなことを呆然と思いながら、とんと音がしたような気がしてリナのほうを見ると、机の上に一冊の本が乗っていた。……多分、魔道士協会から追い出されたときに間違って持ってきていた本だ。
 もっとも、本の違いなどさっぱり分からないしリナがあの時持っていた本がどのようなデザインのものだったかなんてこれっぽっちも覚えていないので、確実にその本だと言い切ることは出来なかったが。

「……それ、思いっきり持ち出し禁止のシールが見えるのだが」

「間違って持ってきちゃったのよ。明日、こっそり返して来れば何ら問題ないでしょ?」

 リナはその辺りは全くどうでもいいと言いたげにゼルガディスのジト目を一蹴した。その辺りはさすがリナである。

「で、たまたま持ってきたこれにヒントになりそうな文献を見っけたのよね」

「ほんとですか、リナさん!」

 アメリアは驚いたように身を乗り出した。
 確かに調べてもヒントらしきものはこれっぽっちも見えなかったのだから、ここにきてのヒントというのはかなり大きいだろう。

「見たところ、歴史書のようだが」

「詳しく言えば、この地方の過去在籍していた魔道士の研究内容を纏めたものね」

 説明を加えながら、リナはぱらぱらとページをめくって、ある場所でぴたっと止めた。
 其処には、表題として『屈折の錯覚による物体の透過を図る実験』と記されていた。

「どうやら、過去にこの町で物体を透明にする実験をおこなっていた魔道士が居たようなの。理論はそれらしく書いてあるんだけど、ちょっと実行するには乏しいようなものね。でもまぁ、この魔道士って奴が優秀だったのか、着眼点が良かったのか途中から資金援助を受けてそれはそれは研究に没頭したようよ」

「何らかの政治的軍事的要素で使えると思ったのか、個人的な意味合いがあったのか……」

「どうも、読んだ限りでは前者の軍事的要素のようだったわ」

 リナは特に問題視するような事でもないような口調で、ゼルガディスの呟きにさらっと答えた。

「透明人間ってやつは、知らずに近づいて情報入手や人間兵器に使うには十分でしょ?ガウリィほどに勘の鋭い人じゃなきゃあ、誰も気がつかないに違いないわ」

「ううう、そんなの悪です!正々堂々真正面から突撃しないばかりか、人間を道具のように扱うなんてっ」

 肩をすくめたリナに対して、アメリアは怒りをこめたように拳を突き上げた。
 国を敬い、民を愛するアメリアにはそういった人間の使い方は怒りばかりを覚えるものなのだろう。傭兵をしていた俺は、そういった政策を採るような国をいくつも見てきた。もちろん、リナもゼルガディスも……怒りを表すアメリアもそうだろう。
 だが、知っていても純粋に道徳に反することを怒れるのはひどくアメリアらしいと思う。
 しかしこの場合は、既に過ぎ去ってしまったことだ。リナもパタパタと手を振って終わったことなんだから、と適当に怒りを納めて先に進めた。

「ともかく。その軍事的要素から、透過を研究していた人は人間生態を研究していた人と手を組んだらしいのよね。たぶん、人間生態といっても合成獣の研究が大半だったのでしょうけれど」

 手を組んだ要素を考える限りね、と付け足したリナはちらりとゼルガディスのほうに視線を送っていた。恐らく、合成獣という要素があったからだろう。
 しかし、ゼルガディスは至って普通だった。合成獣という要素にある種の慣れがあったからだろうか、それとも過去のことと区別した所為だろうか。……ま、ゼルガディスはひねくれているから、俺にはその心内を理解することはこれっぽっちも出来ないけれど。

「でも、人間と透明の合成は成功しなかったようだわ。透過は物質を光の反射角を少なくすることで意図的に見えなくするものだけれど、やっぱり人間の要素とは違ったのかしらね。でも、彼らはあきらめなかった。……今度は、生物兵器を作ろうとした」

「それは、つまり新たな生き物を作るということか?」

「読み砕く限り、そうだったわ」

 リナはぽんぽんと開いたページを人差し指で叩いた。

「で、成功したんですか?」

「……分からないわ。だって、二人とも消息不明になっちゃったらしいんだもの。だから、この本にはいなくなりました、でお仕舞い。あんましヒントにはならないけれど、ないよりはマシ程度の情報は手に入ったんじゃない?」

 そう言うと、リナはパタンと本を閉じてそれをゼルガディスに渡した。
 ゼルガディスはそれを受け取ると、すぐに本を開いて確かめるようにじぃっと文字を追っているようだった。
 その隣のアメリアは不満そうにぷぅっと頬を膨らませていた。

「結局、有力な情報はないんですねー……」

「そうね。本人の証言がいまいち過ぎてどうも動けないし」

 遠回りに俺の批判が聞こえたような気がしたが、まぁ記憶力に関しちゃ言える立場に居ないので、分かっていないような振りをしておいた。実際、反論しないことは分かっていないことと同じだし。

「でも、調べる範囲は狭まったんじゃない?とりあえず、明日はその研究者の足取りを追いましょう。研究所が残っていれば楽なんだけど」

「そうですね!どれだけ遠回りだとしても、正義を信じる心がある限り全ての事態は良い方向に転がるものです!」

 見事なまでのポジティブシンキングで拳を突き上げて叫んだアメリアは軽く目立っていたが、本人はまったく気にした様子もなかった。


 食事兼会議(といってもいいのか分からないほど食事と会議は見事なまでの分割がなされていたのだが)が済んだので各部屋に戻って個々の時間をすごしていた。
 俺は、ふと外に足を運んだ。
 涼しい夜風はすぅっとしたような気持ちにさせる。それはまるで透明人間がさせるという、"透明な気持ち"のように。
 人間の五感というものは不思議なものだ。こんなただの自然現象を多種多様に捉えて、気持ちの変化にさえも繋げてしまうのだから。
 透明人間というやつは、そんな五感を持っているのだろうか。
 透明であることを義務付けられ、透明であれと願われたそれは。姿だけだったのかもしれないけれど、もしかしたらその心も透明なのかもしれない。だって、体は存外に心を表すものだ。自分に関係ある全ては自身の心持に共通点を持つのだから。
 例えば、名は体を表すという言葉のとおりに。
 だったら、俺が透明人間になってしまうのはその心に透明があるから?
 まるで風のように流され、何の色にも左右されないような透明がそこにあるから?

「だったら、リナなら成らなかったんだろうなぁ」

 思わず呟いていた。
 そうに違いない。
 リナは透明なんかじゃないから。燃え上がる怒りのような炎の色が似合うリナに透明なんてこれっぽっちも当てはまらない。
 立っている土俵すら違うものを無理やり引き摺り下ろすのは難しいだろう。
 じゃあ、俺が透明人間になっているのは俺が透明なのか、透明に近いからなのだろう。
 確かに、いざ透明人間になってもまあいいや、なんて妥協している時点で透明人間に近いのかもしれないけれど。
 ……なんて考えていると、道を挟んだ向こう側に少女の姿が見えたような気がした。
 こんなにも空は暗く帳が下りているというのに。
 少女はじぃっと俺を見ていた。
 唇を薄く開けて、何かを言った少女は俺が一瞬きした次の瞬間には消えてなくなっていて。

『どうして、透明に近いのに透明じゃない?』

 そんな言葉が聞こえたような気がして、俺は思わずくすりと笑った。
 そうして、夜風が冷たく感じてきたので宿屋の中に入るためにくるりと方向転換をした。



      >>20060906 この世界って意外と人体実験しているよね。



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