透明もしくは鮮明
俺とリナは文献に書かれていたアバウトな地理説明から、透明を研究していた奴の研究所を探すことになった。
ちなみにゼルガディスとアメリアはリナが持ち出してしまった本を返しつつ、そのまま魔道士協会の図書室で更にその研究者のことが載っている文書を探すらしい。
何故、ゼルガディスとアメリアが魔道士協会に行くかというと、曰くリナは俺と一緒に書庫に居るとイライラするらしいので。
何の気なしに俺の前を歩くリナを眺めながら、ポツリと呟いた。
「なぁ、リナ。どういった条件で透明人間になるのか、なんとなくわかったような気がするぞ」
リナはその言葉にくるりと振り向くと不思議そうに俺を見ていた。
「アンタにしては珍しいわね。……で、どういう条件なの?」
「透明な気持ちになればいい」
「――あたしには、それがいまいちわからないのだけれど」
リナは不思議そうに首をかしげるものだから、そういうものなのだろうか?と俺は思った。
だって、俺にとってはそれはごく普通のことでしかないのだから。
「人間というものは――もしかしたら、生きとし生けるものと仮定していいのかもしれないけれど。ともかく、そういった者達には透明にするような隙間なんてあるわけないわ。常に何かを考え、何かのために動く。それは生きるための本能的な欲求なのかもしれないし、それに付随した正や不の感情なのかもしれない。――それを考えずにいられるだなんて、生きていないのと一緒だわ」
ガウリィ、アンタはそうなの?
リナはじぃっと俺の目を見た。嘘も許さぬ焔の目で。
それと同時に、ああリナにはわからないのかもしれないなとも思った。
彼女はとても"生きている"から。
何があっても倒れたり目を瞑ったり逃げたりせずに、どんな辛いことでも受け止め受け入れ乗り越えることができるから。
それは俺から見ればとても強く、とても生きている姿だ。
「ま、脳味噌が溶け出しているガウリィが何かを考えているだなんて、これっぽっちも思っちゃいないけどね」
返事を返さないことに焦れたのか、もしくは言えないとでも認識したのかリナは肩をすくめて軽い口調で流した。
でも、もしあのままあの生きていることを体現しているような焔の瞳で見つめ続けていられたら、俺は言葉を返すことができたのだろうか?
確かに地に根を張り、まっすぐ前を見て――生きているのだと。
リナが見つけた本に記載されていた研究所跡地というのは、街外れにあったらしい。
曰く、「研究者というものはどいつもこいつも偏屈で人を信じることなく研究を盗まれることを恐れているから、郊外に屋敷を作ってわかりづらい入り口に罠を仕掛けて地下に研究所を作るものなのよ」とのことだったが、やはり例に漏れなかったらしい。
「あー、やっぱり跡地なんてもうないのかしら?」
頭をくしゃくしゃと掻いて、リナは困ったように叫んだ。
俺はその言葉を聴きながら周りの風景に目を向ける。
視線の先にいたのは、白い印象を持つ少女だった。
少女はまったく表情を変えることなく、俺を見るとくるりと方向転換をして歩き始めた。まるで、ついて来いと言いたげに。
俺はだから、少女を追うように歩き始めた。
すると、直ぐに俺が歩いていることに気がついたのかリナがかつかつと近づいてきた。
「何処行くのよ、ガウリィ!」
「――さぁ?」
「さぁ、って! 適当に足向けちゃあ駄目でしょうがっ」
リナが諌めるように言葉を荒げるが、それでも俺は歩くのを止めなかった。少女についていくように。
少女は俺がついてきているのを知っているの知らないのか、まったく振り返ることもせずにただ同じペースで歩く。俺が追いつけないようなスピードを保ちながら。といっても、俺はリナに気を使って歩いていたので決して早足にはならなかったのだが。
道を歩き、時には草原の中を突っ走ったり森の中を抜けたりもしたが、少女を見失うこともなければ彼女に引き離されることもなく、朽ちた建物の前にいた。
その建物は出来た頃は真っ白だったのだろうなと思わせるような斑な灰色で出来ており、外見を見る限り横に広がる長方形をしているようだった。
「ずいぶん古ぼけた建物ねー」
どうでもよさげに呟くリナの言葉を聴きながら、俺は建物の入り口に立っている少女を見た。
既に、少女の姿はなかった。
彼女は何をしたかったのだろうか?
俺にここに来させて……。まったく理由がつかめない。
「ともかく入ってみましょうか。此処が光の屈折を研究した研究跡地だったら儲けものだし」
入ることを促すように肩をポン、と叩いたリナは何の恐れもないように建物の中に入っていった。
建物の中はやはり、埃まみれだった。
壁という壁は見えず、柱が数本間隔をあけて開いているだけで、共同生活を行うのならばまったくプライバシーというものがなくなりそうな感覚を受ける。
リナは確認するように俺を見たが、何者の気配も感じないのでぷるぷると首を横に振った。
頭のほうはこれっぽっちも信用していないようだったが、身体能力や勘といった分野はリナにとても信頼されているらしく、誰かいるかいないかを確認するときは決まって俺を見る。いるときは軽く首を縦に振って注意を促すし、いないときは先ほどのように首を横に振る。それだけで通じるほどには二人旅を続けていたし、声を発することで敵に注意を促すようなことはしたくなかったので。
俺の動作を見たリナはほぅっと息を吐いて、何かを確認するように周りをきょろきょろと見渡したり壁や床に手を当てたりしている。
細かい分野に関してはリナにまかせっきりなので、俺はそんなリナの動作を眺めながら先ほどの少女の姿を思い返してみた。
だがしかし、真っ白なイメージだけはあるのにその詳細がまったく思い出せない。
どんな表情をしていた? どんな背丈だった? 髪の色は? 目の色は?
確かに確認していたそれらは、まるで手のひらに乗せた砂粒がさらさらと落ちていくように一瞬の先にはまったく思い出せない。
「――これは、古代文字かしら?」
立ち上がり、埃のついた手をさっさっと払ったリナはポツリと呟いた。
その言葉に先ほどの少女の姿を思い出すのは止めて、リナのほうに意識を集中させる。
「古代文字?」
「ええ。古代文字の群れのようだわ。埃塗れの床に外と内を分けるための壁にもどうやらあの蜘蛛の巣が張った天井にも、そして等間隔にある柱にも古代文字が書いてある。……まるで、この建物自体が魔法陣のよう」
リナはほう、と半ば感心したように呟いた。
確かに結構広めの建物全てを埋め尽くす古代文字を書く知識と能力を考えれば、感心できるものなのかもしれない。もっとも、古代文字が使われていた時代に書かれたものだとしたら、その感心度というものは極端に低くなるだろうが。
操っている文字が普段使われているものだったのなら、それほどの知識など必要ないわけなので。
「魔法陣のよう、ってことは何らかの規則性でもあるのか?」
「をををっ! ガウリィがまともな発言しているっ」
明日には槍でも降るかしら? と酷く驚いたような表情をしたリナに、俺ははぁとため息をついた。
「あのなぁ、俺を何だと思っているんだ」
「脳みそが単細胞レベルにまで退化した原始的な生き物」
「をい」
何の淀みも途切れもなくさくっと答えるリナに半ば分かっていたこととはいえ、深い深いため息を吐いた。
もちろん、俺自身も自分の記憶力に関しては過大評価をしていない。聞いたこと――特に難しいこととなると三歩歩けばさくっと脳みそから消去される鳥頭であるし、リナやゼルガディスのように策謀できるほど脳味噌の回転力が高いとも思わない。
だが、俺だって時々少しばかり深い分野で疑問に思うことだってある。ほんのたまにだが。
「なんだか、話が逸れているような気がするんだが」
「アンタが奇跡みたいにまともな事言うからでしょうが」
びしっと人差し指を突きつけていかにもアンタが悪いと言いたげな態度を取っているが、過剰な反応を返すリナも随分悪いような気がするけどなぁ。
「――ともかく。まぁ、規則性というか文字の羅列がとても綺麗なのよ」
「綺麗?」
「ええ。まるで定規で線を引いたかのようにひとつの文字列の幅が決まっていて、文字の大きさや文字列と文字列の隙間もまるで等間隔のように綺麗。新聞の文字を追っているようだわ」
それは、酷く整頓されているということなのだろうか?
見やすいものを心がけるにはぐちゃぐちゃなものよりも、やはりとても綺麗なものの方がいいだろうから。
しかし、それのどこがこの部屋全体が魔法陣と繋がりがあるのかいまいちわからない。
リナも俺がそれを分かっていないと理解しているのか、つまりと話を続けた。
「魔法陣も同じなのよ。書き方は違えど規則性、という部分では大して変わらないわ。規則にのっとり魔法を構築することによって短期間、もしくは長期間その場に効力を発揮させるのが魔法陣なのだから。だから、例え円状で見かけたことのあるような魔法陣でなくとも、効力にのっとった規則的な書き方をすれば、それは魔法陣として効力を発揮するわ。あたしには、この魔法陣がどのような効力を有しておりどのような効果があるのかは分からないけれど――」
「魔法陣である可能性があるということか?」
「そう。……ほんと、ガウリィにしては理解度が高くて逆に気味が悪いわ」
「ノリで言っただけだ」
「ノリかい!」
鋭い突込みを入れたリナは偏頭痛にでも悩まされているのか左手で軽くこめかみを押さえていたが、ふっと気を取り直したのか真面目な表情をするとじぃっと床を見つめていた。
「うーん、これはあたし一人じゃあ解読に手間がかかりそうねぇ……。明日、ゼルガディス達と一緒に来たほうがいいかもね」
「そーだな」
はっきり言って、頭脳仕事は俺に手伝える隙間ひとつすらないので同意しておく。
リナはまったく使えやしない、と俺に対してため息をついたようだったが人間誰しもが長所があれば短所があるものだ。俺の短所は頭だったってだけであって、それは仕様のないことじゃないか。その代わり、肉体労働はお手の物なのだし。
「ところで、なんでアンタは此処が分かったの?」
「それは――」
「それは私が案内したからに他ならない」
どう答えようか、と呟いた瞬間少女が目の前に姿を現した。
真っ白が印象的な少女は色の悪い薄い唇を動かして話していた。
その灰色に青の粘膜がかかったような大きな瞳でじぃっとこちらを見つめて。
>>20060912
現象を適当に捏造するのが大好きです。
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