透明もしくは鮮明




「あ、アンタどっから入ってきたのよ!?」

 リナは酷く驚いたように叫んだが、少女はまったく気にすることなくリナと俺を変わらぬ表情で見つめていた。まるで、感情のひとつも知らぬような作られたそのままの顔で。
 だから俺は、口角を上げて笑みを作るとなんて事のないように言った。

「正面から堂々と入ってきたんじゃないのか?――嬢ちゃんは透明人間だから、な」

「なっ!」

 リナは酷く驚いたように声を発すると、一度俺のほうを見て直ぐに少女の表情をじぃっと観察するように眺めていた。
 しかし少女は動じるわけでもなく否定するわけでもなく俺たちを見ていた。
 まるで、透明人間など些細なことだと言いたげに。

「本当、なの?」

 確認するように問いかけるリナに対して、前髪を飾りのついたゴムで結び表情をさらしている少女はなんて事のないように言葉を発した。

「ニュアンスは多少間違っている。私は"透明"ではあるが"人間"ではない」

「は?」

「貴方は本を読んだだろう? ――彼奴らには合成できなかったのだ」

 それは少女にとって本当に些細なことなのだろう。
 過ぎてしまったことへの感傷も何も感じさせないような無表情で話すさまは寧ろ人間味のひとつも感じず、例えば魔族と対峙しているような気持ちの悪さがある。それは、別の種族に対する警戒心なのかもしれないけれど。
 ふと、隣に居るリナの表情を覗いてみると眉間にしわを寄せて、何かを考えているようだった。
 頭の回転の速いリナだからこそ多様な選択肢の中からより良いものを探してそんな表情になるのかもしれないけれど。

「つまり、アンタは合成獣じゃないってこと?」

「ああ。私は人間と何かを掛け合わせたのではない。単細胞生物に人間の情報と透明の情報を焼き移したのが私なのだ」

 さらっと些細なことのように話した内容はまったく些細なものとは言えず、俺は思わずリナのほうを見た。
 リナは驚いて目を見開いて少女を凝視している。
 そうかもしれない。だって、俺はそんなことを聞いたことがなかった。
 幾ら難しいことはこれっぽっちも覚えていないとはいえ、一度聞いたことをまるっきり忘れることは出来ない。あ、聞いたことあったかな? なかったかな? ぐらいの迷いはするのだ。もっとも、迷っても内容をこれっぽっちも覚えていないのだから再度聞きなおさなくてはいけないのだけれど。
 つまり、リナと行動している間は確実にリナもその話を聞いたことがなかったわけで、表情から察するにそれ以前ももしくは別行動していたときもそんな話を耳に挟んだことがなかったのだろう。

「詳しく――教えて頂戴。知りたいわ」

「些細なことだ。透明人間を作ろうとして失敗した彼奴らは元から作ることを考えた。一から物を作るのにはまっさらな原材料と設計図が必要だった。まっさらな原材料が生物の原点である単細胞で……といっても、私の元になった単細胞が何かは知らないが。そして、設計図は研究結果である透明状態にさせる方式と人間の設計図、遺伝子だったというだけだ」

「そして、単細胞生物に二重の情報を焼き移して人間のようなものに仕立て上げたと言うわけ? ――透明になれる人間もどきを」

「そうだ」

 こくり、と頷いた少女にリナは警戒心を露にしていた。
 きゅっと響く音は足を強く踏み込んだもので、その手は呪文の詠唱に直ぐ入れるようになのか左腰近くで円を包む込むような形を取っている。
 リナの気持ちは理解できないでもない。目の前の少女は俺が透明になる元凶なのかも知れないのだから。
 だがしかし、俺は彼女に警戒心をどうしても抱けなかった。
 確かに魔族などに感じる得体の知れなさはあったが、だが彼女には同時になにもないようにも感じたから。その体のように。
 だから、俺は一歩前に踏み出した。

「なぁ。なんで嬢ちゃんは出てきたんだ? ――出てくるつもりなんてこれっぽっちもなさそうだったし、必要もなかっただろ?」

 リナのほうを見る気にはなれなかった。
 別に罪悪感があるわけでもないし無闇に少女の事を隠していたわけでもなかったが、自ら原因を探ろうとしていなかったことに対してのリナの反応はさすがに怖かった。怒っていてもいなくても、どちらにしろ俺はそれなりの驚きを感じるだろうから。
 それは、無意味に先延ばししているだけだと承知していたが。

「私は、貴方ならば私と同じものになるだろうと思った。貴方の心根はあまりにも透明に近かったので。――しかし、近いということは同時に透明ではないということだ。何故、貴方は私に近いのに透明にならないのだろうとその心根の根本原因を探していた」

「分かったのか?」

「――ほぼ、正解は出せたように思う。だから、答え合わせがしたかったのだよ」

 少女はそこでようやくうっすらと少し目を細めるだけだったが、表情を見せた。
 まるで、目の前に出された飴を欲しがる子供のようなあどけない表情を。
 そうしながら、すぅっと人差し指をリナに向けた。

「恐らくは、彼女なのだろう? 貴方が透明でない理由は」

「ああ。そうだろうな」



      >>20060919 リナ置いてきぼり?



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