透明もしくは鮮明
「ちょっと待って!」
リナの声が聞こえて、俺が思わず後ろを振り向くと会話において置いてきぼりにされたことに腹を立てているのか、眉毛を吊り上げた怒った表情でずんずんと前に歩いた。
先ほどまでの少女に対する警戒心はどうしたのだろうか、とも思うがもしかしたら俺と少女のやり取りでその危険性はないと判断したのかもしれない。……それはリナにしては安直過ぎる答えの出しようだったから、やっぱりリナの考えていることはいまいち分からなかったが。
「分かるように説明してくれない? 何故、貴方は人間を透明に出来るのかというところから」
「理論を説明することは私にも分からないから出来ないが、それでもいいか?」
「ええ、いいわ。だって、貴方は実験の結果なんだもの。結果が理論を知らないことはしょうがないことだわ」
肩をすくめたリナに対して、少女は動きを探るようにじぃっと見つめていた。
立ち位置も変えずに、体を揺らしたりもしくは体勢を変えるような仕草も見せず、ただ直立不動している少女はまるで置物のようだった。言葉を発することの出来る、置物。
「――私が生まれたときには、既に私は他人を透過する力を持っていた。"生まれた"エネルギーで私を作り出した人間たちを完全なる透明にしてしまえるぐらいには、強い力を」
「それは、呪文と同じようなものなの?」
「いや、それよりももっと原始的なのだろう。私が意識するだけで透明にすることが出来る」
「じゃあ、貴方は簡単に全てを透明にしてしまえるということ?」
「ああ。だがそれは、存在を消してしまうことと同意義だ。私はそんなことに興味などない。私が生まれた過程ではもしくはそれを望まれていたのかもしれないが、私自身はこの世界にどんな種族が居てどんな人々が暮らしていてどんなテリトリーが組まれていようとも興味のひとつも惹かれやしないのだから、その過程に敬意を払う必要もない」
「ならば、何故ガウリィを透明にしようとしたの?」
その言葉に少女は初めて、真っ白に青を被せた様な腰ほどまでのロングヘアを揺らした。
そうして、少しだけ頭を下げた少女は悩むような仕草も見せずに再度リナを見た。その表情に戸惑いやもしくは後悔といったものはこれっぽっちも見えなかった。
彼女は後悔などないだろう。恐らくは、その気まぐれな透明の風のように意思を揺らしているだけに過ぎないのだから。
「なにも彼だけではない。私はこの町に居る人訪れた人全てに同じことをしている。ただ、それは先ほど説明した刹那に透明にする方法ではなく、心に付随して透明にするものだが」
「どういうこと?」
「つまり、先ほどのが攻撃術だとすれば、皆にしているのは生産術なのだ。私の体液と対象者の体液が交り、その心が透明であればその者は透明になる。――まぁ、実際にそれで私と同じものになった者は誰一人存在しないが」
「なら、どうして貴方の生産術が正しいといえるの?」
「本能だからさ。貴女がただって、自分たち種族の繁栄方法は本能として刻まれており、教えられてもないのにそれを行うことが出来るだろう? 私だって、作られたものだとしても生物であることには変わりない。生物であれば、種族を繁栄させる方法を知っているのは当たり前だ」
つまりは生殖活動の一環だったというわけだろう。
普段ならば、透過できるほどの人間など居ないのに俺は反応を示し透過できた。それが、少女の興味を引いたのかもしれない。
小さくリナの声でなるほど、と納得の声が聞こえた。
「でも、ガウリィは貴方の予想通りにはいかなかったのね」
「ああ。貴方がいたからな」
「へ?」
「彼はほぼ透明だ。ほんの少しばかりの濁りがある透明。しかし、ほんの少しの濁りはすなわち透明ではないということ。彼の心を透明にさせなかった理由は、つまり貴方だった。それだけの簡単なことだ」
その言葉に、リナは顔だけ振り向き俺のほうを見た。
その表情は照れくさそうで、怒っているようでもあった。
「――ねぇ、透明の定義を教えてくれない? 貴方が思うような」
「つまり、風であり水であるのだろう。ごく身近に存在するまるで自由奔放でありながら全てに縛られ放棄した全ての色を受け入れながら拒否する、悲しくも愛しいものだ」
その言葉に、だから俺は透明に近かったのだろうと納得した。
自由奔放でありながら身動きがとれず、受け入れながら拒否を繰り返しふらふらと風船のように何事にも興味を持たずただ無作為に生きるためだけの行動を繰り返す。それは確かに、リナに会う前の俺だったのだから。
そして、リナという存在を抜きにすればいまだに存在する俺なのだから。
「じゃあ、ガウリィは透明じゃないわ」
「何故?」
「もし仮に、彼がもともと透明であったとしても人と交わった時点で、透明に色を与えられたのだから。どれだけ拒否しようともその影響を受けないなんて無理に等しいわ。だって、強烈に鮮やかなあたしが存在するんだから!」
それは、鮮やかな焔色だ。
他人に密やかに大胆に進入し、ついには色を変えてしまうぐらいの影響を持った、鮮やかな。
俺はリナに出会った瞬間から既に透明であることを放棄せざる得なかったに違いない。どれだけ拒否しようとも、その鮮やかな焔は心を塗り替えてしまうのだから。
「――貴方は今まさに死のうという瞬間ですら後悔しないほどの強い意思を持った人なのだろうな」
少女がポツリと呟いた言葉は、照らし合わせたように俺が考えていた言葉だった。
リナはその言葉に両手を腰に当て光に当てれば焔にも見える茶色の髪をふわりと揺らした。俺は、斜め後ろに居たためにその表情をうかがい知ることは出来なかったが、不遜げに少女を見ているのだろうなと想像することはたやすかった。
「後悔しない? はっ、あたしの人生なんて常に後悔だらけだわ! あたしは善人な魔道士ですからそりゃあ進んで人を殺すような仕事を引き受ける真似はしなかったし、盗賊いぢめだって半殺し程度に留めていたわ。けれど、あたしの選択肢の間違いや技術の方向性の違いから死んでいく人間をそれなりに見てきた」
ああ、それには思い当たる節がある。
俺が知っている中でその際たるものはルークとミリーナではないだろうか。
人間のちっぽけな自尊心ゆえに死んでしまったミリーナとそして、そんな人間たちを許せなかったルーク。
確かにあの瞬間、リナは底知れないほどの後悔をしただろう。例えば、
復活
(
リザレクション
)
を覚えていたのならミリーナは死ぬことがなかったのだし、ルークは赤眼の魔王になる必要がなかった。
それは、リナが魔道士だったからこその悩みではないだろうか。
俺のように魔道士の魔の字も知らなければ、そんな悩みなど抱えることがなかったのだから。
「それでも、その重みで倒れちゃいけないのよ。彼らに対しての深い後悔を自分の弱さの隠れ蓑にしてしまえば、それは彼らに失礼だわ。だから、あたしは死ぬまで後悔する。死ぬ瞬間に後悔しないなんて、今までの人生を後悔なく生きたなんて言い張る厚顔無恥か死ぬことに逃げた弱い人のような言い訳なんてしない。――それが、あたしだわ」
リナだ。ああ、リナの言葉だ。
聴き終わった瞬間に思ったのはそれだけだった。
一から十までリナの言葉だった。
頭のてっぺんから手足の先まで激しく生き続けるリナの言葉だった。
その言葉に驚いたように、灰色に青の粘膜がかかったような大きな目を見開いた。
そうしながら、ゆったりと口元に弧を描き柔らかく微笑んでいく少女の姿が見えた。
「ああ。だから、彼は透明になれなかったのだろうな」
それは、酷く透明な響きだった。
>>20060927
当初は前とこれで一ページだったのさ。
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