血色そして焔色




 エルメキア帝国は、かつて四人の腹心の中でも特に強い……精神世界を自由に操り輪廻転生すらも見れるほどの力を有していた冥王ヘルマスターフェブリゾが司っていた滅びの砂漠に接している国であったが、首都は大きな国土の丁度中心辺りにあったので砂漠の近くにある村や市のような乾いた風や砂混じりの空気の不愉快さを感じることはなく、むしろレンガ造りで統一された町並みは古風で情緒溢れるものだった。
 多くの人々が行きかうその場所で、あたし達がまずすべき事は宿屋を取ることだった。
 適当に安くてこちらの身元を探らなさそうな、という条件で宿屋を絞り見つけるとツインとシングル一部屋ずつ取った。ちなみに前者の条件があたしの提示したもので、後者の条件はゼルが提示したものだったりする。……って、わかりやすいか。
 首都に着いたその日は宿屋探しに終始し、情報探しは次の日から開始した。
 ゼルとアメリアに人々からの情報収集をまかせ(ゼルは警戒されがちな風貌だが、その辺りはアメリアの愛らしさでカヴァーするだろう)、あたしは魔道士協会に設置されている本を見ることにした。
 今日は、本の中でも特に合成獣に対して書かれたコーナーに置かれている魔導書を見るもののやはり基礎原理や概念ばかりで、突っ込んだ実験内容やもしくは露骨に元の姿へ戻る方法などは書かれていなかった。あの胡散臭い魔族にさえ難しいと言わしめたものが、魔道士協会の片隅に置かれているとは思っていないが。
 とりあえず、魔道士協会が閉まる夕暮れまで本を見ていたが、夕方になると閉めだされるようにそこから出た。
 真っ赤な夕日が落ちていく。
 あたしは眩しさに目を細め、目の上に手を置き影を作る。
 すると、突然なにか不愉快な視線を感じ、ばっと道路を挟んだ建物の影を見た。
 が、そこにはなにもない。

「気のせい……よね。ここじゃ、まだ尾行されるようなことしてないんだし」

 尾行されるようなことを各地で行なってきたことに対する突っ込みは却下である。
 ともかく、気にしないことにしようとさっさと気持ちを切り替えて宿屋への帰途についた。

 まだ一日目だということもあり、情報は不十分なものばかりだった。
 アメリアたちが聞いているこの土地の伝承についても輪郭すらつかめていない。
 あたしだって、まだ合成獣コーナーの半分までしかパラ見できなかったし。

「そうそう、リナさん。これとは別件なんですけど、興味深いことを聞いたんですよ」

「興味深いこと? なぁに、それ」

 デザートのフルーツタルトをちみちみと食しながら、あたしはアメリアを見た。

「ガブリエフ家について」

 あたしは、思わず手にフォークを持ったまま身を乗り出していた。

「ガブリエフって……」

「そう、ガウリィさんのおうちです」

 あたしの反応が予想通りだったのか、アメリアはにこにこと微笑んでいた。
 ゼルはといえば、フードをかぶったまま紅茶を飲んでちらりとこちらへ視線を寄越していた。話の動向を見ているのだろう。

「ガブリエフ家って、光の剣の勇者の末裔じゃないですか。やっぱりこのあたりでも有名な貴族の家系らしくて、伝承の話を聞こうとするとガブリエフ家の話もついでとばかりに出てくるんですよね」

「なんか、いわれがあるってこと?」

 アメリアはこくりと頷いた。
 といっても、まだ情報としては伝承と同じく輪郭もつかめてませんけどね、と彼女は緩やかに笑いながら付け足した。

「とりあえず、今の時点で分かっているのは光の剣所有者と後継者は直系の兄弟の中でそれぞれ別の人が継ぐことと、光の剣所有者を影人と呼び後継者を光人と呼ぶということです」

「……確かに違和感があるわね」

「でしょう? 光の剣の正体があれだとしても、それを所有するということは光の剣の勇者という称号と栄誉を継承するということです。なのに、わざわざ後継者と別にしてなおかつ影人などと呼称するなんて」

 約百年前、サイラーグに現れたという魔獣ザナファーを倒したという光の剣の勇者。
 それによってガブリエフ家がどのような影響を受けたのか他者であるあたしには図り知ることが出来ないが、光の剣という伝説の武器を継承し続けることができ(もっとも、それに関してはあるべき場所へ帰ってしまったのでもう継承できないが)、なおかつ栄誉をガブリエフ家に与え続けただろう。
 それを崇め称え家の象徴にするならばまだしも、その二つの行為自体を見ればわざわざ光の剣の勇者をけなしているようにも見える。
 アメリアの言葉はまったく正論だった。確かに、これはガウリィという存在を抜きにしても気になる。

「確かに興味深いわね。伝承の聞き込みのついででいいから、ガブリエフ家についても聞いてくれない?」

「もちろんです! もしかしたらそれがガウリィさんがおうちに帰りたくない理由かもしれませんしね」

 仲間を影ながら助けるのは正義です! と人差し指を掲げ正義宣言を始めたアメリアに、あたしは思わずため息をついた。


 次の日、魔道士協会で本を読みふけり夕暮れに追い出されたあたしが宿屋に帰ろうとすると、ぽんと肩を叩かれた。

「リナ=インバースさんですね」

 名前を呼ばれ、警戒しつつも振り返る。
 そこにはなかなかの美形が立っていた。
 金――と呼ぶには少し赤くくすんだおかっぱ頭の髪は先端でくるんと少しねじられていた。パーマか癖毛なのかは判別がつかない。
 精悍な顔立ちなのだが、唯一垂れ目がちの茶色い目は愛嬌を感じる。
 ガウリィやゼルの顔立ちが鋭いのであれば、この男性はどちらかといえば甘い顔立ちをしているのだろう。
 服装もラフな普段着であるものの、少し金がかかっているように見える。そこそこお金持ちなのかもしれない。
 だが、オプションつきの美形だからといって警戒心を解くつもりはなかった。
 美形でも腹黒い人はたくさんいるのだ。特にあたしは美少女! かわいいな、あわよくば……なんて下世話な目で見られてもおかしくないっ。
 ……ここにあたしの仲間がいれば、ンな訳あるかと竜破斬ドラグ・スレイブの恐怖をものともしないツッコミが入りそうであるが。

「違います、じゃ」

 冗談はともかくとして、あたしはしらを切ることにした。
 あたしの名前をずばり言ってくる奴にろくな奴はいないのだ。
 魔族に知り合いがいるか、厄介な事件を持ち込むか、郷里のねーちゃんに軽くあしらわれた奴か……大体ンなもんである。
 ……ちょっぴりあたしがかわいそうだ。
 などと思いながら、さっさと進もうと足を動かすと男は慌てたように言った。

「ちょ、ちょっと! 私はクラウディ=ガブリエフっ。ガウリィの兄なんだ!」

 その言葉にぴたりと足を止めたあたしは、男――クラウディさんを見た。
 止まった足に、彼は安堵の溜息を漏らす。

「弟について聞きたいことがあるんです。是非、うちに来てくれませんか?」

 あたしはクラウディさんの茶色い瞳を見た。
 けれどそこには何の感情を見ることも出来ず、あたしは少し考えるそぶりを見せると彼に答えた。

「連れと一緒でいいかしら?」

「もちろん! 私の家は中央の広場から左上の区画にある、一際大きい家ですので迷わずに来れると思います。食事を用意して待っていますね」

 笑顔を浮かべたクラウディさんはてきぱきと説明した。
 恐らく、そう返されることも予測していたのだろう。

「分かったわ。じゃ」

 一旦宿屋へ帰るため、彼に片手をあげて軽く挨拶するとさっさと歩き出した。



      >>20070921 ネーミングセンスのなさはいつものことです。



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