血色そして焔色




 アメリア達と合流したあたしはクラウディさんに言われたとおりの家を探し、結構大雑把な説明だったのにあっさりとそれを見つけることが出来た。
 目の前の大豪邸(アメリアの家ほどとは言わないけれど。あれ城だし)にガウリィの癖になまいきな! とちょっぴり腹が立った。
 大体、光の剣の勇者の末裔が貴族でお金持ちってひねりがないじゃない! 光の剣の勇者の末裔なのに、崩れ落ちてきそうな廃屋に住む超びんぼー人のほうがはるかに面白いわっ! 夢はなくなりそうだけどねっ。
 などと心の中で暴言を叩きながらもたんたん、とドアノッカーを叩くと扉が開き出迎えなのかメイドさん達が左右にずらっと並んでおり、その中心にクラウディさんがいた。
 にこり、と愛嬌のある垂れ目が笑みを作る。

「ようこそおいでくださいました、リナ=インバースさん。夕食を用意していますので、どうぞこちらへ……お連れの方々も」

「招待に預かり光栄だわ。じゃ、遠慮なく夕食をご馳走になるわね」

 そう述べ、クラウディさんの後を歩くとリナが遠慮なく食べたらガブリエフ家もおしまいだな、とかガウリィさんの兄さんですもの、きっとリナさんの食事の様を見ても驚かないはずです! などというひそひそ声が背後から聞こえたが、ぐっと拳を握り締めるだけでその場は抑えておくことにした。あたしも大人になったもんである、本当に。
 屋敷が大きいだけに扉数も多く、廊下も広く長かったが案内された場所は入り口からさほど遠いところではなかった。
 先頭に立っていたクラウディさんが扉を押し、中へ案内する。
 彼の背から部屋の中へ視線を移すと、目に入ったのは二畳ほどのテーブルの上に溢れてしまうのではないか、と思えるくらい料理が乗っけてある。
 しかも、湯気が立っていてほっかほかで美味そうである。
 思わず、口の中によだれが溜まりじゅるると飲み込んでいた。
 あたしはマナーに反しない程度に早く席に着くと、誘ってくれたクラウディさんの合図をもってして食事に喰らいついた。

「んんんっ、この鳥さんの丸焼きうまーい! こっちのシュウマイもえびがぷりっぷりだわっ」

 高速でナイフとスプーンと時にはフォークやら素手やらを駆使しテーブルの上にある食べ物を胃袋へ収めていく様を、ゼルとアメリアはいつも通りやや呆れた様子でクラウディさんは呆然と目を見開いて見ていた。
 三人が食べていた分もあるので、恐らくテーブルにあった食べ物の七割ぐらいを食べきったところで皿はからっぽになり、あたしの手も止まった。

「ん〜、満足♪ あいつ、こんなおいしいもん食べていたなんて腹立つわね!」

 ぽこんと少し膨れた腹を撫でながら、紅茶が入ったティカップに手を伸ばす。

「そんなにびっくりすることかしら、クラウディさん。ガウリィもこれぐらいの量、いつも食べてたでしょ?」

 呆然とあたしの食事風景を眺めていたクラウディさんにそう言うと、彼は苦笑した。

「量はリナさんぐらいだったかもしれませんが張り合う相手がいなかったせいでしょうかね、こんなに勢いよくはなかったです」

「まぢでっ? ガウリィったら、贅沢だわっ」

 ぷんすか怒りながら、紅茶を飲む。
 濃厚なカモミールの匂いと味が口内を包み込み、ほんの少しだけ落ち着かせた。

「リナ、そろそろ本題に入ったほうがいいんじゃないか? いつまでもゆっくりしてるわけにはいかんだろう」

 人の目を気にしてかフードを脱がないゼルに促され、そうそうとあたしは頷く。
 クラウディさんはゼルの言葉を不思議に思ったのか、首をかしげた。

「――で? ガウリィのお兄さんがあたしに何の用なのよ。この通り、今は隣にガウリィ置いてないし」

 あたしとガウリィが二人旅をしているということは、百歩譲ってあたしの忌み名と共に風の噂で聞いたのかもしれないけれど、わざわざあたしに声をかける必要はない。
 むろん、このにーちゃんがガウリィの安否を心配して――っていう理由が一番妥当なのかもしれないが、だったらいつもにこにこと笑顔を浮かべているガウリィの顔を曇らせてしまうガブリエフ家の(もしくはエルメキア帝国首都の)なにかというのは、なんなのだ。
 あたしはてっきり、ガウリィのお兄さんが光の剣を持っていた弟を憎んでいるとかいう推理小説のようなこってこてな動機と展開を予想していたのに。

「もちろん、ガウリィの事を聞きたくて」

 まぁ、それが本心かどうかは判別できないけど。
 やっぱり予想通りの返答だった。

「ガウリィさんが光の剣をなくしていても?」

 そう聞いたのはアメリアだった。
 まぁ、光の剣はガブリエフ家にとってみれば家の象徴みたいな物なわけだし、これで怒るんだったらやっぱり勝手に持ち出したガウリィが家に帰るのを嫌がるのも分かる。
 当たり前で妥当な質問だった。
 すると、クラウディさんは合点がいったとばかりに手を叩いて、にこりと笑った。

「光の剣を? ああ、だからガウリィは家に帰りたがらないのですね。光の剣を失ったからといってもガウリィは私の弟。少しは怒るかもしれませんが、勘当なんてしませんし喜んで歓迎するのに……バカな奴だなぁ」

 そう言って苦笑する様は、正に心の広い兄という姿でなぜあんなにもガウリィがこの場所に来たくないのかが分からない。ガブリエフ家ではなく、別の何かがこの都市にあるのだろうか?

「なぁんだ、ガウリィさんがちょっと考えすぎていただけなんですね」

 アメリアは安堵したように言った。
 ゼルもフードの下から少し安心したように頬を緩めている。

「ガウリィは近くまで来ているんですか?」

 そう問われ、あたしは答えてよいのか少し迷った。
 ガウリィのいつもは何にも考えていないような顔を変えてしまう原因がまだ分からないのに、原因であるかもしれない人にガウリィの居場所を教えてもいいのか。
 けれど、あたしが戸惑ったのはほんのわずかで、答えを出すよりも先にアメリアが声を発していた。

「はいっ! 隣接している村で待っているんです。合流したら、クラウディさんの思いをきっちりリナさんが! 伝えておきますからねっ」

 をいをい、あたしが伝えるんかい。
 恐らく、飛躍しすぎる乙女回路があたしに事実を言わせたほうが感動的だとかわけの分からん計算結果をはじき出したのだろう。
 ともかく、もう言ってしまったものを撤回することは出来ない。
 あたしはクラウディさんを見た。
 クラウディさんは本当に嬉しそうに微笑んでいる。それは弟の居場所が分かって喜ぶ兄の表情と言ってしまってもおかしくないものだったが――。

「お願いします、リナさん」

 少なすぎる情報では勘ぐることすらままならない。
 あたしは、曖昧に微笑んだ。
 その後、ガウリィとの冒険奇談(といっても、言っても信じてもらえなさそうな赤眼の魔王ルビーアイ復活事件や冥王の間抜けな自爆事件などは伏せたが)や逆にクラウディさんからガウリィの幼い頃の話などを聞き、夜が深くなる前にお暇した。
 腕っ節の立つ青年やらそうとは見えないだろうけれど魔道士だろう女性などしかいない夜の町を歩きながら、アメリアは楽しげにあたしの腕に抱きついた。

「ガウリィさんの思い違いみたいで良かったです。やっぱり、肉親を恐れるのは嫌ですもん」

 そう呟く彼女の脳裏には自分の肉親を思い浮かべているのだろうか。
 フィルさんはともかくとして、この子はお家騒動で血族を憎んだり疑ったりしなければいけない立場にあった事があるから。

「だが、ガウリィがここに来るのを嫌がった理由はあの兄にあると限ったわけではなかろう。複雑な事情があるかもしれん」

 ゼルはにこにこと微笑むアメリアの水を差すように、冷静に述べた。
 まぁ、あたしと考えていることが似ているから別に否定はしないけれど。

「ま、今回はガウリィの事情を詮索に来たわけじゃないし、ともかくゼルの体を人間のに戻すための情報、探さなきゃね」

 肩を竦め、そう述べるとアメリアはそうでした、忘れてました〜! と言わなきゃいいことを盛大に言っていた。



      >>20070926 登りは遅いが落ちるのは早いのが騒音さんの作文。



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