血色そして焔色




 次の日、あたしはガブリエフ家の前にいた。
 ドアノッカーを叩くと重厚な扉が開き、初老の男性が姿を見せた。黒いスーツを着こんで穏やかに微笑んでいるところから察するに執事だろう。

「これはこれは、リナ=インバース様。何用でございましょうか?」

「クラウディさんに会えないかしら?」

「少々お待ちくださいませ、当主に確認してまいります」

 クラウディさんから招待を受けた時にあたしの顔を覚えていたのだろう、話は早かった。
 少しばかり待っていると、パタパタと戻ってきた執事はあたしを屋敷の奥へと案内した。
 二階の奥にあるドアを執事がノックすると短い返答が返ってきて、扉が開く。
 そこは書斎のようだった。左右にはぎっしりと本が詰まった本棚がずらっと置かれ圧迫感を感じる。本棚の上には歴代の当主であろうか、写真がずらっと並んであった。中央には客を呼ぶためのソファ一式が置かれている。唯一明るい場所といえば作業机だろうか、書類と飾りなのか赤い珠が置いてある机の後ろにある窓ぐらいだろう。
 そして、作業机にはこの部屋の主であるクラウディさんが座っていた。

「お久しぶりです、リナさん。どうぞ、お掛けになってください」

 クラウディさんは立ち上がりソファへ腰掛けることを促す。
 あたしは促されるまま部屋の中に入ると、執事は一礼してドアを少しだけ開けたまま姿を消した。ドアを開けているのはレディへの配慮だろう。
 そうしてソファの下座へ座ると、クラウディさんは向かい合わせの上座へ座った。

「突然の申し出に応じてもらって悪かったわね、クラウディさん」

「いえ、リナさんは弟の連れですから……よっぽど忙しくない限りは最優先しますよ」

 にこっと微笑む様はガウリィと似ているというよりはどっかのにこ目魔族を思い出す。
 恐らく、彼の性質がガウリィのものよりもにこ目魔族のほうに酷似しているのだろう。もっともあたしの印象のみだが、女の第六巻をバカにしちゃいけないってもんよ。まぁ、ガウリィの野生の勘よりは劣るけど……。

「それで、なにかありましたか?」

 にこりと微笑み、あたしから話題を切り出させようとする彼の言葉に乗ることにした。
 回りくどいやり方よりもストレートに言ったほうが聞きたいことも聞けるってもんだし、あたしはクラウディさんを追い詰められるような手を用意していないので。

「首都はずれの村に置いておいたガウリィがいなくなっちゃったのよ。クラウディさんのところに来ていないかしら?」

「ガウリィ、いなくなったんですか?」

 不思議そうに首を傾げるクラウディさんは本当に知らないようにも見えるが……、それだけ演技が上手いということもある。人間は魔族と違って堂々と嘘がつけるのだし。
 いやいや、そもそも魔族と人間を比べるほうが間違ってないか、あたし。どうも、歩けば魔族に当たるみたいな状況だったものだから人間として感覚がずれている気がする。
 思考の矯正はまぁ、最優先課題でもないので後で置いておくことにして。

「ええ。あいつがあたしに黙って消えるなんてことないし……、もしかしたらお兄さんのとこに会いに来たのかなぁと思って」

 軽い口調で述べたあたしに対し、クラウディさんは白々しいぐらい嘘くさい笑みを浮かべた。

「兄としては会いに来て欲しいところですけどね。それよりも、リナさんは私がどうにかしてガウリィをつれてきたと思っているのではないですか?」

 ストレートに聞かれ、あたしは鼻で笑った。

「まぁね。あたし、あいつは信用してんのよ。嘘がつけるタイプじゃないし、嘘をつく必要もないしね」

「もしかしたら、嘘をつくかもしれないじゃないですか」

「あいつはね、世界を見放してんのよ。自分には手に入れられないものだからって。見放しているものに嘘ついたってしょうがないでしょう。見放した時点で興味なんてないんだから」

 気持ちはまったく理解できないが、とりあえず概念ではそう理解していた。
 だからあのすっとぼけは透明なんぞになったりするのだ。
 まぁ、このあたしのおかげでまだ完全に世界を見放してはいないようだけれど。んなことしたってなんにも楽しくないってのに。
 その言葉に、きょとんとしたクラウディさんは次の瞬間笑った。
 あたしに笑ったのか、あたしにそう言われてしまうガウリィに対して笑ったのか、それとも別な何かに対してなのかはあたしには分からなかったけれど。
 けれど、笑いが収まると真面目な顔であたしを見た。

「もし、私がガウリィをどうにかしたとして、それを貴方に言うとでも?」

「言うかもしれないじゃない。あたしじゃどうも出来ないと踏んで、ね」

 にこり、と笑ってそう言うとクラウディさんは冗談が過ぎるとばかりにぱたぱたと上下に手を振った。

「まさか。魔を滅するものデモン・スレイヤーとまで呼ばれているリナ=インバースさんをそこまで甘く見るつもりはありません」

「……その魔を滅するものについて来たガウリィを対峙させても?」

 ぴくんっとクラウディさんの肩が揺れ、すぅっと目が細くなった。
 うーみゅ、図星をつかれたからってぼろを出しすぎである。

「冗談よ。それは次回に取っておいていいわ。今日はまぁ、偵察みたいなもんだし。っていうか宣戦布告みたいなもんかしら?」

「宣戦布告とは?」

 彼の問いかけに、あたしはにやりと笑った。

「あたしはガウリィを諦めつもりはないわ」

 じゃあ、邪魔したわねとあたしは立ち上がりドアに手を掛ける。
 その時、声をかけられた。

「貴方にとって、あれは――どういう存在なんですか」

 あたしは顔だけ彼に向けて、微笑んだ。

「唯一無二のパートナーよ」

 そうして、あたしはガブリエフ家から一時撤退したのだった。



      >>20071018 根本はラブラブなんです、無自覚だけれど。



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