とりあえず宿が決まり、リナが夕刻まで自由行動! と言い放ったのでアメリアとゼルガディスは情報収集に出かけ、リナは近所を見てくると出かけた。
 俺もそれについて行っても良かったのだがリナはリナなりに思うところがあるだろうと考え遠慮し、皆が出かけてから行こうとぼうっと雑貨屋の商品を物色しているとリナの母親に呼び止められる。

「ガウリィさん」

 俺はカウンターにいる彼女へ近づいた。

「金物が多いんですね、雑貨屋ってそういうものなんですか?」

「普通は違うと思うわよ。まぁ、金物屋に任せても良いんだけど、簡単なものは置いてって近所の奥様方に言われてね、入荷しているのよ。夫が入荷してくる魔法具系の鉱物なんかよりは売り上げ貢献しているわね」

 お客様の要望に答えてこその店だと思うし、雑貨屋だから問題ないでしょう、と彼女は微笑んだ。
 それにしても、とリナの母親は言った。

「リナに付き合うのは大変でしょう? あの子、誰に似たのか我が強いから」

 親として気になるのだろう。俺は頬を上げた。

「いえ、リナの太陽のように明るく強いところに俺は何度も救われました」

 彼女は目を見開き驚いていていたようだけれど、何を思ったのかゆるりと微笑みに切り替えた。

「あなた、リナのことが好きなのね」

「ええ」

 俺は即座に答えた。
 彼女が好き、という事実は俺にとってごくごく当たり前のことだったからである。

「リナという存在を愛しています。太陽に焦がれる向日葵のように」

 深層に横たわった、端的に言ってしまえば自分の存在など最終的にどうでもいいと思ってしまうような、深く暗い諦念を持ち続けた俺にとって、焔のように燃え上がり最後まで足掻く彼女の存在は太陽で。
 リナは、そんな俺の希薄な存在に光を与えてくれた。
 そんな彼女だから俺は隣に居たいのだし、隣に居るためには俺自身も成長し隣にいても釣り合うよう光を発していかなければいけないのだと思う。

「……けれど、リナは焦がれられるより、同等に愛してほしいと思うわ」

 リナの母親はその白金の瞳で静かに俺を見て言った。
 それは、なにかを見極めているような目であるようにも見える。

「リナの傍に居たいので。……そのためにだったら、俺は成長したいと思っています」

 彼女は目を細めた。
 それは、とても優しげなもので。

「リナは、素敵な人を見つけたのね」

 俺は首をかしげた。
 今の会話のどこにそう言われる要因があったのだろう。俺にはまったくわからない。
 彼女はそんな俺の疑問も理解しているのだろう。それでも、彼女は俺の疑問に答えるわけでもなく微笑むだけだった。

 一通りリナの母親と話すと、俺は雑貨屋を出た。夕刻にはまだ時間があるので、時間を潰すためである。
 街中は午後の明るい時間ということもあり、それなりに人がいた。もっとも、仕事の時間でもあるため日曜日や夕刻ほどではないが。
 空は青く白い雲が流れている。
 散歩するには良い天気だ。
 吹き通る風に心地よさを感じながらゆるゆると歩いていると、緩やかに行きかう町並みの中で前方から走ってくる白い人が見えた。
 その人は、あまりに真っ直ぐ俺に向かって走ってきているので避けるかと思い歩いていると、避けずにぶつかってくる。

「ああっ、すみません!」

 俺の肩ぐらいの背丈をしたその人は顔を上げた。
 小さな顔にビリヤードグリーンの大きな目で俺を写し、光の加減で緑が分かる黒い髪を揺らしている。
 年齢的には十二、三ぐらいだろうか。可愛らしい少年だ。年を経るごとに綺麗と称されるようになるのだろう。
 もっとも、その顔立ちとは裏腹にシャツはよれよれで羽織っている白衣もまたアイロンをかけていないようでよれよれだ。髪もよく見るとぼさぼさである。

「いや、俺も避けなかったのが悪い。すまないな」

 分かっていて避けなかった俺にも非があるので謝ると少年はふるふると頭を振った。

「いえ、全然前を見ていなかったもので」

「ああ、急いでいたんだろ? まぁ、急いでいるにしてももうちょっと前見て走ったほうがいいだろうけどな」

 服装と息の上がり方からそう言うと、少年は少し照れくさそうに笑った。

「そうですよね。僕も、研究に向かいたくて気持ちがそっちに飛んでいましたから」

 その言葉に、少年が研究者であることが窺える。
 まぁ、白衣を着ているので予測はつくが。

「集中力が高いことは良いことかもしれんがな、気をつけろよ」

「ええ、そうですね」

 少年は頷き、ぺこりと一礼すると走り去っていく。
 俺はその様子を見ながら、また前を見るとふらふらと歩きはじめた。

 適当に買い食いしながら町を歩いているとそのうちにだんだん住宅が少なくなっていき、町を見下ろせる丘に来ていた。
 そこには先客がいた。

「リナ」

 静かに町を見下ろしていたリナは振り向き、俺を見た。
 風になびく栗色の髪は、まるで炎にも見える。

「ここ、街外れよ。とうとう、方向音痴にまでなっちゃったの?」

 彼女は、まるで戯言を述べるかのようなノリでにやりと笑みを浮かべた。
 俺は肩をすくめる。

「散歩していたらここまで来たんだ」

 はじめて来た町の地理を把握するにも丁度良いだろう、と顔を引きつらせ笑みを浮かべると、リナはそれもそうねと同意した。
 しかし、地理を把握しているリナはこんなところで何をしているのだろう?
 不思議に思い、聞いてみた。

「そういうリナは、どうしてここにいるんだ?」

 リナはその言葉に小さく微笑むと振り向き町を見下ろした。
 俺はリナの隣に向かう。

「街の人へ挨拶できる人には挨拶してきて……そしたら、なんだか懐かしくなってきちゃって。懐かしくなったら、なんだかここに来ちゃったのよ」

 隣に来ると、心地よい風が髪を揺らし町を見渡すことが出来る。
 リナの横顔を見ると、なんだか安堵したような綻んだ表情をしていた。

「あたし、故郷を懐かしがったりしないと思ってたんだけど、長年帰ってきていないせいかしら……やっぱり、感傷ってあるのね」

 それとも、あたしが年をとったのかしらとリナは小さく笑った。

「ねぇ」

 リナはそこで俺のほうを向いた。
 そうして、何かを探るような目で俺の顔を見ながら、言葉を続ける。

「アンタはアンタの故郷に帰ったとき、……懐かしいとか安堵するとかの感傷ってあったの?」

 その言葉に、俺は小さく微笑む。
 以前俺の地元に訪れたとき、ガブリエフ家と俺の因縁を知りそして解決したのが彼女だったからだ。
 そんな彼女が、俺の故郷へ対する感情を気にするのは当たり前だと思う。

「最初は、無理やりつれてこられたようなもんだし操られていた状態に等しかったからな、何も感じなかった」

 初めは、帰るのすら怖かった。
 リナに出会って彼女と過ごすうちにどのような形であれ彼女の傍に居たいと願うようになり、けれど故郷へ帰れば俺は家に縛られただ真っ暗な深層に居続けるしかないと、それだけの選択しかないのだと思っていた。
 だから実家に近づくのすら怖く、俺は近づかないよう選択して。

「それも、そうね」

 小さく呟き、リナは正面を向いた。
 リナはあの時の俺をどう思ったのだろうか。 

「でも、リナのおかげでいろんなことが変わって、ばあちゃんの墓の前でリナが怒ってアメリアとゼルが呪文でぶっ飛ばされてついでにスティアもぶっ飛ばされて、……そんな光景を見ていたら」

 顔が緩むのを感じる。
 俺はリナのような穏やかな表情を出来ているのだろうか。

「光人とか影人とか関係ない時に、兄貴と一緒に追いかけっこしたりチャンバラごっこしたりさ、ばあちゃんに兄貴と二人で魔法見せてもらったりしたことを思い出して――」

 光の剣を受け継いだあとの光すら届かない深層で見続けた風景や諦念ばかりがいつもあり、そんな優しい風景など思い出せなかったのに。
 俺の意思で光に手を伸ばしたら、あんなにも行きたくなかった故郷の中から優しくて温かな記憶があふれ出し。

「故郷って、こんなにも暖かくて優しいものだったんだなぁ、って思っていたよ」

「そう」

 一言呟いたリナは、俺を見ると目を細め柔らかく微笑んだ。
 それはとても綺麗で。
 どくりと心臓がざわめいた。



      >>20101007 ちょっとはガウリナぽく。



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