「あら? お客様だわ」

 こんばんは、と柔らかく笑い挨拶をしたこの人は誰だろう、と俺は思った。
 白い長袖シャツを着込みタイトなラインをした紺のスカートをはいている。
 大きく少しツリ眼で一重の黒い瞳に小さな輪郭、口紅を塗っているのかほんのり赤い口元は可愛いという印象よりはきれいという印象を与える。
 漆黒色の髪は綺麗に肩ほどでそろえられていてまるで――。
 先の思考に走らせようとした瞬間、彼女は俺を威圧的とも感じられる笑顔で見ている。
 その様に、なぜだかリナに胸のことを考えていてスリッパで叩かれたときより恐ろしい何かを感じ、思考をストップした。
 ともかく、美人である。
 その人は、にこりと微笑み自己紹介をした。

「初めまして。私はルナ=インバースと言いまして、この家のものです」

 インバース家の人ならば、年代的にリナの姉だろうか?
 時折リナの口から語られる"姉ちゃん"はリナが怯えるほど恐ろしい人という印象であるのに、この細く美しい人からリナの魔法をやすやすと破り圧倒的に打ちのめすような恐ろしさは感じられない。
 それと、顔の造りはリナとあまり共通点がない。母親はリナと同じ顔のつくりなので、彼女は父親似なのだろうか。

「初めまして。俺はガウリィ=ガブリエフ。そっちはゼルとアメリア。俺達はリナと友人で、数日間お世話になります」

 なぜだかゼルもアメリアも口出ししないので、俺は席を立ち彼女にそう自己紹介をした。

「ああ、あの子帰ってきたのね」

 ルナさんは納得したような口調で言った。
 そうして、にこりと微笑む。

「いつも、妹がお世話になっています」

 やはり、この人がリナの姉であった。
 納得すると、突如扉の開いた音が聞こえる。

「姉ちゃん!」

 振り向くとリナがいて、彼女がこっちへ来る。

「久しぶりね、リナ」

 にこりと彼女は微笑んだ。
 しかし、次の瞬間威圧的な雰囲気がかもし出されて、リナはびくっと体を震わせた。その怯え方は彼女の天敵であるナメクジを目の前にしたときと酷似している。

「ねぇ、リナ。あなたどうしてこんなに素敵な友人を連れてきたのに、リアランサーに連れてこなかったのかしら?」

 リナは冷や汗をだらだらと流している。
 口調は柔らかいし笑顔すら浮かべているというのに、リナの怯え方は尋常ではない。よほど怖いのだろう。

「姉ちゃんの仕事の邪魔をしちゃ悪いかなーっと思って……えへへへ」

 引きつらせた笑いがいっそ痛々しいぐらいである。

「まぁ、いいわ。その分、面倒なことは一手に引き受けてもらうから」

 にこり、と笑ったルナさんにリナは何も言えぬまま、硬直していた。
 なんだか、こうして見るとやっぱり姉というものは妹にとって絶対たる存在なのだな、と思う。考えてみれば、俺だって兄にはまったく頭が上がらなかったし。

「ところでリナ、夕食はどうなっているのかしら?」

「出来上がって、今皿に盛っているところ。母ちゃんが姉ちゃんに手洗って座っててって言ってた」

「そう、分かったわ。じゃあ頼むわね」

 ルナさんが笑顔で述べると、リナはオッケーと軽く述べてまた奥へ行った。
 その様子を見ながら、ルナさんは相変わらず騒がしい子ねと呟き俺達を見る。

「見苦しいところをお見せしてしまいましたね。すみません」

「いえいえ! とっても珍しいリナさんを見せてもらって面白かったですっ」

 微笑み謝罪するルナさんに対し、アメリアはぐっと拳を握り締めてリナに聞かれたら確実に呪文が降って来そうな返答をしていた。
 だったらいいのですけど、とルナさんもさらりと流している。
 そうして、手を洗いに部屋から出ていったルナさんと入れ替わりでリナは食事の準備をさくさくと進め、ルナさんがダイニングに現れる時にはすっかりほかほかの暖かい料理が所狭しと食卓の上にある状態になっていた。
 インバースの人々も席に着き、いただきますと挨拶をすると俺達は夕食を食べる。
 が、俺は一応気を使っていつも通りの食事を控えたのだが、リナも何を思ったのか比較的静かな食事に徹していた。

「……なんだか、リナさんが大人しく食事をしていると不気味です」

 いつもと違う様子に耐え切れなかったのだろうか、ぽつりとアメリアが呟いた。
 リナはそんなアメリアをぎっと睨みつける。
 アメリアは、顔を引きつらせた。
 見事な表情での会話である。
 それに気がついたのかついていないのか、リナの母親が言葉を発した。

「まぁ、リナったらお父さんの真似、まだしていたの?」

「……お父さんの真似?」

 なんとも返答の仕様がないのかあーだのうーだの微妙な声を発していたリナを尻目に、俺は彼女の言葉を反復することで疑問を示した。

「いやね、この子の父親ったら本当に大食らいでまるで嵐のように食事をする人なんだけれど、どうしてかリナの胃袋はそっちに似ちゃったらしくて、同じような食べ方をするのよね」

 リナの様子から察するに、貴方達はその様子を見ているのだと思うけれど、とリナの母親は付け足す。

「というか、リナは外見は母さんに似ているけれど、性格はまるっきり父さん似よね」

 まぁ、外見といっても胸の大きさはまるで似ていないけれど、と俺達が言ったら問答無用で竜破斬が放たれる言葉をルナさんは平気で付け足し述べた。
 リナはなんと言われようともやはり母と姉には逆らえないようで黙りこんでいる。
 そういえば、話題に上がっている父親の姿を見ていないような気がして俺は聞いた。

「そういえば、リナの父親はどうしたんですか?」

「父さん、丁度商品の仕入れの旅に出ているのよ。タイミングが悪かったわね」

 俺の疑問にさらりとルナさんが答えてくれた。
 道理で一向に姿を見ないはずである。

「リナたちのタイミングが悪いというより、あの人のタイミングが悪いんだわ。昔から肝心な時に戦線離脱してぎりぎりで現れたりとか、要の話をしているその時に割り込んできたりするから。きっと、そういう星の元に生まれちゃったのね」

 そう述べ、リナの母親は楽しげにくすくすと笑った。

「なぁんだ、残念ですね。この際だからお父さんにもガウリィさんのこと紹介しちゃえたら良かったんですけど」

 まぁ、世の中そう簡単にはいきませんよねーとにこにこと喋ったあと、隣の視線に気がついたアメリアは顔を真っ青にしていた。
 笑った後に顔を引きつらせるとはなかなか大変だなぁ。
 そんなことを思っていると、アメリアの変化を感じたのかリナの母親が「こら、リナ」と諌めていた。リナは首をすくめている。どうやら、動作を見る限りリナにとっては母親より姉のほうが怖いらしい。

「そういえば、リナが帰ってくるなんて初めてじゃない。なんか用でもあったの?」

 リナは用がなくちゃ帰ってこない性格だからなんかあるんでしょ? と微笑みながらふと思いついたようにルナさんが問いかける。
 聞かれたリナといえばびくっと肩を揺らして怯えたように姉を見ていた。
 そうして、えへへへと笑っている。
 一向に話を切り出す様子がないため、不思議そうな表情をしてゼルが話を切り出した。

「今、俺は体を元に戻す方法を探していてリナ達につき合わせているんだが、手がかりがさっぱり見つからないものだから赤の竜神の騎士の知恵を借りようかと思ってここに来た」

 その言葉に、リナの母親もルナさんも納得したようにああ、と声を出した。

「なるほど、ルナに用があったのね」

「だから、リアアンサーに来なかったのね」

 まぁ、呟いた言葉は違うものだったが。
 俺達は彼女らの納得が分からず首をかしげているのだが、リナだけは引きつった笑みでルナさんを見た。

「こういうことだからさ、どうにか知恵貸して?」

 リナの言葉に、ルナさんは笑みを深めた。
 どちらかというと、恐怖を感じるような笑みへ、とだ。

「頼むときは言葉を選びなさい」

 一言そういうと、リナは顔を引きつらせたまま即座に言葉を訂正する。

「お、お姉さま! 大変申し訳ありませんがその知識を私達にお貸しください〜!」

 リナたちのやりとりがまったく理解できず、俺達はただ呆然とその様子を見ている。
 その様子にリナは焦れた様子でゼルガディスに言った。

「アンタのことなんだから、アンタも頼みなさい!」

「……その前に説明してくれ。つまりどういうことなんだ?」

 それは俺とアメリアの意見でもあった。
 事前に説明を怠ったのはリナだというのに、焦れた様子で早口言葉のように述べる。

「だからっ、ルナ姉ちゃんが赤の竜神の騎士なのっ! アンタが知恵を借りようと思ったのは姉ちゃんなのよっ」

 なるほど。
 頭の回転がいかんせん鈍い、というか記憶力に欠けている脳味噌ヨーグルトとリナに言われている俺でも、食事前にふと疑問がわいた内容であれば、理解が早くもなる。
 つまり、フィリアがリナの前に異界の魔王召喚阻止を頼んだのは赤の竜神の騎士……つまりルナさんであり、ルナさんは断りそれを妹であるリナに阻止しなさいと命令を下した。リナはルナさんをなぜだかとても恐れているため、それを実行せざる得なかったのだ。
 赤の竜神の騎士=ルナさんと思えば違和感の感じた文面は納得のいくものになる。

「えー! ルナさんが赤の竜神の騎士なんですかっ。世間は狭いものですね」

 確かにそうである。
 俺はいまいちピンと来ていないが赤の竜神の騎士といえばすごいのだろう(なにがすごいのかよく分からないが)。
 そのすごい人の妹がリナであると考えれば狭いものである。
 でも、よくよく考えてみればセイルーン聖王国の第二王女であるアメリアがそれを言うのはいまいち説得力にかける気がする。自分だって、ネームバリューはすごいのだから。

「じゃあ、ここに来た時点でルナさんの勤めているリアアンサーに行けば早くことが進んだんじゃないか?」

 ゼルはジト目でリナを見た。
 まぁ、ゼルはいち早く情報を求めているのだからこうして夕方まで待っている時間すらもったいなかったのだろう。早く情報を手に入れて、検証なり道と日程の確認なりしたかったのかもしれない。
 けれど、リナは恐ろしいことを聞いたように真っ青な顔で、言葉も発せず首をぶるぶるぶると横に振る。
 その言葉を代わりに発したのは、穏やかな笑みをゼルに向けたルナさんだった。

「赤の竜神の騎士としての依頼を職場に持ち込んだら、とりあえずリナに地獄のフルコースをさせていたわね。で、貴方達には無理難題かうちの商品金貨100枚は買わせていたかしら」

 仕事に私的な依頼を持ち込まれるのは大嫌いなの、とルナさんは微笑んでいるのに恐ろしく感じる雰囲気で述べた。
 それはゼルも感じたのか、ぶるりと体を震わせている。

「でもその辺りは分かっていたようだし、リナがこんなに熱心に頼むってことはよっぽどあなたは大切な仲間なのね。……ヒントになる場所を紹介することは出来るわ」

 リナの心意気に免じて、とルナさんは微笑んだ。
 その言葉に、ゼルはすまないと頭を下げる。それはルナさんへ向けたものか、ルナさんに頼み込んでいたリナへ向けたものか……それとも、二人に向けたものか。
 けれど、とルナさんは言葉を付け足した。

「あなた達にやってもらいたいことがあるの」

「はいっ、正義の仲良し四人組に任せてください!」

 アメリアはVサインをびしっとルナさんに向ける。
 その様子に、ルナさんはくすりと笑った。

「丁度シフトで明日が休日になっていたから、明日その人のところへ案内するわね」

 どうやら、そのやってもらいたいこととは別な人を介すらしい。
 それだけを認識すると、リナはほっとした様子でルナさんを見てにかっと笑った。

「姉ちゃん、ありがとう」

「たいしたことじゃないわよ。私が出来ることは知識を貸すこと。あなた達が欲しいものはあなた達で手に入れなさい」

 その言葉は、妹を可愛がるような優しいものだった。



      >>20101116 スレ世界の硬貨価値っていまいちわからないのよねー。



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