次の日、俺達はリナの母親に用意してもらった朝食を頂くと約束どおり"やってもらいたいこと"を分かっているらしい人のところへ行くためルナさんと歩いていた。
 街中から郊外へと移動し、郊外と言うにはずいぶん茂っている森の中をずんずんと歩いていく。
 ルナさんを先頭とし、次を歩いていたリナは不思議そうに彼女へ問いかけた。

「この先って、"ロード"でしょ。姉ちゃんが目指しているのって、そこ?」

「そうよ」

 ルナさんはそう答え、それ以上何も語らぬまま数歩行くと突然視界が開ける。
 開けた場所にあったのは、建物の入り口であった。
 円柱状だろうか、その建物の上の方を見ると青い空へと伸びていって先が見えない。塔と呼ぶべきものだろう。
 空を見上げていた俺の視界に旋回する鷹が入り込んだ。まるで俺達を歓迎するかのような。

「でもここって随分前に発見されて、もう調べつくされているじゃない。こんなつまらないところに人なんているの?」

 ルナさんは振り向くと、リナに対し微笑むだけで答えなかった。
 リナはこれ以上聞いても無駄だと思ったかそれとも答えはすぐに出ると思ったのだろうか、静かにルナさんの後をついていく。
 大きな門が開かれ、塔の内部へと入る。
 エントランスホールみたいなものなのだろうか、開かれたその部屋の左側には壁に沿って上がっていく階段が見えた。
 あとはこの塔を支えるための柱と、吹き抜けになっているのか二階部分には手すりが取り付けられていて空間を広く見せている。
 ルナさんは、真っ直ぐ歩いていく。
 それに従うように俺達も歩くと壁際近くまで来た。
 灰色の壁の前で止まると、彼女は唐突に声を発する。

「久しぶり、メキア」

 その言葉に人がいたのかと思い、横に歩き角度を変えてみると確かにしゃがみこんでいる深緑のぼさぼさな髪が見えた。
 だが、彼は何かに集中しているのだろうかまったくルナさんの言葉に反応しない。
 ルナさんはなにを思ったのか、彼が着ている薄汚れた白い服(恐らく白衣だと思われる)の上から肩を軽く叩いた。
 ぴくんと体を震わせた彼は振り返る。
 そこにいたのは昨日、町を歩いている時にぶつかった少年であった。

「あ、ルナさんじゃないですか。お久しぶりですね、お元気でした?」

「この通りよ。貴方は相変わらず"道"に夢中のようね」

「もちろんです、まだまだ全容は不明ですから」

 彼らは、普通の友達のように軽い言葉のやり取りを行なう。
 ルナさんはふっと笑みを漏らした。

「だと思って、"道"を攻略してくれる人たちを連れてきたの」

 そう述べ、メキアの視線を俺達に向ける。
 彼はそこで初めて俺達の存在に気がついたようで、驚きに目を開いた。

「本当ですかっ? 助かります!」

 どうにも、俺達がまったく理解していないところでどんどん話が進んでいってる。
 俺ですらそう思うのだから、リナ達はもちろん置いていかれている事を感じていたみたいで割り込むように声を出した。

「ちょっと、姉ちゃん! いい加減、あたし達にも説明してよっ」

「簡単なことよ。私がやってもらいたいことというのは、彼――メキアの研究のお手伝いなの。詳しいことは彼が話してくれるわ」

 ルナさんは簡潔にそう述べたのだが、隣に居たメキアは面倒そうに顔をしかめた。

「ええー、僕が説明するんですか?」

「だって、私はそれなりに"道"のことは知っているけれど、研究しているあなたのほうがもっと詳しいでしょ?」

 軽い口調で述べたルナさんに対し、メキアはがしがしと頭を掻いた。
 どうやら、ルナさんに逆らえない人がここにも居るようである。

「分かりました。頼んでいるのは僕のほうですからね。でも、彼らはそれでいいんですか?」

「ええ。"道"攻略は彼らの益にもなるから」

 ならいいのですけれど、とメキアは呟いた。
 それにしても、ずいぶん俺達は置いてきぼりを食らっている。まぁ、俺の場合は事情説明や論理検証の場面においては大概置いてきぼりを食らっているので、慣れっこであったが。

「でも、ルナさんはどうするんです? 今更"道"の説明を聞いてもつまらないでしょう?」

 確かにそうである。
 ここの紹介をしたということは、ある程度の知識はルナさんは持っており、初級者向けの説明を聞いてもつまらないだろう。

「そうねぇ。メキアに紹介したし、家に帰って母さんの手伝いでもしようかしら」

 ルナさんは軽い口調でそう述べた。
 まぁ、ただ居ても暇なのは理解できるので、帰ったほうが有意義な休日を過ごせるのかもしれない。

「じゃ、しっかりお手伝いするのよ」

 彼女はひらひらと手を振って立ち去っていった。
 さて、そうなれば俺達の意識というのは当然目の前の少年へと移行する。
 メキアは俺達を見ると困ったように笑顔を浮かべた。

「さて、ちゃっちゃと説明してもらおうかしら? こんな大昔に攻略された塔になんの意義があるのか」

 ルナさんが消えたことでいつもの調子を取り戻したのか、リナがにこりと笑みを浮かべて聞いた。
 その笑みの中には、さっさと言いなさいという威圧が入っている。
 メキアはしかし、大物なのか慣れているのかえーっとじゃあ、とのんびりした口調で話しはじめた。

「リナさんはこの土地の出身ですから"道"のことは知っているでしょうけれど、お三方はどの程度知っていますか?」

 その言葉に、ほとんど知らないぞと答えると二人も似たような返答をしていた。
 なるほど、と頷いたメキアは説明を続ける。

「さらりと一般的見解を述べておくと、この"道"というのは昔からある建造物で塔の天辺が見えないほど高いのが特徴です。内部構造はほぼ単調なもので宝物、と言えるようなものはすでに取りつくされていて、目新しい発見もないので時折旅人が暇つぶしに上ってみる程度の価値しかないものだと認識されています」

「……それって、今更探索する意味があるんですか?」

 アメリアは不思議そうに首をかしげた。
 確かにもう攻略されていて宝すらもないのならば、今更何を調べようとも意味はない。

「そう思うでしょう? ところが、外壁から見た内部の面積と内部で図った面積では差があるんですよ」

「つまり、隠し部屋があるかもしれないということか?」

 ゼルガディスの問いかけにメキアは頷いた。

「けれど、今までは隠し扉の入り口を見つけることが出来なかったんです。しかもこの塔ははるか昔……降魔戦争以前より存在したもの。むやみやたらに壊すことも出来ずにいました」

 なるほど。普通ならば、降魔戦争以前からある建物は重要な……それこそ文化財と国で保護されてもいいものだ。リナのような目的のためならば手段を選ばずはちゃめちゃするような人物以外は慎重に取り扱うだろう。
 などと俺達が納得していると、メキアはそこで誇らしげに胸をそらした。

「そこで登場するのが、この僕になるわけなのです」

 そんな彼に対し、リナ達は不審そうな目を向けた。
 確かに、外見年齢十二〜三歳の少年が出来ることなど(魔法での外見詐称などをのぞけば)たかが知れている。
 俺はそのあたりの疑問点などはどうでもいいと思っているが、リナやゼルなど論理的に物事を考えるタイプの人間にしてみれば不思議に思うところだろう。

「アンタみたいな子供が何をしたっていうの?」

 案の定、リナはひどく直球の質問を投げかけた。
 その言葉にメキアは苦笑いをする。

「僕はこの塔の構造を……というか仕組みを解いたんです」

「仕組み?」

 ゼルは不思議そうに首をかしげた。

「ええ、ここからが僕の専門分野になってくるのですが……、この塔は僕たちが理解している魔法論理とは少し変わった方法で管理されています」

 その言葉にリナとゼルは興味深そうにメキアを見た。
 リナは魔法が好きであるから(それは手段でもあるが趣味の方面からでもあるような気がする)魔法論理と変わった方法という言葉に惹かれたのだろうし、ゼルは元の体に戻るための方法を探しているからそれの手がかりを探すためであろう。
 アメリアもまぁ、魔法を扱えるためそこそこに興味はあるかもしれないが……俺はもう聞いても理解できない領域だろうな。
 ともかく、リナとゼルの先を促すような視線にメキアは目を輝かせた。

「まずは、見てください」

 メキアは塔の壁に触れた。
 とたん、壁に規則的に並んだボタンのようなものが浮かび上がる。その上には硝子のようなものが浮かび上がってきた。
 彼はそれに慣れた様子で、小さな指でボタンに触れる。
 すると硝子だと思っていたものにボワンと見知らぬ文字が浮かび上がり流れていく。
 それが一通り終わるとフロアの中央が動き、そこの空中に文字が流れその回りはせり上がり、まるでオルガンのような大きなキーが四段ほど規則的に並んだ物体が四つ現れた。

「来てください」

 彼は言葉でそう促し、中央へと行くとオルガンのようなものの一つに触れて、まるでそれを弾くような動きでボタンを押していく。
 すると中央に浮かぶ文字は急速に流れていき、人が映った。
 そこに映ったのは見知らぬ服を着た女性で、彼女は流れるような歌を歌う。
 それは、現代語ではないもののようで俺にはまったくわからない。

「これは……魔法力を込めた道具をこの塔全体に使用しているということか?」

 呆然と眺めていたゼルは、そうメキアに聞いた。
 メキアはぽちりとボタンを押し女性を消すと、にこりとゼルに微笑んだ。

「仕組みとしてはそれに近いです。この塔は魔力を込めた核を原動力とし、緻密な組み合わせでからくりを連動させ動かしているのですから」

「魔力を? けれど、この塔は降魔戦争よりも前に存在しているものだわ。魔力がそれほど長く続くとは思えないのだけれど」

「リナさんがおっしゃっていることは至極もっともだと思います。僕もこの塔と同じ技術が使われた道具を調べ核を検証してみたのですが、どうやらこの核はそれだけで魔力を生み出す仕組みを有しているようなのですよ。もちろん、核が劣化すれば魔力を作る仕組みも劣化していくので、永久的というわけではないのですが」

「ええ!?」

 メキアの言葉にリナはひどく驚いたように声を荒げた。
 それはゼルにとっても同じだったようで、声は出さないが驚いたような表情をしている。
 二人ほど魔法を研究していないアメリアですら驚いたような表情をしているのだから、よっぽどのことなのだろう。

「ちょっと、それって相当なことじゃないのっ?」

「ええ。でも、今の僕らには持て余す技術ですよ。リナさん、貴方なら半永久的な魔力を生み出す核をもったとして何に使います?」

 その言葉に、リナは困ったように首をかしげた。

「技術は利用できてこそでしょう。なので僕はその技術を研究していて、この塔は古代人が作った技術――僕は魔科学と呼称していますので、便宜上そう呼びますが――、その魔科学にて管理されている塔なんです」

 そう認識していただければとりあえず問題ないですよ、とメキアは微笑んだ。
 メキアの言葉はとりあえず分かるのだが、なんだか腑に落ちない。
 いまいち言葉にして表せない、その変な部分をゼルガディスは的確に分かっていたようで、ならとメキアに問いかけた。

「この塔の全容を解明するにはアンタ一人で十分じゃないのか?」

 その言葉に、メキアはしょんぼりしたような情けない表情を見せた。

「そこで、先ほど聞いていただいた歌――実質は歌とは違うものなのですが――が関わってくるんです」

 そうして、メキアは先ほど塔の中心で女性が歌っていたその歌詞を俺達に言った。

 地は誕生であり、天は死である。
 誕生は神の僕が知り、誕生には知の源がある。
 死は破壊者が知り、死には力の源がある。
 知は力を欲し、力は知を欲す。
 それら二つを知る者の前に王は現れ、手段を示す。
 王とはすなわち地であり天であり、誕生であり死である。
 そして、王から生まれ王の元へ死すまでが一つの道である。

 それは、抽象的で歌のようであったが確かに歌というには違和感があった。
 それがどういう違和感か俺にはまったくわからないが、直感的にそう感じさせるものがある。

「どういうことなんですか? なんだか、聖歌のようにも聞こえますが」

 アメリアも違和感を覚えたらしく、首を傾げそう述べた。

「さすがは巫女ですね、アメリアさん。この歌は聖歌であり、この塔は信仰の象徴として建てられたものなのです。信者が参拝にくるような、ね」

 ですからこの聖歌が保存されていたのです、とメキアは述べた。
 その言葉に、アメリアは眉を顰める。

「信仰の象徴? それにしては、スィーフィード教にこのような塔も聖歌もあったと聞いたことがありません」

 彼女は聖王都セイルーンの姫であり巫女頭である。
 スィーフィード教に関する一通りの教育は幼い頃から一通り受けてきたし、スィーフィード教でも様々にある教派についても一通り理解していると、いつかの雑談で述べていた。
 そんな彼女が述べるのだから、スィーフィード教にはこのような聖歌もなければ塔の存在も教えられていないのだろう。
 メキアも、それに関しては理解していると言いたげに頷いていた。

「この塔が奉っているのは赤の竜神ではありません。この塔からデータを拾っているうちに分かったのですが、この塔が奉っているのは赤の竜神よりも赤眼の魔王よりも上の存在――仮称をつけるとすれば金色の王、そういった存在のようなのです」

 金色の王!
 その言葉に、俺ですら驚いてしまった。
 リナが以前述べていた重破斬ギガ・スレイブ神滅斬ラグナ・ブレードを唱える際に力を借りる金色なりし闇の王――金色の魔王ロード・オブ・ナイトメアの存在を示唆しているものであるのだから。
 驚いている俺達をどう思ったのか、メキアはにこりと微笑んだ。

「赤の竜神を至上と思っている僕たちにしてみれば、それよりも上の存在などというのは想像もつかないですから、驚かれるのは当たり前のことだと思います。ただ、古代の人々は金色の王から赤の竜神や赤眼の魔王が生まれたと思っており、赤の竜神も赤眼の魔王も同等の神として認識していたみたいですね」

「うわぁ、それ興味あります!」

 アメリアは彼の言葉に、無邪気な笑顔でそう述べた。
 巫女頭をやっているのだから、赤の竜神と赤眼の魔王を同等にされたら怒り狂うのが普通のような気がしなくもないが……。まぁ、それがアメリアなのだろう。
 メキアもそう思っていたのか、笑みを浮かべているアメリアをきょとんと驚いたような顔で見ていた。

「アンタ、それよりも突っ込むべきところはあるでしょうがっ。あたし、二度とあれに関わりたくなかったのに!」

 リナは無邪気に述べるアメリアに対し、ヒステリックに叫んだ。
 まぁ、わからないことはないが。
 ゼルにもリナの気持ちは通じたらしく、こくこくと頷いていた。

「あれって……、リナさん金色の王の事を知っているのですか?」

「その名前すら言いたくないぐらいにはね」

 少し驚いたように質問するメキアに、脱力したのか肩を落としながらリナは答えた。
 そうして、嫌な気分を振り払うかのように首を振ったリナは、先を促すために質問をする。

「宗教概念の話はあとでゆっくりするとして、なんであれを崇める聖歌がこの塔の全容を解明するのに邪魔するわけ?」

「この塔は金色の王を敬うための塔なんです。敬うためにその存在を知らなければいけない。王から生まれ死して王の元へ帰ることによって王を知る――、単純に"道"と名づけられたのは王から始まり王に至るまでの道を示すため。――つまり、逆を言えば誕生と死がもっとも王に近く、この塔における誕生と死というのが最下階と最上階になるのです」

「つまり、もっとも神聖な場所が最上階と最下階になるわけか」

 説明を端的にまとめたゼルにメキアは頷いた。

「ええ。神聖な場所へ行くには、条件が厳しくなることは当然でしょう。この場合は、同時に最上階と最下階に行かなければいけないのです」

「なんで?」

 いまいち分からない、とリナは首をかしげた。
 確かに、どうしてこの話から同時攻略しなければいけないという結論に達するのかまるで分からない。

「生を知るということは死を知ること、だと古代人は認識しておりました。なので、上へ行く仕掛けを解くのと同時に下への道が開ける。その逆もしかり、ということみたいですよ」

 生を知ることが、死を知る――。
 あまりにも哲学的すぎて、そういうもんかぁという感想しか俺の中には浮かばない。
 リナ達はそれに関してどう思ったのかわからないが、別な理由では納得が出来たようである。

「なるほど、だからメキアは協力者を探していたのね」

「ええ、さすがに一つの身で上と下を同時に攻略はできませんから」

 それもそうだろう、人の身でさすがにアメーバのように分裂はできないだろうから。

「というわけで、この中のお二人にはこの塔を攻略するのに必要最低限の知識を叩き込みます」

 にこり、と微笑んだメキアは子供であるはずなのに妙な威力を見せていた。
 知識を叩き込むのであれば、リナとゼルが妥当であろう。俺は記憶力面においてはまったく当てにならないと自分でも自負しているし、アメリアも二人よりは知識を学ぶという点においては不得意であろうから。

「オーケー、見事に習得してやろうじゃないの!」

 リナは拳をぐっと突き上げて宣言していた。



      >>201011209 宗教概念の雑談はメモにある小話が元ですよ。



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