そうして、"道"攻略のために魔科学の原理と利用法をざっくりメキアから習い始めたのだが、俺は暇になった。
最初の二日ぐらいは皆について行ってふらふらと塔の中を見たり、二人が習得していく様を眺めたりしていたのだが――、すぐに飽きてしまう。
アメリアはまだ魔法が出来るし宗教概念の話も時折出てきたのでそこそこ楽しげに聞いていたのだが、俺は何がなんだか分からずしまいには転寝をしてリナに怒鳴られてしまった。
で、アンタがいると集中力が欠けるので来るなといわれたので、リナの実家のお手伝いをしたり剣の鍛錬をしたり町をのんびり眺めたりなどその場の気分次第で行動することにし、今日は午前中リナの母親の手伝いをしていたのである。
ぱたぱたと商品整理をしながらはたきでほこりを取って、一通り回ると忙しなく伝票整理をしていたリナの母親からにこりと微笑まれた。
「やっぱり、男性の人が居ると高いところまで手が届いて綺麗になるわね。助かるわ」
「いえ、暇つぶしついでなのでお役に立てたなら光栄です。でも、旦那様が仕入れの旅をしていらっしゃる間はいつも大変なんじゃないですか?」
「そこそこにはね。でもルナが休みの日なんかは手伝ってくれるし、もともと一人でも十分手が回るような範囲の商売ですもの、こなす分には夫が居なくても事足りるわね」
俺の質問に、彼女はさらりと冗談交じりの口調でそう答えた。
すると、住居に続く扉が開いてひょっこりとルナさんが顔を出す。
「二人とも、昼ご飯できたわ。食べましょ」
今日は休みだというルナさんがご飯を作ってくれていたので、俺とリナの母親は一緒に住居スペースへと向かった。
ルナさんが作ってくれた鶏肉のソテーをおかずにサラダやらスープやらを一通り平らげると俺はご馳走様でしたと手を合わせた。
彼女は目を細めて柔らかく微笑む。
「どういたしまして。お味はどうでした?」
「おいしかったです。皆さんお料理上手なんですね」
リナの手料理にしろルナさんにしろ彼女らの母親にしろ、出てくる料理はどれも素晴らしく美味しい。
「母さんの教育の賜物ね」
「ふふ、ウチは味には煩い人ばっかりだから」
なるほど、食に興味がある分料理も自分で作るものかもしれない。
俺も大雑把だが食べれる料理は作れる自信がある。食に興味がある分、常に食べたいという欲求が膨らむのだから自給自足になるのは当然のことなのだろう。
「そうそう、ガウリィさん。午後はどうなさるの?」
「特には決めていないんですが……、のんびり散歩でもしようかなと思っています。ああ、あと時期外れでしょうが名産のワインでも飲みたいですね」
「あら、そうなの。じゃあ、ルナが案内して差し上げたらどう?」
のんびりと午後の予定を言ってみると、リナの母親はのんびりとした口調でそう提案した。
俺は思わず慌てる。
さすがに仲間の姉というさほど親しくない人に迷惑をかけるつもりはない。
しかし、ルナさんはけろりとした顔でリナの母親に答えた。
「そうね、美味しいワイン出すところ連れて行ってあげるわ」
「あら、ルナが案内する飲食店と言ったらリアランサーなんじゃなくて?」
「まぁ、うちもそこそこ美味しいワイン出すけど、やっぱりワインを専門に扱うお店には負けちゃうからね。ゼフィーリアのワインの良さを最大限に教えてあげるわよ」
他の国に言ったとき、ゼフィーリアのワインはいまいちだったなんていわれても困るし、とルナさんはけらけらと笑った。
決定事項になっていることへ慌てて、俺は声を出す。
「けれど、ルナさんだってゆっくり休みたいのでは……?」
「ああ、大丈夫よ。休日なんて適度に動かなきゃ暇なだけだし。スポットの散歩の時間までに戻って来れれば良いから、それまで案内するわ」
そう言われてしまえば、これ以上強く否定することも出来なくなってしまい。
食後のお茶をのんびり飲んだ後、俺はルナさんと共に外へ出た。
空が澄み切った青で外に出るのが心地よい。
これから雨の多くなる季節になっていくので、こういった気持ちのいい天候を味わえるのはきっと残り少ないのだろう。
俺は温かな温度と日差しにのんびりとしながら、ルナさんの案内を聞きながら小さな町を歩いていた。
ルナさんはウェイトレスをやっているせいかそれともリナと同様の血を引いているせいか話がとても上手で、他愛もない世間話を振り飽きさせないようにしながらも、しっかりとポイントを抑えこの町の説明をする。
かといって、一人でまくし立てるように話すわけではなく俺がついていけるようなペースで話していくので、疲れることはない。きっと、俺のペースに意図して合わせているのだろう。
そうして、一通り歩いた後小さなお店の前へ到着した。
「ここよ、美味しい地酒を出すところ」
「……見た目は普通の酒屋さんですね」
そう、正面の看板にはワインボトルと共に『ケトラ酒屋』の文字が刻まれていて、ワインの樽がディスプレイのように三角に積まれていた。
飲食店ならば、もっとそれらしく見せるものだが。
「ああ、ここは酒屋さんだもの。けど、味見をしてみたいという人や高いから一本は買えないっていうお客様のために、小さな居酒屋みたいなこともやっているの」
料理は奥さんが作っている家庭料理だけれどとても美味しいのよと、ルナさんは付け足し述べる。
なるほど、と頷くとルナさんは微笑み扉を開けた。
いらっしゃいませー、と野太い声が響き店内に入るとワインはもちろんだが他の酒も所狭しと置いてある。
「おお、ルナちゃんじゃないか」
「こんにちは、ケトラさん」
常連なのか、ルナさんの姿を見ると黒髪を角刈りにした四十代ぐらいのおじさんは強面の顔をくしゃりと笑顔にした。
ルナさんも笑顔でそれに挨拶をする。
「おや、そっちののんびりしてそうな男は誰だい? ルナちゃんのいい人か?」
そうして、俺の姿を認知するとにやにやと笑みを浮かべそう述べた。
まぁ、未婚であるうちはそうからかわれてもしょうがないのだろう。年を重ねていくとどうにも若い人の恋愛事情にも軽口で口出しできるようになるものらしい。まぁ、その人の性質もあるだろうが。
「違うわよー、この人はリナの仲間」
そう述べるとケトラさんと呼ばれたその男は納得したような表情で、ぽんと手を叩いた。
「ああ、そういえばリナちゃん旅から帰ってきてたな。親切にここへも顔出ししてくれたよ。ありがとうって、ルナちゃんからも伝えといてくれないか?」
「わかったわ。そうそう、ケトラさん。ここでちょっとお酒飲んでいってもいい?」
「もちろん! 何が良い?」
張り切った様子のケトラさんに対し、ルナさんは笑顔で述べた。
「とっておきのゼフィーリアワイン。この人に良さを分かってもらいたいの」
「おお、そりゃあ吟味しなくちゃなぁ!」
そう述べ、俺の味の好みをさらりと聞き奥へと通された。
居酒屋のようなものかと思いきや、カウンターはなく小さなテーブルが四つと椅子が数個置いてあるだけである。
ルナさんはそのうちの右奥の壁側の椅子に座ったので俺は向かい側の椅子を引いて座った。
すると、即座につまみが出てくる。
そうして、赤ワインの瓶を持ったケトラさんがワイングラスを二つ置くと、慣れた手つきで蓋を開け二つのコップにそれを注いだ。
ソムリエのような一通りの手順を踏んだものではないが、その商売的な粗忽さはただ飲んでみたいだけならば十分なものである。
そうして、ルナさんは彼につまみを一つ頼むと豪快な笑顔でごゆっくり、と述べ酒屋のほうへ出て行った。
俺は目の前に出されたワイングラスを傾け、一口飲んでみる。
「おいしいなぁ」
一言呟いた。
別に美食家ではないので、美味しさを表現する術はさほどにない。だから、俺の最大の言葉でそうこのワインの感想を述べる。
すると、ルナさんは嬉しそうに目を細めた。
「そうでしょう。さすが、ケトラさん。間違いはないわね」
そう述べ、ルナさんもワインを一口飲んだ。
そうしてつまみをぱくりと食べる。
「おいしいわね」
彼女は、独り言なのかそう感慨深い声で小さく呟いた。
俺もつまみをぱくりと食べながら赤ワインを無造作に飲む。
そうしながら、くるくるとワイングラスを回し、赤い液体が弧を描きながら波打つのを見ていると、ルナさんが言った。
「ガウリィさん、ありがとう」
俺はその言葉に、ルナさんに視線を移す。
彼女はふわりと微笑み、柔らかな眼差しで俺を見ていた。
「なにがです? 俺は特にありがとうなどと言われるようなことはしていませんよ」
彼女に対しなにかの働きかけをした覚えなどこれっぽっちも(記憶力上の欠陥はあったとしても)なかったので、俺は首をかしげた。
だが、ルナさんも自分が唐突な言い方をしたと自覚していたのか、特に表情を変化させることもなく言葉を続ける。
「貴方のおかげで、リナは随分成長できたと思うわ。それは、姉として――家族として感謝することよ」
そう続けた言葉に、一定の納得をすることが出来た。
彼女にとってみれば空白の時間に妹が成長していた事を喜び、それは共に居た仲間のおかげなのであるから。
けれどそれはまた事実と違うので、俺は思わず失笑した。
「いいえ、俺が感謝されることなど何一つありませんよ。リナは自ら成長していったのですから。俺は、ただその隣で見ていただけです」
述べると、ルナはくすりと笑った。
そうして、ワイングラスをくるくると回す。
中に入った赤ワインは状況の変化に対応し弧を描いた。
「けれど、それは貴方が見守っていたからこそよ。私から見てだけど、リナは柔らかくなったわ」
彼女は少し目を細め、まるで昔を思い出すかのように語った。
「あの子は自分しか見えていなかったわ。何をするにも自分の事を優先に考えて行動していた。――私のきつい態度がリナをそう導いてしまったのかもしれないけれど。優しい子ではあったけれど、その優しさよりも自己中心的なものの考え方が彼女をきつく見せていたわ」
そうだろうか、と俺は首をひねった。
リナは確かに自分のしたい事をしている。
けれど、彼女は自分の信念を基にしていろいろな人を助けてきたとも思う。俺が見てきたリナの行動は、確かに逃げ出すことも出来たのに俺や仲間や出会った人たちの事を思いやり影響を考えた上でのものであった。
「不思議そうね。でも、それはリナが変わったからよ」
彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「旅に出て、貴方と出会うよりも前にいろいろな人と会っていろんな事件があって徐々に変わっていって、貴方と出会ってからも変わっていったから、あの子はあの子の強さのまま優しくなれたんだわ。それは、決してリナの力だけじゃ出来ないこと」
ああ、そうか。
リナがリナらしくあるために成長していく過程で様々な人の影響を受けたのであれば、俺だってそのうちの一人に入るわけだ。
微々たる影響であっても、彼女は変わった要因である出会った人たちを代表して、俺に感謝を述べたのか。
「でしたら、俺は今までリナが関わってきた人たちの代表として、貴方の感謝の意を受け入れますよ。……といっても、俺がリナに助けてもらったことのほうが多いので、やはり感謝されるようなことでもないのですけれど」
そう述べると、彼女はくすくすと楽しげに笑った。
「貴方はリナが好きなのね」
「ええ。リナは太陽ですから」
即答すると、ルナさんは目を細めた。
「それは、眩しいわね」
その言葉のセレクトに、俺は笑った。
確かに、リナは俺にとって眩しい存在なのだから。
>>20110701
この二人の話題といえばやっぱりリナのことにならざる得ない。
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