いくつかの道をふさぐ壁を先ほどと同じようにリナとゼルが開けていき、長い長い螺旋階段を上がっていく。
 外壁から見る限り窓のようなものはなかったはずなのだが(窓があればこの隠し階段の発見も早かっただろう、となんとなく思う)、一定間隔で窓が設置されており外の光を取り入れていた。どういう仕組かは知らないが、外からは壁のように見えるが中からは透明なガラスのように外の風景を通すのだろう。
 そこから歩くついでに外を覗いてみるとずいぶん上まで上がってきたようで、リナの住んでいた街を見渡すことができる。
 リナも俺の視線に誘われたのか、窓の外を覗いてみると露骨に嫌な顔をした。

「うわー、こんなに上ってきたわけ? これ、まだ目的があるから行きはいいけど帰りは地獄ね」

 あー、もう目的達成したら壁ぶち破って浮遊レビテーション使っていいでしょ! とリナはこめかみに手を当てながら呟いた。
 俺は首をかしげて、言葉を発する。

「それやったら確実にメキア怒らないか?」

「わかってるわよ! でも、ここがあれの参拝地だなんて知ってる奴なんていたって神族か魔族か――よっぽど長生きしていて人間の歴史に興味あるやつしか知らないわけだし、なおかつあれに近づこうなんて輩がいるとは思えないから破壊したって一向に問題ないはずじゃないっ」

 俺には詳しいことはわからないが、確かに今の信仰の主流は赤の竜神だろうから魔族ですら名前を呼ぶのもはばかれる存在、である"あれ"のことを知らぬ人が大多数のようだし、更に近づこうとする輩なぞ稀に一人いるかもしれない、ぐらいなのかもしれない。
 まあ、それが破壊の理由になるのかはいささか謎であるが。

「とりあえず、最上階まで行って何もなかったら壁爆破して帰ってやろっと」

 うんうん、とリナは自分で納得して機嫌を持ち直していた。
 ふむ、俺にとってはどうでもいいのだがメキアはなにか最上階にあることを祈っておいた方がいいかもしれない。
 などと思いつつ、次の段に足を乗せた途端。
 空気が変化した。
 内側の壁ががしょりがしょりとまるでスライドパズルを組み立てるような動きを高速で行う。
 俺はとっさに斬妖剣ブラスト・ソードの柄に手をかけて、いつ何が来ても対処できるように重心を落とした。リナも同じように、腰に差してある短剣を取り出している。
 がしょりがしょり動いた壁はぽっかりと壁面に空白を生むと動きを止め、それと同時に開いた壁の内側から人が出てきた。
 それは階段の真ん中まで歩くと真っ直ぐ俺たちへ向く。
 黒が基調のメイド服を着たそれは、黒髪を三つ編みにまとめて後ろでくくり真っ白な肌と相対する真っ黒な瞳で俺たちを識別する。
 その動きやなめらかな肌は全く人であるのに、人だとは到底思えなかった。
 定規で測ったような精密すぎる美しい顔立ちはまるで人の手で作られたビスクドールのようだ。
 メイド服を着たそれはきっちりと揃えられたなめらかな赤い唇が歌うような透明な音で空気を震わせる。

「二つの個体を認識。ベータの起動確認とリンクを了承。通常プログラム――力量試験を開始する」

 言葉を紡ぎ終えると同時に、彼女の右手の平がぱかりとまるで蓋が開くように開き、そこから剣がすべり落ちると同時に柄を握りしめ即座にこちら側へ踏み込んできた。
 動きを認識していた俺は駆け上がると、メイド服女性の剣を斬妖剣で受け止める。
 なにがなんやらさっぱりわからないが、とりあえず相手さんは闘うつもりだということだけは認識した。

「ちょっ、どういうことなのか一から説明しなさいよ!」

 リナの声が後方から響く。
 まるでガラス玉のようになめらかなのに光をつぶしたような漆黒の眼は、真っ直ぐ俺を見つめていた視線をほんの少しそらし、リナの声に反応を見せた。
 そうして、斬妖剣で受け流していた剣をわざとはじくように動かして一瞬のすきを作るとバク転で後ろへ下がり、すとんとまっすぐ立つ。
 息ひとつ切らさず、服の乱れなど少しもなく。

「私は王の忠実なる人形であり、または試験を与えるものでもある」

 透明な音は、感情を発しない。
 感情を発しないからこそ、厳かにも聞こえる。そう、まるで神へ会うための試練を掲示する神官のような厳かさ。
 そんなメイド服の女性へ、リナは端的に質問した。

「試験ってのは?」

「王の忠実なる人形の私へ示せ。王に近づけたる力量を持っているかを」

 リナの質問に、メイド服の女性は端的に答え剣の先をこちらへまっすぐに向けた。
 俺は踏み込む足に力を加える。
 メイド服の女性から殺気はまるっきり感じないが、こちらへ攻撃を加えようという仕草や雰囲気は見受けられたので、すぐに対応できるようにだ。

「力なき者は王の足元へ近づくことも許さぬ――」

 メイド服の女性が足に力を入れると同時に、踏み込んでいた足を跳ねさせ間合いを詰める。
 斬妖剣を振り下ろすと同時にメイド服の女性が構えていた剣もまた振り下ろされ、刃先がきんと響いた。
 相対する女性の斬撃を読みながら対応しつつ、さてこちらから攻撃を仕掛けても良いものか、とリナへ声をかける。

「リナ、どうするんだ?」

 さすがに視線をずらせるほどのひどい力量ではなかったので斬撃を受け流しながら言葉を張り上げると、リナは後ろで面倒そうな声で叫んだ。

「ああ、もう! ドラスレで全部片づけていいでしょっ?」

『ちょ、それはやめてください!』

 リナの声の後に、メキアの慌てたような声が響く。
 彼の声に、苛立ったようなリナの口調は一気にあっけらかんとしたものへ変化した。

「遅かったじゃない、ようやく接続できたの?」

『ここの試練に関してはセキリュティが頑丈なんで突破するの大変なんですよ! これでも、早くに割り込んだんですからっ』

 もう、少しはねぎらってくださいよ、とふてくされたような口調で述べるメキアに対して、リナはそれは大変だったわね、と全くどうでもいいような平坦な口調で感想を述べた。
 ……漫才をするのは一向に構わないのだけれど、攻撃に転じられないまま斬撃を受け流したり避けたりするのは意外と大変なので早めに行動の方向性を結論付けてほしいものだが。

「んで、あたし達がどういう手を用いればいいか分かったわけ?」

『はい、彼女たちはこの塔を上るための資格があるかどうか見極めるための魔科学で制御された物体のようです。要は精密なカラクリ――もしくは魔道具とでもいうべきでしょうか』

 魔道具、という説明からして目の前で剣を振るっている彼女は、生きているものですらないということか。
 まあ、生き物であったら何かを摂取せず生きていくというのは難しいだろう。彼女は隠し部屋として長いこと放置されていたここに居られるのだから、メキアの説明はなんとなく納得できる。生きているものではない、という部分しか理解できないが。

「ええっ、そんな風にはさっぱり見えないんだけど?」

『それほど、この塔が作られた時代の技術力が高かったということですよ!』

 すごいですよねー、と呟くメキアの口調はどことなくうっとりとしているようなものだった。まあ、彼の研究とやらがその辺りに凝縮されているのだから、技術の結晶のようなもの? を見せられたら、眺めていたい気分にもなるか。
 俺にはまあ、さっぱりわからないのだけれど。

「それで? 昔の人の技術力が半端ないってのは納得したけど、どうすりゃいいのよ?」

 少し苛立ったように、メキアに問いただしたリナに対して、彼は慌てたように声を出した。

『ああ、すみません。そのメイド服のカラクリがおっしゃるように、彼女を倒して力を示してください』

「容赦なくやっちゃっていいの?」

 あっさり倒していいとの許可が出たことに、俺も驚いたがリナも驚いたようで重ねるように問いかける。

『ええ、そのために作られているので耐久性は高いようですから。何より、倒さなければ先に進むこともかなわないのでやむ得ないでしょう』

「じゃあ、ドラスレ撃った方が手っ取り早いじゃない」

『いやいや、戦闘が始まった時点で魔法衝撃を緩和する結界が張られているとはいえ、どれぐらい魔法衝撃を吸収するのかわかりませんし――なにより、ガウリィさんも巻き込んじゃいますよ!』

 うん、メキアの言葉ではないがドラスレで俺を巻き込むのは本気でやめてほしい。
 爆炎舞ぐらいならば別にダメージもさほどじゃないのでいいのだが、竜破斬までいくと下手すれば骨まで灰にされてしまう。

「うーん、確かに狭い場所で活用できるような魔法ではないか。しょうがない、補助魔法で我慢しとくわ」

 俺が巻き込まれる点についての言及が一切ないところは、さすがリナである。

「ともかく、ガウリィ! 叩きのめすわよ」

「わかった」

 リナの指示が来たところで、今まで受け流したり避けていたメイド服の女性――面倒だから人形でいいか――を倒すために動きを転じる。
 わざと刃で受け止め、彼女の剣をはじくとバックに下がり間を取った。
 そうしながら、人形が体勢を整えると同時に足を踏み込み素早く間を詰める。
 もちろん、体勢は整えられているので人形は俺の斬撃を受け止めるが、こちらに攻める主導権が握られているのでそのまま更に強く踏み込み下から薙ぎ払うように剣を振るった。
 人形は鍔で受け止めようとするがさすがに力が入っていなかったのか、剣は勢いよくはじかれ両腕が万歳の形になって無防備な状態になる。
 無論、その隙を見逃すわけがなく、俺は払う形になったままの腕を横に引く動きで人形の胴を切った。
 切れ味が鈍くなる術がかけられているとはいえ、なんでも切り裂いてしまう斬妖剣である。
 普通の人間であれば、上半身と下半身がおさらばしていてもおかしくはない。
 だがしかし、人形は咄嗟に足を後ろへ動かすことで致命傷を避けたようで、メイド服と胴体は切れたようだったが二つに分裂するようなことはなかった。
 さすがに分が悪いと思ったようで、そのまま後ろへと下がる。
 切り裂かれた胴体からは、普通の人間であれば臓物もしくは最低でも鮮血があふれ出ていなくてはおかしいのだが、彼女からあふれ出たものは鮮血ではなく薄い茶色のさらりとした液体と数本の断裂した細い線であった。
 それが、見た目は人なのに人でないと確定させるには十分で。
 人形はなめらかなのに光を吸収するような黒い瞳で裂かれた胴体を一瞥すると、まったく表情を変えることなく飛び出したものを抑えるように左手で胴体を押さえながら右手で剣を俺に向けて、足を踏み入れる――。

炎の矢フレア・アロー!」

 後ろから声が響くとともに、俺の横を炎の矢が何十本と横切り人形へと着弾する。
 最後の炎の矢が俺の横を駆け抜けると同時に足を踏み込み瞬発的に間を詰めると、着弾しはじけ飛んだ煙で見えず動けぬ人形の首元へ刃先を突きつけた。

「――まだ、倒したことにはならないか?」

 人形は致命的な状況だというのに、それでもまだ表情一つ変えることなく光をつぶした黒い瞳でじっと俺を見て、そうしてくるりと瞳を俺の後ろ――リナへ向けた。
 からん、と剣が落ちる音が響く。

「力量は示され、王へ続く道を上るに値すると判断した。――これにて力量試験を終了とする」

 透明な声で震わせた音は、戦闘終了を告げるものだ。
 それでもリナの言葉なく剣を引くのもためらわれ、俺はじっとなめらかな光のない瞳を見る。

「――ガウリィ、いいわ」

 リナの判断が響く。
 俺は剣を人形に向けたまま、静かに後ろへと下がった。
 人形は切り裂かれたお腹を抱えたまま、真っ直ぐ俺たちを見つつゆっくりとしゃがむと剣を持つ。
 警戒を強め足を踏み込めると、しかし人形は殺気も戦闘する意力も見せずお腹を押さえていた左手に剣を持つと右手を広げ、ぱかりと右手のふたを開けるとその中に剣をすっと入れた。
 その動作に警戒することはないと判断し、俺も斬妖剣を鞘へ納める。
 人形はその動作を見届けると、俺たちに一礼をし彼女が出てきた壁の内側へと歩いていく。

「待って! アンタに聞きたいことが――」

 後ろから響くリナの言葉に、壁の内側まで歩いた人形は反応を見せくるりと振り向く。
 そこで初めて、人形はまるで微笑むかのように目を細めた。

「知らぬならば王に近づく権利はなく、王に近づけるのならば私が答えを知っていることはない」

 そうして、人形が指をパチンと鳴らすと彼女が出てきたときのように壁がスライドし、まるで何もなかったかのように元通りの壁になった。
 見届けてからリナを見ると、疲れたように溜息をつく。

「どうやら、ただひたすら上らなきゃいけないようね」

 まだ続くようだ。



      >>20120219 斬妖剣を妖斬剣だといつから勘違いしていたんだい、自分m9(^Д^)



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