そうしてまた刻は交わる。
突然の暗闇が視界を包み全ての感覚が消えてなくなった――とゼルガディスが思った次の瞬間には青空が広く遠く感じる丘の上に立っていた。眼下に見えるのは六芒星という特殊な形をした町並みだった。
はっと六芒星の街を見ていたゼルガディスは思い出したように自身の手を確認するように見た。
旅の成果は変わらず其処に存在していた。
「では、僕はこれで。さっさと仕事を片づけなくてはいけないので」
にこりと底の読めない笑顔を浮かべた獣神官は次の瞬間には消えていた。
しがない中間管理職というのは大変なものだ、とゼルガディスは思った。一時は赤法師の下、先ほどの獣神官のようにこき使われたこともあったが、基本的には定職につかず長い旅暮らしを余儀なくされていたゼルガディスにとって永久に近い時間を上司の指示の元右往左往するゼロスの仕事ぶりというものはとても大変そうに映る。無論、興味のない仕事をしている時のみではあったが。
ともかく、ゼルガディスは眼下に広がる六芒星の街に降りることにした。
風に遊ばれる髪の感覚に目を細めながら。
セイルーン聖王国は常に活気付いている。
それはその風土によるものか今実質権限を持っているおうぢ様が酷く豪快な人物であるが故か。この土地の者ではないゼルガディスにはその辺りはよく分からなかったし、一度来たときも事件にかかわっていたので短い期間しかこの城下町を見ることが出来なかったのだが、それでも人々は他の街と比べても元気でとても明るかった。
そして、今もそうだ。人々は街中を往来していたし店や広場はいつもと変わりなく人々の訪れを歓迎していた。
まるで第二王女が暗殺されそうになっているなどと何一つ分かっていないような雰囲気だ。もっとも、そんな暗い話題を豪傑なおうぢ様と元気はつらつな王女様が早々国民に知らせることはないだろうが。
しかし、ゼルガディスが耳を済ませてみると少しばかりの変化が耳に入ってきた。
曰くいつも時間の変動はあるものの必ず正義を語りに来ていた第二王女が街へ下りてこなくなった。
曰く見回りをする兵士がやけに増えた。
それに伴う憶測もまた噂として耳に入ってきたが、情報の統括をするとこの二つが事実として挙げられるだろう。
ゼルガディスはなるほど、ゼロスもあながち嘘をついているわけではないらしい。と結論を出した。
怪しい人を探すには兵士を増強するのが一番だろうし、暗殺を防ぐのなら狙われている第二王女を守れないような場所に出さなければいい。街中で起こる変化としてはこの辺が妥当なのだろう。
足を進め情報を耳に入れながら整理しているうちに、壮大なセイルーン城が目の前に聳え立っていた。
それを見た瞬間、ゼルガディスは足を硬直させた。
獣神官の思惑に乗った形で此処まで来たものの、肝心の第二王女――昔仲間だったアメリア――が三年という月日を経た今、歓迎してくれるかどうか分からなかったからだ。
ただの仲間同士ならば、気のいい彼女のことだ。きっとゼルガディスを歓迎するだろう。
しかし、ゼルガディスとアメリアはその当時仲間ではあったが、しかし他の二人もしくは三人より感情としてかなり危ういものを孕んでいた。それはもしくは恋に踏み出す一歩手前の――もしくは恋と読んで良かったのかもしれないそんな感情を二人は持っていた。
だからこそ、ゼルガディスは足を竦ませた。
三年という月日は彼女の立場からすれば長いものだ。既に結婚してもおかしくない年齢に達している(それでも王女という立場を考慮すれば遅すぎるものだが)。そして、心動かすことを容易くする月日でもある。
そして、心変わりをすればするほど今バッグの中に入っている水筒に掛けてあるアミュレットは未練がましいものだし、ゼルガディスという過去の存在は彼女にとってまたやっかいなものであるかもしれない。
けれども、ゼルガディスはふるりと頭を振って思いなおした。
あくまで来たのは、獣神官の思惑である。
もし彼女が不愉快な表情を浮かべたりそのような仕草をとったりしたら、いつもの冷ややかな表情でそう言い放てばいいと。
それは間違っていないのだから。
ともかくゼルガディスは足を進めた。
門の前に立つ兵の前へと。
「おい、お前。そこでなにをしている」
薄汚れたマントを羽織っているゼルガディスの姿は到底正規の事情で城に用のあるものとは思えない。門番は睨みつけるように目を鋭くさせ、威嚇するような低い声で問うた。
しかし、ゼルガディスはそんなことなど意図もしていないようにまるで表情を変えず言った。
「アメリアを呼んでほしい。昔の仲間が来たと言えばわかる」
「お、王女様のことをそんな風に呼ぶなんて――」
門番はよほど王家に陶酔しているのかそれともアメリア自身が好きなのか、もしくはこの国全体があのどこかぶっ飛んでいる親子を好ましく思っているのかゼルガディスには察することが出来なかったが、ともかくゼルガディスの発言に対して怒ったように眉を吊り上げて声を荒げた。
しかし、ゼルガディスは冷ややかな蒼い目で門番を見据えた。
彼は冷たすぎる印象与えるその三白眼に睨みつけられぐっと声を喉の奥に押しとどめると、別の兵にくいっと手を上げて指示を出した。すると、兵は少し戸惑ったようにゼルガディスと門番を交互に見たが、城の奥へと走り出した。
門番はなおもゼルガディスを睨む。
どこか圧倒されながら睨み続ける門番を冷ややかな目で見ていたゼルガディスは、彼が生真面目でセイルーン王家をもしくはセイルーンを愛している人なのだろうなと好ましい感情を覚えた。
まったく、正反対の感情を覚えていた二人の睨みあいは直ぐに終わった。
なぜならば、こちらに向かって走っているどたどたという騒がしい音が聞こえてきたからだ。
ついでに「危ないですわ、アメリア様っ」とか「せめて歩いてくださいませ、アメリア様!」などという城内に勤めている人々の声が聞こえてくるので、直ぐに彼女がこちらに来ていると分かったからだ。
騒がしいところは大して変わっていないらしい、とゼルガディスは思わず口角を緩めた。
「リナさんっ、そんな身体で――」
門が緩やかに開き、極悪魔道士とクラゲ頭剣士が来たものと思い込んでいたらしく同時に発せられた言葉は来客が別人だったことで続かず消えてなくなった。
首元が覆い隠された上品なピンク色のドレスを身に纏ったアメリアは深い藍色の目を見開き、彼女の元を訪れた人物が彼であったことに酷く驚いていることを示していた。もしくは彼の姿に驚いていたのかもしれないが。
ゼルガディスもまた、三年という月日を経て少女のフォルムから女性のしなやかな肢体へと変化し、そして顔つきも真っ直ぐに前を見て動ずることもなく意見を発せられる大人へと変化したことに驚いてはいたものの、クールを装っている彼の性格からそれほど表情が変化することはなかった。もしくはそれは敵と遭遇することが多い職業故の弊害だったのかもしれない。
「――ゼルガディスさんっ?」
「リナと旦那でなくてすまなかったな」
ふっと表情を緩ませ憎まれ口を叩いたゼルガディスに対し、しかしアメリアはいいえと小さく否定するだけにとどまった。
何故なら、彼女の目からぽろりと一粒涙がこぼれ落ちたから。
「来るんなら、連絡ぐらいしてくれたっていいじゃないですか」
「俺も連絡ぐらいしたかったんだが、遥か遠くの砂漠から此処に突然連れてこられたんでな」
連絡の一つもよこせなかった、と不服そうに言葉を続けたゼルガディスにアメリアはふっと笑みを作った。
ぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちているというのにその笑顔はとても鮮やかに優しく。
その笑顔は巫女姫という名称が似合うものだった。
「ゼルガディスさん、身体戻ったんですねっ」
フードから太陽の下へとさらされたゼルガディスの肌は硬く冷ややかな岩のそれではなく、人間の柔らかな肌だった。髪も銀色ではあったが硬質な鋼ではなく、さらさらと流れるたんぱく質である。
まるで自分のことのように跳ねるような口調で言ったアメリアに、ゼルガディスはふっと目元を嬉しそうに緩めた。
「まぁ、完璧ではないが肉体の構造は人間そのものに戻れた」
恐らく
合成獣
(
キメラ
)
の後遺症なのだろう、銀色の髪と青い瞳そして少し色素の薄い肌はゼルガディスが合成獣となる前はまったく違ったものであったが、しかしゼルガディスはそれを許容しているようだった。
人間に戻ることさえほぼ不可能だと思われていたのだ。それを覆されたのだからゼルガディスにとって色素が違うことなど些細なことだったのだろう。
「よかったですね!――あと、セイルーンまでわざわざ来てくださって有り難うございますっ」
アメリアは約束が果たされたことで喜ぶ子供のように嬉しそうに声を弾ませ、ぐっとピンヒールに力を入れるとゼルガディスに勢いよく抱きついた。
柔らかく温かな体温はお互いが平等に感じれるもので。
ゼルガディスは身体で感じる彼女の体温に酷く驚いたが、かすかに汚れてしまった白い旅服が濡れていることを感じるとふっと目を細め、戸惑いながらもその肩に手を伸ばした。
彼女がゼルガディスの隣にいたのは三年も前のことで、体温も体を大きさも忘れてしまってもおかしくないというのに小さな身体はまるでそんな年月などなかったかのようにすっぽりと彼の腕の中に納まった。
しかし、それはほんのわずかな時間の出来事で公衆の面前だったことに気がつくのは二人同時だった。
ぱっと身体を離した二人は、どちらもほんのり顔を赤くしていた。
「と、とりあえず中に入ってください。ゼルガディスさんも旅でお疲れでしょうし」
「あ、ああ……そうだな」
二人は照れ隠しのように言葉を進めて、とりあえず城内に入ることになった。
>>20060705
ルビ(IE限定)ふってみましたが如何なものでしょう?
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