そうしてまた刻は交わる。




「おお、ゼルガディス殿!久しぶりですなぁ。随分と変わられて」

 アメリアに案内されるまま城内のとある一室に入ると、豪快な笑みを浮かべた彼女の父親でセイルーン聖王国おうぢフィリオネルがゼルガディスを出迎えた。

「フィルさんは変わってないようだな」

 ゼルガディスの口調はどこか呆れたようなものだったが、口元が綻び緩やかな笑みを作り上げているその表情はフィリオネルが変わっていないことを歓迎しているようでもあった。
 合成獣から人間へと戻ったことに対し「随分と変わられて」などと簡単な言葉で済ませてしまえるフィリオネルにゼルガディスは好感を持ったのだろう。それは自分には持っていないことに対してだったのか、それとも単純に中身を見てくれていることに対してだったのかは分からないが。
 ともかく、フィリオネルは椅子にかけることを促しアメリアとゼルガディスはそれに従った。
 フィリオネルのいた部屋というのはどうやら応接間だったらしく、高級そうな革張りのソファとそれにあわせた低めのテーブル、そして長い毛の灰色のじゅうたんはいかにもな雰囲気である。
 上座に座ったフィリオネルと肘掛で真ん中を分断されたソファに座ったアメリアとゼルガディスは穏やかな雰囲気で雑談を始めることはなく、仏頂面で話を切り出したのは言わずもがなゼルガディスだった。

「率直に言うが、俺が来たのはアメリアを暗殺している黒幕をぶちのめすためだ」

 その言葉に驚かされたのはフィリオネルとアメリアだった。

「……知っていたんですか?」

 どこか寂しげに呟くアメリアの胸に去来したのはただ自分へ会いに来てくれたわけではない、という空しさだったのだろうか?
 しかしゼルガディスは彼女のそんな情緒などまったく理解できないようで、少しばかり眉を顰めて隣に座るアメリアを見た。

「知らされた、というべきかな。ゼロスに聞いた。しかも犯人の裏にはガーヴ派の純魔族がいるらしいことも、な」

「それはまことか!?ゼルガディス殿!」

 フィリオネルはがたっと思わず立ち上がっていた。
 恐らく、そこまでの情報が入っていなかったのだろう。歪んでしまった(だろう)とはいえ純魔族を見分けるのは至難の業である。彼らは人間の擬態を巧く取ることに長けている。それは強ければ強いほど人間の形を完璧に取ることができるからである。もっとも純魔族とはいえ下部の位置に相当するものはどこらかに人間としてはおかしい変異が見受けられるが。

「たぶん本当だろう。あいつがなんの利益もなしに俺を此処に連れてくることはありえない。……からかいたい、という線も消えたことだしな」

 アメリアとフィリオネルがそれを認めた時点でと言外に含めたゼルガディスはふぅとため息を吐いた。
 がたりとまた椅子に座ったフィリオネルは参ったと言いたげな困惑したような表情でぽつりと呟いた。

「そうか……」

「フィルさん、実際はどういう状況なんだ?あいつからはくわしい話を聞かなかったのでな」

 ゼルガディスが問うとフィリオネルは少しばかり困ったような表情を変えることなく説明をした。
 曰く、暗殺事件は二度あったらしい。
 一度目は城のテラスで夜の九時頃にアメリアが一人でお茶を飲んでいたときだった。
 のんびりと夜空を眺めながら紅茶を飲もうとカップを持ち上げ、しかし第六感とでも言うのか何故だかイヤな予感がしたアメリアは紅茶に口をつけずに立ち上がった。
 刹那、鋭い風の流れを感じ頬が薄く切れ血を流していた。
 後に紅茶を調べてみると毒物反応があった。
 二度目は同盟国へ向かう途中だった。
 先の事件が毒物反応があったこともあり、第二王女を暗殺しようとしているのではないかとの憶測があったこともあり前後に護衛兵を見せ付けるため大量に配置してあり、馬車で移動していた。
 本来ならば少しでも危ない事件があった時点で外交などにその人物が行くことを自粛するものなのだが、そこはあのアメリアである。反対する家臣の言葉を「正義のため!」と軽くスルーして外交へ行くことにしたらしい。白魔法の大国なのに攻撃力の高い黒魔法を覚えていたアメリアである、自身の腕にも自信があったのだろう。
 ともかく、アメリアは馬車で移動していた。
 すると呪文で発生したらしき爆発音が聞こえ、アメリアは慌てて馬車から飛び出した。
 目に映ったのは血を流し倒れている護衛兵たちの姿。
 それに驚き駆け寄り白魔術をかけようと動き出す刹那、混沌の言語カオス・ワードらしき言葉が聞こえてきたため咄嗟にアメリアは防御壁を張り巡らせた。それゆえ二度目の爆発に堪えることが出来たが、その後風を切る鋭い音がアメリアの耳に入り今度は首の辺りが薄く切れていた。

「それがそのときの傷です」

 首もとの布をくいっと引くとすぅっと赤く一本の線をゼルガディスは見ることが出来た。
 それは確かに悪意のある傷なのだとゼルガディスは認識し、そして尚且つ暗殺事件に対する実感と彼女を傷つけようとする人物に対するほのかな怒りを持った。もっともそれが仲間を傷つけられたことに対するものか大切な人を傷つけられたことに対するものかは、ゼルガディスの心中を推し量るしか出来ないが。

「それで、犯人の目星はついているのか?」

 ゼルガディスが問うとフィリオネルは酷く情けないような顔をしてため息をついた。

「まだなのだよ。犯人の襲撃はそれだけだし……それに敵が多すぎる」

 確かにアメリアを狙ったという部分においてだけならば動機を持つものは多いだろう。何しろ大国セイルーンの第二王女なのだ。政権を狙うにしろ、国を乗っ取るにしろ邪魔な要素は一つでも排除しておくことに越したことはない。
 しかし、見えぬカードは一つひっくり返された。
 敵には純魔族がかかわっているという重要なキーワードが。

「第一の事件時にアメリアが飲んでいた紅茶に入っていた毒はどれから検出されたんだ?」

 まずは見えるヒントから手探りを入れる。
 そのあたりの調べはやはり行われているらしくフィリオネルは迷うことなく問いに答えた。

「ティーポットに入った水からだ。水には毒が含まれていたが水を入れておいたティーポットやガラスの瓶には毒物の検出はなかったのでな。そして、その日アメリアに渡した水に触れたのはメイドのシンシアと給仕係のガライだと分かっている」

「では、その二人にしか毒を入れることができないと?」

「いや、そなたも知っておる通りこの城には数十人の人が常に居り、ふとした瞬間に毒を入れることなど誰でも可能だろう。しかし、水を汲みガラスに入れたのはガライであるし、その後シンシアはすぐにガライから水をもらい紅茶の葉と共にアメリアの居るバルコニーに持っていったと発言している」

 つまり、ガラスの瓶からポットに水を入れお湯にしたのはアメリア自身なのだろう。
 そして本当にその隙がなかったとすれば、ガラスの瓶の中にある水はガライとシンシアという人物しか弄ることができない。もっとも、人間の隙をつくことなど魔族には容易いので彼らを犯人と決め付けるには少々早すぎるが。

「その二人に魔法の経験は?」

 第二の事件を考えれば魔法使用の有無は聞いておいたほうがいいだろう。
 それもまた信用するには詐称することが出来るので少々心もとないものであったが、参考にはなる。

「シンシアは治癒ぐらいなら使えるらしいが、ガライはそうゆうものに縁がないらしい。しかし……」

「魔族が絡んでいるとなると別か」

「そうゆうことだ」

 魔族であっても魔族の力を引き出し行使する黒魔法ではなく、あくまで精霊に頼っている精霊魔法であれば魔法を行使することは出来る。もっとも精霊魔法で爆発といえばとんでもなく強く現代では幻の魔法となってしまっているものか、あるいは攻撃力には少々欠けるものしかないのだが、それはあくまで対魔族を想定した話だ。人間相手であれば十分強い魔法など結構ある。
 一時は災厄が向こうからやってくるリナ=インバースが仲間だったためゼルガディスもアメリアも一時は非常に強い魔法しか使っていなかったが、対人間を考えれば別に竜破斬ドラグ・スレイブ崩霊裂ラ・ティルトを唱える必要などこれっぽっちもないのである。あな恐ろしや、リナ=インバース。
 ともかく、推理するには様々な条件が予想されるのでリナ=インバース並にどつき倒して終わりにしたいとゼルガディスはなんとなく思ったがそれは出来ない(してもゼルガディスは構わないのだが横にいる英雄伝承歌ヒロイック・サーガヲタクにどつき倒されるのがオチだろう)。
 ふと、そういえばとゼルガディスは些細な疑問をフィリオネルに聞いた。

「……フィルさんは狙われていないのか?」

 しかし、フィリオネルはその問いに首を振って否定した。
 その答えにゼルガディスは思わず眉を顰めた。
 なぜならば、もしセイルーン王家の乗っ取りや崩壊を企むとすれば第一後継者であるフィリオネルを狙うのが妥当なのである。実際フィリオネルが狙われた事件にゼルガディスも居合わせたことがあった。
 だからこそ、相手側の意図が分からずゼルガディスは訝しげな顔をしたのである。

「第二の事件の時、二人は?」

「どちらも城の中で勤務をしていた。だが犯行前後の約三十分間、二人の姿を見たものはいない」

 其処まで調べてあるのは第一の事件のときに一番疑わしい人物であったからだろう。しかし、三十分程度で移動できる場所でなければ基本的には彼らのどちらかを犯人とするのは難しいであろう。

「そのときのアメリアの位置は?」

「セイルーン領地外に出ようとしていたあたりにおった。そうじゃな?アメリア」

「ええ。でも、あの位置は普通の人は三十分以内に行き交うことはできません」

 確かに普通の人ではな、とゼルガディスは鼻で笑った。
 今回提示された魔族がかかわっているという点において、既に犯人は普通の人ではないのだ。魔族が第二の事件を起こしてもよいし、犯人を直ぐに移動させることは可能だ。それは先ほどゼルガディスが体験してきたばかりである。

「ま、とりあえず怪しいのはその二人ということか。もちろん、見張らせているのだろう?」

「信じたくはないが、……一応な」

 少しばかり気落ちした表情で頷いたフィリオネルに対し、ゼルガディスはふっと口角を緩めた。

「では、とりあえず待つだけか。俺が来て焦るかもしれんしな」

「どうゆうことですか?」

 アメリアは不思議そうにゼルガディスを見た。
 ゼルガディスはそれに対し口元を緩めたまま答えた。

「推理が当たっていたら教える」

「なんですかぁ、それ」

 ぶぅとアメリアは頬を膨らませゼルガディスの言葉に不服そうな表情をしたが、それに対し彼は焦ることも慌てることもなくただ懐かしいものを見たといわんばかりに目を細めた。



      >>20060705 不備の多さに疲れた……思いつきで行動するもんじゃあないね。



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