そうしてまた刻は交わる。




 宿屋に泊まる、と城を出ようとしたゼルガディスをアメリアはもちろんフィリオネルも一緒になり必死で説得し、諦めの境地で泊まる事を了承した彼は夕食の後なぜかアメリアの部屋にいた。
 それはまだまだ話し足りないので!というアメリアに押し切られたせいなのだが、よくよく考えれば押し切られたという些細なことごときで彼女の評判が悪くなるのは拙かったのではないか、と彼女の部屋に設置してあるテーブルの椅子に座りながら思った。
 夕食時に聞いた話によるとアメリアは未だ独身らしかった。独身女性――しかも適齢期である――の部屋に入るというのは関係を誤解されてもしょうがない。
 明日には恐らく城中にアメリアの部屋に男性が入っていったなどという話が尾ひれの一つや二つぐらいついて飛び交うのではないだろうか。
 ゼルガディスはため息をついた。

「いつも、こんな感じだったな……」

 呟いた言葉はアメリアの耳まで入っていかなかったようだった。
 彼女はどこか楽しげにティーポットからティーカップに紅茶を注いでゼルガディスに渡した。

「はい、紅茶です。此処のアップルティは美味しいですよ♪」

 にこりと微笑む彼女が口をつけるよりも先にゼルガディスは美味しいという紅茶を飲んだ。それは第一の事件のことも考慮して毒見という意識のほうが強かったのだけれど。
 しかし毒が入っているようでもなく、ほっとしながらアメリアが紅茶を美味しそうに飲む姿を眺めていた。
 紅茶を飲んだ後、アメリアはゼルガディスの顔を見てにこりと嬉しそうに微笑んだ。

「リナさんが妊娠したって聞きました?」

 一番最初に出た話題は以前共に旅をしていた仲間のことだった。

「ああ、此処に来る前にゼロスにな」

「そうなんですかぁ。じゃあ、フィリアさんが卵を生んだってのは?」

 驚かせようとしたのかアメリアは少しだけ残念な表情を浮かべたのだが、直ぐに気を取り直して一時仲間だった黄金竜について聞いた。
 ゼルガディスはさすがにその情報までは知らず、のんびりと飲んでいた紅茶を思わずぶっと噴き出すというちょっと汚い真似をしてしまっていた。
 フィリア=ウル=コプトはリナ=インバースが(間接的に)滅ぼした赤眼の魔王の腹心が貼っていた結界外で暮らしていた、火竜王一族最後の生き残りである。以前異界の魔王が召喚されるという事態に見舞われたとき共に行動したのだが、火竜王の神殿で巫女として正しく清らかに暮らしていたらしい彼女は、恋とか愛とか以前に性別を意識して相手を見るようなことがなかったようにゼルガディスは思っていた。
 恋愛結婚出産という過程をすっ飛ばしてヴァルという小さな命を育てることになったとき、ゼルガディスは密かにそれが似合っていると思ったのだ。どこかの宗教においての神であるキリストという男を産んだマリアは性交をしていなかったにも拘らず子を腹に含んだという。何者かも分からぬ子供を自身のことして育むことのできたマリアは正に穢れを知らぬ巫女である。そして、フィリアはその要素が強いと思っていたのだ。
 だからこそ、誰かと恋愛をして結果子供を孕み卵を生んだという事実が信じがたかった。

「あーっ、その目信じていないですね!仲間を信じられないなんて悪です、悪!」

 ぷぅっと頬を膨らませる仕草があまりにもアメリアらしいのでゼルガディスは思わず頬を緩ませていた。もっともそれは口に手を当てていたのでアメリアに気付かれることはなかったが。

「すまない。……で、相手は誰なんだ?」

 もっとも知らない人物である確率のほうが高いだろうが、とゼルガディスは心内で思っていたのだが。

「びっくりしないでくださいよぉ……な、なんとゼロスさんなんです!」

 予想だにもしない相手の名前が飛び出してきて思わずあんぐりと口を開いていた。
 魔族のゼロスと黄金竜のフィリアは片や世界を滅ぼそうとし片や世界を守るという使命を魂に刻まれたまったく正反対の――寧ろ敵対するべき種族だった。
 特にゼロスは降魔戦争時黄金竜黒竜一派を信じられないことに一人で滅亡寸前までに追いやった魔族であり、黄金竜で火竜王神殿の巫女であったフィリアにとっては完全なる憎むべき相手だったはずだ。
 ありえない、とゼルガディスは思った。
 しかし、ありえない事態は事実として存在していたらしい。この目で見ないと真実だと実感できそうにもなかったが。

「びっくりでしょ?相いれないあの二人が、ですよ」

「ほ、本当にな……。一体どこがどうなればそうゆう結果になるんだか……」

 思わず頭を抱えてしまったのはしようのないことである。
 三年という月日はそんなにも立ち位置を変えるものなのだろうか、とゼルガディスは思った。

「あっ!そういえば、なんでリナさん達の結婚式来てくれなかったんですかぁ。セイルーン総出で盛大に結婚式したんですよぉ」

 言おうと思っていたのだろう。アメリアは口を尖らせてそっけないゼルガディスを責めた。
 一緒にいるのがぴったりと合っていたリナとその旦那のガウリィは一生一緒にいるだろう、と二人を知っている人ならばきっと誰でも思っていたのだが、リナは照れ屋で恋愛方面では奥手のようだったし、ガウリィにいたっては何を考えているのかいまいち読めなかったので、いつふっつくのだろうと思っていたので結婚の案内状が届いたときには(しかもリターンアドレスがセイルーン城になっていた)やっとか、とゼルガディスでも思ったほどだ。
 特に正義の仲良し四人組などと名称付けたアメリアにとって、ゼルガディスが祝いに来ることは当たり前というか決定事項だったのだろう。
 だからこそ、少しばかりゼルガディスを責めるのだ。
 ゼルガディスもそれが分かっていたので、はぁとため息を吐いた。

「セイルーンに行けない距離にいたんだ。一応電報は送ったんだしな」

「けど、おめでとうしか書いてなかったじゃないですか!」

「でも、ゼルらしいって言ってただろ?」

 ぷんすか怒るアメリアに、ゼルガディスは当の本人達が発したであろう言葉を言うと、ぐぅっと押し黙った。
 おめでとうしか書いていない電報でもらしいと言わせるそっけなさがゼルガディスにはあった。まぁ、面と向かって褒める等々の行為を持つ言葉を発することが苦手なゼルガディスだからこその納得のされかただが。

「まぁ、私もそう思いましたけど……。そうだ、この事件終わったら一緒にゼフィーリアに行きませんか?二人ともびっくりしますよ。それとも、ゼルガディスさんなんか行かなきゃいけないとことかあるんですか?」

 どうやら、リナ達の話をしていて思いついたようだった。
 ゼルガディスの真意を探るようにじぃっと顔を見つめるアメリアに、ゼルガディスはいつもどおりの仏頂面で答えた。

「いや――今のところはセイルーンを拠点にして旅をしようと思っていたから、かまわないが……」

 その言葉にアメリアの顔はぱああっと一気に明るくなる。
 もっとも表情が明るくなったのはゼフィーリアに行くことを了承してくれたからか、それともセイルーンを拠点にという言葉に反応したからかは分からなかったが。

「本当ですかっ?ゼルガディスさん」

 再度確認を取るアメリアに、ふっとゼルガディスは表情を緩めた。それはゼルガディスなりの安心させるための笑みだったのかもしれない。もっともかなり分かりづらいが。

「ああ……。しかしアンタの仕事は大丈夫なのか?」

「ええ。父さんもいることですし、今まではきちんとしていたので多少息抜きしても大丈夫です!」

 ぐっと親指を突き立てて大丈夫だ!と全身で表しているアメリアに、思わず苦笑していた。
 それは少しでも自分を優先してくれるアメリアに対しての表情だった。セイルーン王女がそれでいいのか、というのと嬉しいという気持ちを含めたような。

「じゃあゼルガディスさん、約束ですよ」

「ああ」

 確約の返事を貰うとアメリアは楽しそうに別の話を切り出した。
 その後も主にゼルガディスが聞き手となり夜更けまで二人の会話が止むことはなかった。



      >>20060705 文章量が増えましたので分割。



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