そうしてまた刻は交わる。
翌朝からゼルガディスはアメリアの護衛につくことになった。ゼルガディスが急遽帰ってくることになった理由はそれだったし、アメリアもフィリオネルも強くそれを願っていた(アメリアの場合は一緒にいたいという別目的もあったかもしれないが)。
無論、以前(リナ達と一緒だが)事件を解決してもらったことがあるとはいえ突然現れたゼルガディスは不審者に分類される(というか不審者に分類されなければよっぽど危機管理能力が足りないと思われる)わけで、城の中枢を担う重臣達はこぞって反対したのだが、フィリオネルとアメリアがその身分を保証し無理やり護衛につけた。
「本当にいいのか、アメリア。前よりは不審人物じゃないが、今この時点で来るのは十分不審人物だ。あいつらが反対するのも分かる」
前より……というのは自身が合成獣であった頃を指しているのだろう。
確かに
岩人形
(
ロック・ゴーレム
)
と
邪妖精
(
ブロウ・デーモン
)
の混じり物であったゼルガディスは岩肌に針金の髪と(ごく一部を除いて)人に畏怖を覚えさせるような姿をしていた。
既に事態は解決したのに引き合いに出すのは意外と彼の心の中に合成獣であった頃の傷が深く残っている所為なのかもしれない。
と、余談はさておき、ゼルガディスはアメリアの仕事場である一室の隅に剣を携え壁に寄りかかっていた。部屋への入り口の右端である。アメリアは入り口直線状奥のディスクに窓を背にして座っている。
アメリアは書類に目を通しながら判を押していたのだが、ゼルガディスの言葉に顔を上げた。
「いいんです。ゼルガディスさんの人となりは私と父さんが認めているんですから。第一反対するなら昨日の夜にするべきです」
アメリアの言葉に揺らぎはなかった。
確かにゼルガディスを不審人物と決め付けたのならば、セイルーン城に入れてはいけなかった。入れる前に取調べやら何やらをすべきではなかったのだろうか(もっともそれを許すような親子ではないが)。
「それより、ソファに座ってください」
「いや、此処でいい」
少し困ったように促したアメリアにしかし応と答えることはなかった。
しかしいつもならしつこいぐらいに促すアメリアは、困った表情をきりっと真剣なものに返ると書類に視線を落とした。張り切って書類を片付けていく姿はよく城下町に抜け出し正義を説くアメリアにはあまり見られないものだ。書類処理よりも身体を動かす作業のほうが好きだというのもあるのだろう、サボることはなかったがこんなにも作業効率が上がることはなかった。
次の日には重臣から「ようやく姫様にも一国の王女としての責が生まれたか」と安堵の声が漏れたが、実際のところは昨日ゼフィーリアに行くとゼルガディスと約束したのでそれに対して文句を言わせないために作業効率を上げているだけだった。まったく重臣泣かせである。
目を閉じ静かに壁に寄りかかるゼルガディスと職務に専念するアメリアはこの後一時間ほど会話もなかったのだが、こんこんとドアを叩く音にアメリアは顔を上げゼルガディスは柄に手を掛けた。
どうぞ、と促したアメリアの言葉に扉を開け入ってきたのは、妙齢の女性だった。
セイルーン城の侍女が見につけているメイド服を身に纏い、黒く長い髪を頭の上に一くくりにしてまとめてある。戸惑っているのか下のほうに視線を這わせるその姿は彼女の性格が控えめなのだろうな、と思わせる。
けれど、ゼルガディスは警戒を更に強くした。
なぜならば彼女こそが先の事件で不可解な位置にいた一人――シンシアだったのだから。
「姫様もうそろそろお昼ですが、如何いたしましょう?」
ゼルガディスがじろりと睨むとシンシアはびくっと身体を震わせたが、しかし仕事だと思っているのか逃げることはなかった。
アメリアは判を机の上に落とすとゼルガディスににこりと微笑んで言った。
「今日は中庭で食べましょ?ね、ゼルガディスさん」
「……アンタ、自分が狙われていること忘れてるだろ」
まるで緊張感のない提案に呆れた顔でゼルガディスは呟いた。
中庭など誰から狙われてもおかしくない。まだ城の中というところが救いかもしれないが、それにしたって建物の中よりは遥かに危険だろう。
しかし、そんな呆れているゼルガディスにアメリアは笑って一蹴した。
「もちろん覚えていますよ。でもゼルガディスさんもいますし、正義は勝つんです!」
根拠のない自信を言い放ち、立ち上がると天井に向けて人差し指を差すアメリアの行動にゼルガディスのため息は深くなった。
まるで変わっていないところに内心では微笑ましくも思っていたのだが、それよりも呆れのほうがゼルガディスの中では大きい。それは二人の性格の差もあるのだろう。
満足したのか座ったアメリアはシンシアに向かってにこりと微笑んだ。
「ということでシンシア、二人分の外で食べれるようなものを用意してください」
「はい、わかりました」
シンシアは控えめに頷くと、大きな音も立てず静かにドアを開け卑屈すぎない自然の角度の礼をするし、退出した。
それを見届けるとアメリアは息を抜くように大きく伸びた。
「うーん、一休みですね」
「アメリア、アンタはいつもこんなに仕事してるのか?」
単純な疑問だった。
ゼルガディスに悪意があったわけではなく、仲良し四人組として旅をしていたときには想像できなかった姿だったからである。正義を主張する姿は印象が強いが、細かい事務処理をこなすイメージはない。
その言葉を聞いたアメリアは不機嫌そうに口を尖らせた。
「それってゼルガディスさんのイメージでは全然仕事していないことになるじゃないですか!」
言われてゼルガディスはうっと唸った。
確かにその通りであり、完全にゼルガディスの失言だった。
「違う。あれだけ俺達と放浪の旅をしていたのだから、城内で机に縛り付けになってアメリアは満足していないだろうな、と思っただけだ」
「うっ……。そりゃあそうですけれど……」
しかし、焦っていることなどまったく見せない素早い返答にアメリアはもごもごと言葉を収束させた。
強く言い返せなかったのは、例え本人にばれていてもまだ言いたくないという可愛らしい恋心故だろう。
と、再度とんとんと叩くドアの音に反応し誰かと問うと、シンシアだったので入ってくるようにアメリアは指示を出した。
恐縮したようにきょろきょろとアメリアとゼルガディスを見たシンシアはおどおどした態度のまま声を発した。
「姫様、中庭に料理を準備しておきましたので」
「わかりました。わざわざ面倒なことを言ってごめんなさいね」
「いえっ、私は姫様達に使えるメイドですので……」
にこり、と姫らしい堂々としたそれでいて華やかな笑みをシンシアに向けると、シンシアは酷く驚いたように声を跳ねさせた。その頬は照れているのか上気し赤くなっている。
小さくそれだけを述べると、シンシアは焦ったように礼をし扉の向こうへと消えた。
控えめで大人しそうなシンシアにアメリアの暗殺を企むとは到底思えない。だがしかし……とゼルガディスの考えの合間を挟むようにアメリアは声を上げた。
「では、行きましょうか」
笑みを浮かべて立ち上がり、ゼルガディスを促した。
それを拒絶する理由など何もないゼルガディスは彼らしい薄い笑みを浮かべると、剣を握り締めたまま壁から背を離し扉に手を掛け開けた。
それに続くようにアメリアもドレスの裾を持ち上げ、王女らしい燐とした姿でドアを抜け、廊下に居たゼルガディスの隣に並んだ。
刹那、膨れ上がるような殺気を感じた。
「アメリア!」
ゼルガディスは彼女の名を叫び、壁を背にするとその身体を捕まえるとまるで隠すように後ろへと動かした。
手に持っていた剣の鞘を投げ捨て構えると同時に風を切るような音が聞こえ、咄嗟にゼルガディスは剣を胸を隠すように構えた。それは、見事物体の軌道を塞ぐ位置だったらしく、かきんと金属音が聞こえ床に何かが落ちたような小さな音がした。
殺気は急速に消えて、何事もなかったかのように静まり返った。
「誰か!兵はいないのか?」
無駄だと分かりながらも、怪しい者を探すためそして兵を見つけるためにあたりをきょろきょろと見渡したが、やはりいかにも怪しい者など居ない。もしかしたら、犯人候補であるシンシアかガライが居れば更に容疑は深まったのだろうが、二人の姿も見つけられなかった。――もっとも、歪んだ純魔族が絡んでいると分かった時点で現場にて犯人を確保することが難しいことは分かりきったことなのだが。
それでも警戒を緩めないために、後ろにアメリアを隠したままにしていると近くにいたのだろう、新人ではないかと思わせるほどの若い兵士がゼルガディスの前に現れた。
兵はアメリアの姿を確認すると、一気に緊張したのかびしっと背中がむやみやたらにぴーんとしているのが傍目からでも分かった。
しかし、ゼルガディスはまったく兵士の様子を気に留めることなく簡潔に述べた。
「アメリアが狙われた」
兵士の緊張は更に大きくなったのかぶるりと身体を震わせる。
ベテラン兵士のほうがまだましだろうか、と思いながらもしかし所詮他人でしかないゼルガディスの言葉を聞くとしたら若い兵士のほうがいいのかもしれないと考え直し、とりあえず状況説明より指示したほうがいいだろうと口を開いた。
「兵士を総動員して怪しい奴が居たら捕まえろ。城にいる奴全員のこの時間のアリバイも確認しておけ。分かったか?」
「は、はい!分かりました。今から兵を総導入いたします。では、失礼します!」
中身を反復することなくびしっと敬礼した若い兵士はばたばたと足音を立て廊下の奥へと消える。
ベテラン兵にそれを仰いだら情報の不確実さを責めながらも本当に王女が狙われていることも考慮し、結局指示通りに動くだろうとゼルガディスは若い兵をほんの少し哀れに思いながら、壁と彼に挟まれていたアメリアから離れた。
そうしながら投げ捨てた鞘を拾い剣を仕舞って腰に戻すと、懐から布を取り出したゼルガディスはしゃがむと剣に当たり金属音を鳴り響かせた『それ』を布で包むように取った。
それは針だった。
といっても一般的な針よりも遥かに長く十五センチから二十センチ程度の長さだった。先端は鋭く頚動脈にでも突き刺せば溢れんばかりに血が飛び出しそうである。
「これに見覚えはあるか?」
布に包まれた針をアメリアに見せながら問いかけたゼルガディスに、彼女は首を振った。
「いいえ。……でも、とても研ぎすまされていて鋭い針ですね。それに、硬い物質を使っているみたいですし――」
「ああ。切れ味が良さそうだ。急所に入ったら一発、だろうな」
なんて事のないように呟いたゼルガディスの言葉にアメリアは身を硬くした。
幾ら純魔族相手に
霊王結魔弾
(
ヴィスファランク
)
でどつき倒す彼女であっても、身に襲い掛かる危険には多少恐怖を覚えるらしい。
「それと、やはり中庭での昼食は止めておいた方がいいな。準備してもらって悪いが……」
気をそらせるためかそれとも危険性を考慮したためか、そう述べたゼルガディスにアメリアは落胆したような表情をしていた。
狙われているといっても強い恐怖を覚えているわけではないらしく、ころころと表情を変えることが出来ることにゼルガディスは安心と彼女らしさを感じ、不謹慎ながらも思わず口元を緩めていた。
「えー、せっかくのゼルガディスさんとの昼食なのに……」
言葉は表情を裏切らないような内容で、しゅんと落ち込んでいるアメリアにゼルガディスは撫でるようにぽんぽんと手を頭に乗せた。それは、彼なりの慰めの行動だったのだろう。
「そんなのいつだって出来るだろう?少しの我慢だ」
そうしてついて出た言葉にアメリアの表情は途端に明るくなり、ぎゅうっと針を持っていないほうの腕に抱きついた。硬くも冷たくもない、柔らかく温かな体温を感じるその腕に。
「そうですよね!これが終わったらゼフィーリアに行くんですし、まだまだ機会はいっぱいありますよね!」
にぱっと明るい笑顔を見せたアメリアに、ゼルガディスはふっと表情を柔らかくした。それはあまりにも彼女らしかったため。
結局、昼食は王宮内のいつもフィリオネルらと一緒に食事をする間で、多くの兵士に囲まれながらとることになった。
幾らなんでも王女が狙われた直後で朗らかな雰囲気を出すことなどできず、ぎすぎすした味気ない空間での食事となったのだが、それはしょうのないことだとゼルガディスもアメリアも文句を言うことなく食事を取った。
響き渡るのは食器が触れ合う金属音ばかりで、いつもならあるはずのアメリアの華やかな話し声すらもない。
一通り食べ終わり再度執務室に戻り、アメリアが事務処理を片付けているところへノック音が響き渡り、兵士を束ねている身分なのだろう少し年を取った兵士が入ってきた。
「あの……アメリア様、暗殺未遂の報告ですが――」
「ああ、それは俺の方に回してくれ」
ドアの右側の壁に寄りかかり静かに述べたゼルガディスに兵士は疑わしそうな目を向けた。
それに気がついたのか、書類を見ていたアメリアは顔を上げる。
「私からもお願いします。ゼルガディスさんは信頼できる人物です。それに貴方達に的確な命令を出したのも彼ですし、私の命を守ってくださったのも彼ですから」
「ですが姫……」
王女としての真っ直ぐと意志の強い表情で述べたアメリアに、しかし兵士はためらうように呟いた。
それに、ゼルガディスは分かっているとばかりに喉の奥で笑うと言った。
「アメリアはあの通り忙しい。彼女の手を煩わせるよりいいだろう?……まぁ、俺も怪しい人物にあがっているだろうが……」
その言葉に兵士はゼルガディスとアメリアを交互に見たのだが、自身の中で消化したのかそれとも王女の言葉に逆らうことは出来ないと諦めたのか、ゼルガディスの下に来て報告を始めた。
不審人物を見つけることは出来なかったということ。
これはゼルガディスの中で既に予想立てていたので、別段強い感情は抱かなかった。
次に城で勤務していたもののアリバイ。これは丁度お昼時だったということもあり、休憩へ入るときの引継ぎで顔を合わせていたり、仲の良い者同士で昼食をとっていたりしたのでほぼ全員に何らかのアリバイがあった。
無論、その中にもアリバイのないものはぽつぽつと数名いた。
そして、その数名の中には犯人最有力候補であるシンシアとガライの名前も存在している。
それらの報告を聞いて兵士を下がらせると布に包んでいた針を広げて眺めた。彼女の狙っていた針を。
神経を彼女や周辺の気配に入りめぐらせながら、犯人について思考を張り巡らせていたがゼルガディスの中で結論に達することはなく、犯人が何らかの動きを見せないかぎりは事件が解決することはなさそうだった。
>>20060705
急展開だよねぇ。
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