出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ。
過去と今と未来と
最初は何気ない――ぽこぽこ湧き出る盗賊に囲まれただけだった。
視界の悪い森の中で十数人の盗賊に囲まれながら、何故こんなにぽこぽこいるのか盗賊などとゼルガディスは思ったのだが、いつ上ったのか一番高い木の天辺で「正義のヒーローはうんたらかんたら」といつものように喋りだす
正義伝承歌
(
ヒロイック・サーガ
)
ヲタクのアメリアと丁寧にもそれに付き合う盗賊たちに、思わずため息を吐いていた。
台詞を全て語り終わり、正義伝承歌のように「とうっ」とか叫びながらくるくると回転しながら落ちて失敗したのはゼルガディスの胸の中に秘めておくことにした。まったく秘められていなかったが。
とまぁ、そんな気の抜けるようなやり取りをしながらも死線を幾度も乗り越えた二人にとって盗賊を倒すことは、ゴキブリを殺虫剤で殺す程度には簡単なことで、
火炎球
(
ファイアー・ボール
)
を適当に投げつけたり体技や剣技を適当に駆使して十数人居た盗賊をものの五分で倒した。
「それじゃ、アジトに行きましょー♪」
「……はぁ」
全て適当に気絶させたのだが、アジトの場所を吐かせるために縄でぐるぐる巻きにした上でたたき起こした一人に適当な脅しをかけ意気揚々とアメリアはそのアジトの場所へと向かう。
曰く、正義の血が騒ぐらしい。
しかし、アジトまで行くような行為はどちらかと言えば某
盗賊狩り
(
ロバーズ・キラー
)
を思い出す。彼女の近くに長い間居たものだから、いい意味でも悪い意味でも影響を受けているんじゃないだろうか、と思わずゼルガディスはため息を吐いていた。
ぴょんぴょんと楽しげに跳ねながらアジトへと向かうアメリアの斜め後ろで、ゼルガディスは彼女をどう矯正すればいいだろうか、とそんな他愛もないことを考えていた。
アジトは無論そう遠くないところにあり。
正義の心のままに突き進むアメリアとそれに付き合うゼルガディスにとって、アジトを壊滅させることなど赤子の手をひねるよりも簡単なことであったので、ついでにさくりと壊滅させてしまう。
まるで蜘蛛の子のようにちりぢりと逃げていって誰もいなくなったアジトで、ゼルガディスは中に残っていたものを物色していた。盗賊たちが懐に溜めているお宝というのも馬鹿に出来たものではなく、傷物の宝石でも
宝石の護符
(
ジュエルズ・アミュレット
)
にしてしまえば高値で売れるし(旅の収入元という必要上の技術で習得していた)、時折それだけで貴重な品物が見つかることもある。――例えば、レゾ=グレイワーズが飲み込んで
赤眼の魔王
(
ルビー・アイ
)
と化する要因となった賢者の石のような。
もっとも、そんな高価なものが手に入ることなど奇跡に近い確率であったが。
大きめのテントの中においてある袋の中身を確認しながら、ふと一つの大きな球体が目に入った。
手を触れぬように、袋の布で包み込むようにそれでいながらその身をさらすために器用にごとりと床の上にそれを落とした。
光に触れると、大きな球体が血のように黒を含んだようなけばけばしい赤の色をしていることが認識できた。
球体の中で蠢くように動く赤色は魔力の先端を感じ、これは
魔法道具
(
マジック・アイテム
)
だとゼルガディスは直感的に思った。
まるで何かを封じ込めているような魔力の胎動に。
「なんか面白いものでもありましたかぁ?」
「ああ。……いわくつきとでも言われそうなものが、な」
ゼルガディスはアメリアの問いかけに軽く返しながら注意深くそれを確認し、ゆっくりとその人間に戻った柔らかな指で触れた。
刹那、球体から赤い光があふれ出し突然のことに逃げることも出来ないゼルガディスをまるで包み込むように、急速に光は広がる。
「ゼルガディスさんっ!」
近くにいたアメリアは必死にその光からゼルガディスを逃そうと――もしくは運命を共にしたいと、腕を伸ばす。人間に戻り柔らかく温かな体温を刻むその腕を掴むために。
しかし、赤く包み込む光は無常にもアメリアをも巻き込み。
――その場に、二人の姿はなくなった。
出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ。
それを教えた人物をゼルガディスは深くそして強く覚えていた。いや、忘れることすらも許されぬ人物。――それが、レゾ=グレイワーズだった。
機能することを忘れた両目を常に閉ざし、むせ返るような何かを思い出す赤い法衣を着ていたその人は幼いゼルガディスに優しく微笑みながら何度もそう教えたものだった。
『ゼルガディス。出来事は唐突に、そして何も考えていないときにこそ起きるものなのですよ。ですから、日々の鍛錬を忘れぬように。そうすれば、どんな状態でもどんな事態でも対処できるでしょう?』
柔らかい口調で、顔を同じ位置にし理解できるようにと喋るレゾの言葉は、ゼルガディスの中に深く浸透しそして実践させていた。常に剣の訓練をすることにより。
幼いゼルガディスにはその言葉が正しいものだと思えたし、だからこそ実践することによりゼルガディスが魔力をまったく受け継がなかったことによる、母の私生児疑惑に子供ながら反論しようとし、そうして強く生きようとしていたのだった。
自身に降りかかった事態に対処できるのは自分の腕だけだと。
「……さんっ……ゼルガディスさんっ!」
声が現実へと引き戻す。
自身があの頃の子供ではないのだ、とおぼろげに認識しながらゆっくりと目を開けると、目の前には今にも泣き出しそうに顔を歪め藍色の瞳を潤ませているアメリアが居た。
ゼルガディスが目を開けたことにより、アメリアは安心したのか息がかかりそうなほど近づけていた顔を離した。
そのことでなのか、もしくはアメリアから悲しげな表情が抜け出したことでなのか、ゼルガディスはほっと安堵の息を漏らした。
「良かったですぅ、ゼルガディスさんの意識が戻って」
それでもどこか泣き出しそうな声で安堵の言葉を漏らしたアメリアから少しばかり視線をはずし、周りの景色を確認した。
それは先ほどまで居たはずのアジトのテントの中の景色ではなかった。
赤。
赫。
あか。
あか。
あカ。
アか。
アカ。
アカ。
上下左右全てがまるで深く切り刻みあふれ出したような、深い血のような赤だった。
それはさきほどの幻のような夢もリンクし、いつも背中を追いかけていた"あの人"をゼルガディスに思い起こさせた。
ゼルガディスの記憶に刻まれ消えることのない、あの赤い法衣。
まるで、濡れた血を隠すような深い深い赤。
そういえば、あの法衣の赤を血のような赤だと思ったのはいつの頃からだったろうか、とゼルガディスは思考した。そうしてたどり着いた記憶の端にあった認識ではレゾの狂剣士などと呼ばれていた頃だった。あの頃のゼルガディスといえば、レゾに
合成獣
(
キメラ
)
されたことにただただ怒りだけを覚え、しかし元に戻る方法もあの偉大で強大な赤法師の元しかないと飼いならされたふりをしながら、"人間"の自分を取り戻すことに必死だったから。
それからだろうか、深い赤を見るたびに血を思い出すようになったのは、とゼルガディスは思った。
「とりあえず、この空間の均衡を破ってみるか」
とにかく、この空間から脱出する術を探すほうが先である。
そう認識したゼルガディスはすぅっと精神を集中させる。
それは召喚術への前触れであった。
アメリアは以前その風景を彼とは別の人間で見ていた。――そう、焔のような女性で。
彼女曰く、作られた空間を維持するのは非常に大変で、少しでも異物が入ろうとすると直ぐに破れてしまうすごく不安定なものであるとのことだった。ただし、それはせいぜい低級の純魔族レベルの話で純魔族でも高位の方に属するもの――例えば赤眼の魔王自身やそれに使える腹心、
獣神官
(
プリースト
)
ゼロスだったりした場合、同等のことを言えるのか甚だ疑問ではあったが、普通に暮らしていればそれほどのレベルに達している魔族に会うことなど災害にあうことよりもレアな確率であるのでそれほど気にする必要などないのかもしれない。
それにそのような面倒なことをしなくとも、生きとし生けるものを殺すことなど彼らにとってそれこそ赤子の手をひねることより簡単である。――そう、唯一人
魔を滅するもの
(
デモン・スレイヤー
)
と呼ばれた彼女以外は。
そうこうしているうちに、紡がれた呪文は終わりを告げ――。
「……成功しない」
しかし、空間の均衡が破れることはなかった。
「っていうことはどういうことなんですか?」
アメリアは召喚術に精通していなかったので、いまいちその仕組みが理解できずに首をかしげた。
同じ魔法という分野であっても知識やコツは違うということなのだろう。
ゼルガディスは睨みつけるような酷く人相の悪い真剣な顔をしながら、アメリアに説明した。
「よっぽど魔力と精神力の強い奴がこの空間を作っているか、既に生き物の手から離れて独立して存在しているか。……その二つぐらいしか思い浮かばないな」
「そういえば、あの赤い玉に触れたとたんに意識なくなって此処に着たんですよね?」
「……可能性は後者か」
呟きながら、ゼルガディスはあのまるで透明な膜に不本意にも封印されて怒り蠢いているような赤い球を思い出した。
確かにゼルガディスはそれを認識したときに封印されたものだと思ったものだったが、しかしこのような空間が封じ込められているような、そんな大それた封印が施されているとはまるで考えていなかった。
大体にして、どの時点で封印が解けたのかゼルガディスはいまいち分からなかった。
もし、ゼルガディスが触れた瞬間だったとして、何故盗賊たちは無造作に袋の中に入れて他の宝石類と一緒に置いておいたのか? こんな危険なものだったのならばもっと厳重な扱いにしてもいいはずだ。
もしかしたら、封印が解ける限定条件というものが存在しゼルガディスがたまたまそれに当てはまってしまった所為なのかもしれないが、合成獣という条件からとりあえずは逃れ、ごく一般的な魔力という範囲から外れないゼルガディスが触れる程度で解ける封印にしては、この空間というものは非常に大きくそしてどこか――禍々しかった。
しかし、そんなことを考えても既に起こってしまった出来事を元に戻すことなど出来るわけもなく。
「気休めに歩いてみるか。この空間が無限ループになっているのかも確かめたいしな」
「はい! じゃあ、あの方向に一直線に歩いていきましょう。……置くものは、この石で良いでしょうか?」
ごそごそとあの腰につけられた用途不明のふあふあから取り出されたものは、小さな蒼色の石だった。
しかし、何故アメリアがそんなものを持っているのかゼルガディスには分からず、きょとんとそれを見つめるとアメリアはその視線の意図に気がついたのか、ああ、と言葉を漏らした。
「これ、一応出産祝いなんですよ。ほら、ガウリィさんの瞳の蒼を思い出しませんか?」
「……ああ、なるほど」
その石は確かに雲ひとつないような青空の瞳を思い出す。――そう、ガウリィが持つ雄大な空色を。
しかし、とゼルガディスは呟いた。
「いいのか?」
出産祝いの品をこんな場所において、と言外に含ませゼルガディスが問うとアメリアはにこりといつも通りのはつらつとした笑みを彼に見せた。
「ええ。まぁ、無くなったらリナさんにど突き倒されるぐらいですから」
それは果たしていいのか悪いのかゼルガディスにはまるでわからなかったが、他に置けるような目印になるものなど簡易的とはいえ旅人である二人は持っておらず。
確かに、空色の石は血のように真っ赤に染まっているこの空間に於いては非常に目立つものであったので、本人らに言わなければいいか、とゼルガディスは妥協した。
「じゃ、歩きましょう」
「ああ」
そうして、二人は血のように赤い空間を歩くことにした。
>>20061220 加筆修正。
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