過去と今と未来と
出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものだ。
ゼルガディスは赤い空間を先頭きって歩くアメリアの斜め後ろを歩きながら、ゆっくりと視界がぼやけていき遠い過去が脳裏から再生される。
それは、彼が五歳の頃だった。
赤法師のレゾという偉大な賢者はグレイワーズ家から生まれた正に英雄だった。
その頃、ゼルガディスはレゾという人物に物心がついてから一度も会ったことがなかった。しかし、グレイワーズ家に所属している限り常に噂は付き纏う。
大人に会うたび赤法師のレゾという存在がどれだけ偉大なのか言い聞かされていたゼルガディスに、両親はしかし赤法師のレゾという人物について積極的に話をすることは無く、けれどレゾの話題を出すときは決まってただゆっくりと頭を撫でて、赤法師のレゾという人物評価はお前とはまるで関係がないのだから気にしなくて良い、と述べた。
それでもグレイワーズ一家を他人は赤法師レゾの家系としか見ず、それ故に様々な思惑を持った人が訪れ(それは決まってレゾの恩恵にあやかろうとする者達だったが)両親やゼルガディスに幾度となく"赤法師のレゾ"という存在を強く認識させていた。
そんな折、ゼルガディスの中にはほとんど魔力というものが存在しないことが分かった。
というのも、初期呪文である
明り
(
ライティング
)
の呪文を唱えても彼の手には光が一向に現れなかったせいだった。
しかし、優しい父母は赤法師レゾの孫であるゼルガディスに魔力がほとんどないことなどまるで気にしていなかったし、ゼルガディス自身にも気にする必要などない、と言い切った。
そして、ゼルガディス本人も自身に魔力がないことなど気にしなくてもいいのだと子供ながらにその事実を消化させたのだったが――。
赤の他人はそうもいかないらしい。
「お前、私生児なんだってなぁ」
ゼルガディスが街中を歩いていると(街中を歩いている理由はゼルガディスの記憶の中にはなかった。所詮五歳頃の記憶である)、自身より強いものにはゴマを擦るがしかし自分より弱いものには横暴な態度を取るという――しかも子供の間では体格が大きく腕力もあったため――ガキ大将に突然そのようなことを言われた。
だが、所詮五歳児であるゼルガディスに"私生児"などという単語の意味が理解できるはずもなく、だがガキ大将の雰囲気でその言葉は悪意が含まれていることを理解して、小さく身体を震わせた。
なぜならば、そのガキ大将以外にも五人ほどに囲まれていた所為だった。
その頃は剣の修行も始める前で、ひょろりとやせている体格に五歳児の標準身長ほどしかなかったゼルガディスにとって体格のいいガキ大将もそして囲まれたという事実は恐怖を覚えるものだった。
しかし、ゼルガディスは負けず嫌いという性格もあったのだろう、震える手を後ろに回しぎゅうっと押さえつけ、恐怖を見せぬように振舞った。
だが絡んできた子供は何を思っているのかにたにたと楽しげに笑った。悪意の溢れる醜い笑顔で。
「意味もわかんねぇのかぁ? ……お前の父親はお前の父親じゃねぇんだよ! お前の母親がどっかの男たらしこんで作られた、赤法師レゾ様の血を一つも継いでいない子なんだよっ!」
まるで怒鳴りつけるように叩きつけられた言葉は、幼いゼルガディスでもなんとか飲み込み理解できるものであった。
恐らく、発したその本人はきちんと意味を理解していないのだろうし子供というものは残酷で痛くもないからこそ、耳年増に聞いた言葉をそのまま発したのだろう。
目を見開き驚いたゼルガディスは、しかし両親が侮辱されたことに腹立たしく目に焔を宿らせた。
優しい父親が自分の父でないはずがない。
優しい母親が自分と父を裏切るはずがない。
その思いが強かったからこそゼルガディスは自身より体格のいい子供に対し、反抗しようと大将格である彼を睨みつけた。
「お前たちは外側からしか見ていないからそんなことが言えるんだっ! 僕の父さんはあの父さんだっ!」
「嘘ばっかり言うなよっ!」
ゼルガディスが怯え泣き出すとでも思ったのだろうか。
反抗を示したゼルガディスにリーダー格の子供はかっと激昂し、日に焼けた小さな頬をばしんっと音が響き渡るぐらい強く叩いた。
日に焼け少し黒くなった頬は見事真っ赤に腫れあがったが、しかしゼルガディスの目から涙が零れることはなく、強く鋭い目で暴言を吐き自身を殴った子供を睨みつけていた。
その様は、体格から態度から全てが自身の思い通りになっていた子供にとっては苛立ちしか感じぬもので。
「本当のこと言えよっ!」
「今言ったことが本当のことだっ!」
恐らく、ここで泣いて謝ればその子供は満足したのだろう。
しかし、殴られても反抗を続けるゼルガディスにそのリーダー格の子供は子供らしく簡単に激昂し、今度は手を握ると容赦なくゼルガディスの腹に拳を叩きつけた。
ぐぅとゼルガディスの唇からは吐き気にも似たうめき声が吐き出される。
それが合図になったようで、周りを取り囲んでいた子供からも手や足で暴力を振るわれる。
寄ってたかったの暴力に、しかしゼルガディスは降参せずに本能からか身体を丸め蹲った。
ゼルガディスは嫌だったのだ。
暴力に怯え、優しい両親を言葉の意味すらもよく分かっていない無知な子供に侮辱されることが嫌だったのだ。
しかし、そんな心内などまるで理解できない子供たちは、抵抗しようともせず殴られ続けるゼルガディスを楽しげに笑いながら殴り蹴り続けた。
「もう止めなさい」
酷く穏やかな声が響き渡る。全てを包み込もうとする優しげな大人の声が。
子供にとって行為に罪悪を感じていれば大人という存在は恐怖になりうる。怒鳴りつけられることが怖いというのは小さいうちから刷り込まれたことであるからだ。
ゼルガディスを囲って殴る蹴るを繰り返していた子供たちも例外ではなく、声が響いた途端暴力が収まりざざざっと離れていくのを感じる。
暴力の嵐が収まりシーンと静まり返った場の中で、丸まった身体をゆっくりと起こしたゼルガディスの目に飛び込んできたのは鮮やかな赤だった。
それを見たときゼルガディスが思い出したのは、冬の間艶やかに咲く穏やかでそれでいて慎ましい牡丹の花だった。
「彼は、れっきとした私の孫です」
ゼルガディスは驚いて目を見開いた。
というのも、祖父――赤法師のレゾはゼルガディスが物心つく頃には各地を放浪しており一度も両親やゼルガディスを訪ねてきたことがなかったので、ゼルガディスはレゾという人物の外見をまるで知らなかったのだ。そう、赤い法衣を纏っているということ以外は。
ゼルガディスを囲っていた子供たちはレゾの言葉に呪縛から解けたのか散り散りに逃げていく。
しかし、レゾはその子供たちを追いかけるようなことをせずに傷つき立ち上がれぬゼルガディスの傍によりしゃがみこむと、手をゼルガディスの頬に寄せた。
「
治癒
(
リカバリィ
)
」
言霊に乗せ魔法を発動させると、ほうとレゾの手から青白い光が現れ赤く腫れたゼルガディスの頬を元の褐色に戻す。
手はゆっくりと移動し殴られ傷ついた身体は痛みと共に元通りになる。
これが魔法の力か、とゼルガディスは賢者として称えられているレゾの能力に漠然とすごいと感じた。父も母も魔法は使えたものの教育方針なのかよほど酷くない限り魔法の力に頼ることはなかったので、今まで大きな怪我をしなかったゼルガディスが魔法の恩恵にあずかるのはこれが初めてだったのである。
そうして、治癒を済ませると牡丹色の法衣を纏ったその人は幼いゼルガディスを抱き上げた。
「よく、よく自分を信じましたね」
そして、自分の家族を信じましたね。そう続けた両目を閉じた賢人の表情は優しく穏やかな牡丹の花のように思えた。
「ゼルガディスさん、なんか有りますよ!」
アメリアの声にゼルガディスははっと意識を現実へと覚醒させた。
ゼルガディスが無意識に蘇らせていた記憶はいつの間にか埃をかぶり姿を消していたものだった。――そう、赤法師のレゾが狂い始めた時点で。
広がる赤の景色を眺めながら昔、自分はこれを牡丹の色だと思っていたのか、と考えながらアメリアが指した場所に意識と目を向けた。
それは巫女が神託を受けようとするときに使用するような、魔法陣が描かれた祭壇だった。
前後左右赤ばかりが広がっている空間にあるその異質なものは奇妙にも思えたが、その他に何も突破口になりそうなものなどない。
まるで絵のように美しく描かれた魔法陣に書き込まれている字をゼルガディスは自身の知識を活用して解読しようと体を近づける。
「古代文字のようだが……、解くのは難しそうだな」
昔、合成獣だった頃その姿を元に戻そうとあらゆる本を解読し、本を解読するために古代文字を扱えるようにならなければならなかったゼルガディスにとっては古代文字の解読は容易いものだったのだが、魔法陣に描かれた古代文字のパターンが今までに見たときのないものであり、ゼルガディスは眉を顰めながら無用心にもその魔法陣に触れた。
刹那文字は光り輝き、再度描かれるように魔法陣に光が走る。
出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ。
ゼルガディスは自分の無用心さに唇をかみ締め、腰に差したままの剣を抜くと握り締めアメリアを自身の後ろへとやった。
自身に、そしてアメリアに危害を加えるようなものであれば即座に切り落とす、と剣に魔力を込め。
ぶわんと大層な名がついたゼルガディスの剣に青白い光が灯り、それと同時に魔法陣に走った光がその中央に集まり目を閉じてしまいそうになるぐらい一層光り輝いた。
そうして、魔法陣から現れたものはゼルガディスにとっては信じがたい――というか有り得ないものであった。
>>20061220
この話は個人的に好きなのです。
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