過去と今と未来と




「まさかゼルガディス、貴方があの宝珠に会うとは思いませんでした」

「……レゾ」

 ゼルガディスの祖父であり、彼を合成獣に変えた本人であり――そして機能することのなかった眼に赤眼の魔王を知らず封じていた人物、赤法師のレゾことレゾ=グレイワーズがそこに佇んでいた。
 赤眼の魔王となる前の姿、そのままに。

「レゾ……、レゾってあの、五賢者の赤法師レゾさんのことですか!?」

 本物の赤法師のレゾに会ったことのなかったアメリアがすっとんきょうな声を出し、その場に割り込んだ。
 アメリアは以前赤法師のレゾのコピーと戦い、彼の末路を簡潔に聞いたからこそ尚更本人が目の前に居ることに驚きを隠せないようだった。
 確かに、ゼルガディスとアメリアの目の前に現れたその姿はコピーと瓜二つであった。
 そしてレゾのコピーは全てもうこの世には居ないのだ。コピーレゾの、レゾを愛してしまったエリスの――そしてリナ=インバースそれぞれの思惑によって。
 それに、ゼルガディスは目の前の人物がコピーなどではなく本物なのだと、肌で感じ取っていた。
 決して血の繋がりとかそういうものではなく、コピーレゾが模造しれなかった、人を安心させるような雰囲気やなにより魔法に関して鈍感である人にすら感じられる溢れるほどの魔力の所為で作られる不可思議な感覚は、ゼルガディスが幼少期より認識していたものであったから。
 もしくは、この空間でよくレゾを思い出していたからこそ、そんな細かいことが分かったのかもしれないけれど。

「何が目的だ、レゾ。アンタが俺にすら解けるような魔法をかけるとは思えない。何をしようとしていた」

 レゾは微笑を浮かべた。それはゼルガディスが五歳の頃、初めてであったときに見たレゾの笑みと同じものだった。――封印が解けてしまう前には見ることすら出来なかったような。
 その様は警戒心を失くすには十分すぎるものだったが、しかしゼルガディスは目の前のレゾがどういったものかさえ分からないのだから、剣をおろすことは出来ず警戒したままそれをレゾに向けていた。

「それは違いますよ、ゼルガディス。貴方だけしか解けないような魔法をかけていたのです。……ええと、そちらのお嬢さんのお名前は?」

 開かぬレゾの眼は、確実にアメリアのほうを向いていた。
 話題転換と思ったのかそれとも単純にアメリアの存在が気になったのか、そんなことを述べたレゾにアメリアはにこりと彼女らしく笑った。

「アメリアです。アメリア=ウィル=テスラ=セイルーンと申します。初めまして、赤法師レゾさん」

 アメリアの挨拶にレゾは何を思ったのかとても満足そうな笑みを浮かべて、彼女にぺこりと一礼した。

「初めまして。――いい人を見つけましたね、ゼルガディス」

『な、何を言っているんだ(ですか)!』

 見事なユニゾンで二人は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
 その様を見ながら、レゾは微笑を深くした。そう、とても幸せなものを見ているかのように。
 それがまた二人の照れを増幅させて、ゼルガディスとアメリアはお互いを見ると顔を更に赤くした。

「まぁまぁ。……何故、あの球体に貴方しか解けない魔法をかけたのか、気になりませんか?」

「ああ。話してもらえるんだろうな」

 話題の転換にゼルガディスも気になっていたことだったので即答すると、レゾは変わらぬ穏やかな笑みのままで二人の表情を覗き込むように顔を向けた。まるで、目が見えているかのように。

「もちろんです。ええと、貴方たち……そう、あの強い目をした少女に滅ぼされた所から話しましょうか」

 その言葉にゼルガディスは目を見開いた。
 なぜならば彼は目の前の赤法師をエリスらと作り上げたコピーだとは思っていなかったものの、せいぜい彼が生前に作り上げた精神を写した"もの"だと思っていたからだ。
 そのような模造品に原型品が滅する直接的なきっかけとなったリナ=インバースを知っているわけがない。
 もしくは、目の前のレゾは幽霊だとでも言うのだろうか。
 しかし、赤法師のレゾは赤眼の魔王という特殊な物体の器になっていたのだ。まさか一般的な幽霊になるとは考えにくい。器から離れ幽霊になれるというのなら、精神体である赤眼の魔王は幽霊になることで実質的に元の形に戻れるのでないだろうか?
 そう考えれば、赤の竜神スィーフィードの施した術というのは酷く精密なものであるはずである。赤眼の魔王をきちんと輪廻の中で消化していくために。
 しかし、リナ=インバースの存在を知っているというのならば、このレゾは少なからず本物の赤法師のレゾの残り香であるはずだ。
 それが何故、赤い球体の中に。

「あの後、私は最後の自我で赤眼の魔王の欠片をまたこの世の中に出さないように、自身と赤眼の魔王ごと宝玉の中に封印いたしました。この宝玉は、私と赤眼の魔王の意思がそのまま形になったものなのです」

 にこり、と笑ったレゾの言葉にゼルガディスは驚愕の表情を浮かべた。
 赤眼の魔王として倒れるほんのわずか前に見せたレゾの意思がそのようなことまでしたのかと、賢人への畏怖と尊敬を含め。
 そしてこの空間が何故このように真っ赤なのかも分かった。
 恐らく、赤眼の魔王とレゾのパーソナリティを表す色が赤だったのだろう。奇しくも、どちらとも本人たちの象徴の色として言われていたそれが。

「球体の中で完全に赤眼の魔王と分離した私は一つの封印をかけました。……本当は誰が触れても封印が解けないような封印にしたかったのですが、それを実行し続けるには膨大な精神力が必要です」

 そこで、レゾは初めて言いよどむように息をついた。

「私にはその自信がありませんでした。ですから、ひとつのほころびを作り、精神力を削るのを少なくしたのです」

「それが、俺――肉親が触れることによって解ける封印か」

 レゾはこくりと頷いた。後悔したような表情で。

「私の肉親は今や貴方しか居りません。人口密度からいって、この宝玉と貴方が出会う確立はないに等しいと感じていたのですが……」

「偶然出会ってしまった、と。出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ、と言ったのはアンタだったが?」

 にやり、と皮肉に満ちた笑みを浮かべたゼルガディスに対し、レゾは嬉しそうに口元をほころばせた。
 思いがけない言葉を聞いた喜びに満ちた笑みを。

「まさか幼い時に言ったことを覚えてくださっているとは思いませんでしたよ。――ええ、そうですね。いかなる確率にも対応しきれなかった私が悪いのですから」

 穏やかに微笑みながらも自身を貶めるような発言をするレゾに対し、今まで珍しく静かにしていたアメリアはここで初めて、びしっと人差し指を突きつけてまるで正義の口上を述べるように元気よく叫んだ。

「いいえ! レゾさん、そんなことはないと思います。だって、だってレゾさんは人を巻き込まないように最善の封印をしたじゃないですかっ。少しぐらいほころびが出ようとも、それは正義ですっ!」

 その様に、赤法師のレゾに人差し指をつきたてられるのはこの娘ぐらいなものではないだろうか、と思ったのはもちろんゼルガディスで、当然のごとく本人には内緒にすべき秘め事である。
 レゾは少しばかり驚いたようにアメリアの発言を拝聴していたが、聞き終えるとふっと柔らかくいつもの通り微笑を浮かべる。

「有難う御座います、アメリアさん。本当に私の孫はいい人を見つけたようですね」

 彼の言葉に二人はぼっと顔を赤くさせた。
 幾ら、苦難の道をゼルガディスに選ばせたとはいえレゾは彼の身内である。身内にそのような発言をされることはどちらにとっても、恥ずかしいものである。理由に多少の違いがあったとしてもだ。
 その様子を微笑ましく見ていたレゾは、しかし息を吐き少し困ったような表情をした。

「まぁ、来てしまったものは仕様がありません。私が貴方たちを元の世界に戻しましょう。では、いいですか?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!」

 手を伸ばし、二人を帰そうとした赤法師にゼルガディスは咄嗟に叫びその動作を留めた。
 そうして、彼の身体が元の人間に戻ったときからあった疑問をぶつける。レゾの中にしか回答のないそれを。

「教えてくれ! アンタは俺の潜在能力に魔力があることを知っていたのかっ?」



      >>20061220 レゾさんの人となりが気になるところですね。



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