過去と今と未来と




 不思議でしょうがなかった。
 賢者と呼ばれ、膨大なる魔力と知識を有し視力以外の全てを持っていたレゾ=グレイワーズという人物が、何故ゼルガディスの潜在能力に気がつけなかったのか。
 レゾは手を下ろすと、こくりと頷いた。

「……ええ。私は知っていました。貴方に私並みの魔力が備わっていることを。そして、幼い頃はそれをうまく使いこなせずに、魔力がないと周りに判断されてしまったことも」

「なら、何故合成獣にすることでその魔力を封印するような真似を……」

 そんなことをしなくとも、膨大な魔力を使える術を教えればよかったはずだ。
 そうすれば、剣の腕と多少の魔力で動いていた"あの頃"よりも、レゾにとっては使いやすい存在になっていたはずなのに。
 ゼルガディスが彼に恨みを持つこともなく。

「疑問でしょうね。でも、あの頃の――強さだけを目的にし強さだけに固執していた貴方には、膨大な魔力は狂気になると判断したのです。……本来なら、合成獣などという手段を使わず私の力で封印だけして、貴方の精神が成長していき扱えるようになる時期を見定め、そして封印を解こうと思っていました――が」

「赤眼の魔王が邪魔をしたんですねっ? そんなの悪です! 許せませんっ!」

「まぁ、アメリアさんの言う通りですね」

 指を空に突き立てて力強い言葉で許せない、と述べるアメリアにレゾは微笑む。
 その様子を見ながら、ゼルガディスは事の真相に一瞬頭を真っ白にさせた。
 赤眼の魔王が彼を侵食していったのか。レゾが目に固執する余りに人の域を大きく踏み外していってしまった所為で。無論、侵食されるほどに目しか固執できなかったレゾも悪いに決まっているが――けれど、だからこそ赤眼の魔王にその立場を逆転されても最後の最後に彼の意思は動けなくしたのだろう、自分を狂わせた魔を。
 それは、合成獣にされた恨みでしか動けなかったあの頃のゼルガディスにとっては、きっと全てを変えてしまう事実で――今でも、心のどこかで戸惑いを覚えてしまうものだった。

「けれど、赤眼の魔王の意思に飲み込まれてしまった私も悪いのです。ゼルガディスに責められても仕様がありません――そうでしょう?」

「……わからん」

 赤眼の魔王の意思に飲み込まれてしまったのは確かに、レゾが悪いのだろう。それは回避できたものであったはずだ。そう、この長い歴史で赤眼の魔王が頻繁に蘇っていないことからも分かるとおり。
 けれど。
 そっけなく、分からないと答えたゼルガディスに赤法師は意外そうな顔をした。

「俺はこの姿になってアンタを倒して旅をして、いろいろな奴に出会った。リナと旦那もそうだが、こいつのように俺が合成獣だった頃、あの姿を見て『かっこいい』なぞと抜かした奴もいた。……とそれはアメリアだけか」

「だって、かっこよかったんですも〜ん。あ、いや、今のゼルガディスさんがその、かっこわるいとか、そういうことを言いたいわけじゃなくって……」

 自分の発言の中に地雷があることを理解し、わたわたと弁明をするアメリアを見てレゾもゼルガディスも笑った。
 その様子に慌てて弁明していた彼女はぷぅっと頬を膨らませる。

「二人して笑うなんて悪ですっ! 悪!」

「ああ、すまんすまん」

「すみません」

 怒った口調で二人に文句を言うアメリアに、レゾとゼルガディスが謝るとなんとか機嫌を直してくれる。
 ゼルガディスにはその光景がなんとも不可思議なものに見えた。
 本来ならばありえない光景なのだ。
 あんなに憎んでいたレゾと共に、アメリアの機嫌を直すべく謝るだなんて。
 それは、ゼルガディスにとって見れば"絶対に"ありえるはずのなかった不可思議な光景であった。
 そんな穏やかな雰囲気はすうっとなくなり、ゼルガディスは真剣な眼差しでレゾを見た。きちんと、今の自身の心境を伝えるべく。

「……そして、知識と力とそれは手段でしかないことを知った。こうして、アンタやアメリアと話す手段にしかならないことを、な。だから、わからん。良いのか悪いのか」

「ゼルガディスさん、それはきっと良かったんです! ゼルガディスさんが合成獣になったことで正義の仲良し四人組として、いろいろなものを見、知り、そして食べ! 多くの悪を倒してきましたっ! それを正義と言わず何を正義と言うのでしょうっ!!」

「……それは多分に論点が違うような……、そして何故食べを主張する……」

 真面目な雰囲気が一気に崩れ、それを崩した少女はびしっと人差し指をゼルガディスに向けてつきたてているものだから、思わずジト目で冷静なツッコミをしてしまっていた。
 そんな様子にレゾはくすくすと楽しげに笑う。

「それは良かった。私は私の手を汚してしまいましたが、ゼルガディスはきちんと自分の道を歩いてくださったのですね」

「出来事は唐突かつ何も考えていないときにこそ起こるものなのだ、だからな」

 ゼルガディスもまた、レゾに向かってほんのわずかではあったが口元を緩ませた。
 が、しかしそんな穏やかな時間は長く続かず。
 赤が支配する空間の雰囲気が変わった。
 穏やかであったはずのそれが、まるで異物を受け入れたかのようにぴぃんと張り詰めているのだ。それに付随するようにレゾの表情も厳しいものに変わっている。
 ゼルガディスもアメリアも警戒心を露にして、呼んでもいない来訪者を待つ。
 ひゅん、と瞬きをするわずかな隙から現れたのは、おかっぱ頭に嘘くさい笑顔を貼り付けた一家に一台は居る謎の神官だった。

「いやー。探しましたよ、レゾさん。まさか、こんなことをして僕たち魔族の目までそらしているとは思いませんでした」

「ゼロス!」

「ゼロスさんっ!」

 予想外といえば予想外だが、ある意味想定内の人物にゼルガディスとアメリアは声を上げた。
 何せこの魔族、赤眼の魔王の腹心たちに次ぐ実力の持ち主で、なによりも使いっぱしりとして(主に仲良し四人組の中で)有名だったからだ。
 もし、赤眼の魔王所在を探るのであれば出てくるのはゼロスが一番妥当だろう。
 猫のような笑みでにこにこと微笑んでいるゼロスに、ゼルガディスはきつく睨みつけた。
 しかし、そんなことなどまったく意に介していないようで、ゼロスは至極楽しそうにゼルガディスへ視線を向けた。

「いやぁ、今回も前回もゼルガディスさんには助けられっぱなしですね。有難う御座います♪」

「……何を企んでいる」

 ゼロスが何かを企んでいないことなど十中八九ありえない。
 行動するときはなんらかしらの魔族にとって利になるようなことをしているためである。それは、魔族の性だ。
 もっとも、ここ最近ではそれすらも凌駕するような不可解な行動を時折見せることもあったのだが。

「魂は輪廻の中に戻すべきなのです。……特に我らが主、赤眼の魔王シャブラニグドゥ様のこととなれば」

 しかし、今回はやはり魔族としての行動だったようで。
 にこりと笑いながらも、ゼロスは幾分かの殺気を含めてレゾを見た。
 赤法師もまたそれを承知だったようで、緊張した面持ちで現れた獣神官を見えぬ眼で見ていた。

「知っていましたか? ここは貴方のテリトリーでもありますが、赤眼の魔王様のテリトリーでもあることを。僕がいれば、均一だったあなた方の力関係は崩れ、テリトリーの逆転なんてたやすいものなのですよ。……まぁ、貴方と僕、一対一であればどのような結果をもたらしたかは分かりませんが」

 寧ろ、僕のほうが劣勢だったでしょうね、とゼロスはにこにこと微笑みながら付け足した。
 そこに含まれているのは勝利を確信した余裕で。
 アメリアはだからこそ、そんな雰囲気をぶち破るかのように強く言った。

「何でそんなことをするんですかっ、ゼロスさん! 貴方はフィリアさんとの間に子を持ち、生の喜びを知ったんじゃないんですかっ?」

 そう、獣神官が唯一魔族らしからぬ不可解な行動を見せる、原因であり存在である黄金竜を引き合いに出して。

「……フィリアさんのことがあっても、僕は獣王様の配下獣神官ゼロスであることに変わりはありません。――れっきとした魔族なのです。そこのところをお忘れなく」

 しかし、ゼロスが言葉につまりうろたえた様子を見せたのは刹那にも満たない瞬きすら出来ぬ一瞬で。
 彼は彼らしく、穏やかにさせ緊張させそして苛立たせる笑顔できっぱりとアメリアに言い切った。
 そうしながら、あっと何かを思い出したように声を発すると、レゾに向かって言った。

「レゾさん、安心してください。ゼルガディスさんには借りが有るのできちんと二人を元の世界に戻しますから」

「そうですか。それは良かった……」

 しかし、言葉に反し眼差しは警戒心に満ちたもので。
 だからこそ、獣神官の意識がきちんとレゾの力に向かっていない隙に魔力を放った。
 ゼロスにではなく、ゼルガディスとアメリアに向けて。

「死しているというのに、こうしてゼルガディスとアメリアさんとお話できて楽しかったです。……幸せになってくださいね」

 最後に声だけが響いて、二人は光の渦の中で意識を喪失させた。



      >>20061220 ゼロスさんはなにかと持ってきやすい。 



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