あのトラブルメーカー漫才夫婦が住むゼフィーリアから、アメリアの地元セイルーンに戻ってきたゼルガディスは、宿屋で寝泊りをしては時々アメリアの住むセイルーン城に行ったりしていたのだが、さすがに長期滞在では金がかかりすぎる。
未だ、他の土地に行こうかそれともセイルーンに永住しようかは決めていなかったが、金がどんどん減っていく今の状況より、中古の物件を買ったほうがマシだろう、という結論の元に不動産屋に行った。それを言ったらアメリアはとても嬉しそうにしていたが。
ともかく、いくつかの物件を見せてもらっていると、一つの物件が目に入った。
『××町□丁目○-△☆。条件あり。金貨○△□枚』
それは、セイルーン国の郊外の中古物件の中でも破格の値段だった。
「これはどうなんだ?」
ゼルガディスが指でそれを示すと、店の販売員は顔を顰めた。
それは販売員としてはどうなのだろう、という反応だったがそれだけ良心的な店なのかもしれない。
「しかし……。お勧めしませんよ。何故だかはわかりませんが呪われている、という噂があるんですよ」
販売員の発言にゼルガディスは少しだけ眉を顰めて反応したが、直ぐに何も思っていないはずなのに何処か不機嫌そうに見える表情になった。
「その程度か。なら、買おう」
契約は結ばれた。
落ちる夢
とりあえず宿屋には金を払っているが、中古物件であるその屋敷の家としての間取りや掃除などしなければいけないことがあったので、ゼルガディスはセイルーン国の郊外にあるその屋敷に出かけた。
屋敷は思った以上に大きかった。
それは例えば上流階級の人間が買う一番安い屋敷程度の大きさだった。つまり、中流階級に属する人間が買う大きさとしては大きいが、上流階級の人間が買う屋敷としては少々手狭に感じるであろう大きさだということだ。
それほどの大きさだと言うのに、格安の値段で売っていたということはそれだけ噂にある呪い≠ニやらがよっぽど人が逃げ出すようなものだと言う事なのだろう。
けれど、ゼルガディスにとっては幸運な事この上ない。さすがに広すぎて掃除の手が回るかどうかは非常に謎だったが。
「まぁ、いいか」
ゼルガディスは外見を眺めながら、めんどくさい項目に関してあっさりとスルーすると、がちゃりと豪勢な扉を開けた。
広がるのは踊り階段がある開けた玄関が広がっていた。
それはある意味見ごたえある光景だった。
天井やのぼり階段の裏側には蜘蛛の巣が我が物顔で巣を張っており、床には埃のダマがぽこぽこと何個も落ちていた。
目に見えるような破損はとりあえず見当たらなかったが、人が誰も入ってきていないのだろうなと直ぐに分かるような光景だった。
「呪われている、以前にこの状態をどうにかしないとな…」
思わずゼルガディスはげんなりした表情で呟いていた。
とりあえず状況判断のために土足で屋敷の中に入り込んだ。
右手で蜘蛛の巣などを被らないように避けて、左手に持っている大きな袋は適当に持ちながら奥へ奥へと歩いていく。一通り地上の部屋は見回ったゼルガディスは2階の右奥の部屋で庇いきれずに髪の毛に付着した埃を取りながら、呟いた。
「地下は…まぁ、後からで良いか」
入り口らしきものは見つけたが、ただでさえ埃まみれで酷いのに地下の部分まで今は考える気がせず、とりあえず軽く流しておくことにした。
そうして、左手に持っていた大きな袋から、箒念のために2本とちり取り、雑巾数枚とバケツ、それとゴミ捨て用の袋数枚を取り出すと首を2〜3回動かしながら呟いた。
「とりあえず、寝る場所は確保しておいたほうがいいみたいだな…」
「ゼルガディスさーんっ!」
高い声が聞こえて、知り合いを咄嗟に思い浮かべたゼルガディスははぁぁぁと深いため息を思わずついていた。
まったくもってこんな処にいていい人ではない。寧ろ仕事の事や立場を考えるとさっさと城に戻れとか、引越し作業をするなどと教えた記憶もゼルガディスにはまったくなかったので、何処から仕入れた情報なのかとかどうでもいいことばかりが頭をよぎるが、ともかくそれをこの爆裂合金巫女姫に求めてもしょうがない。などと自分で納得させている間、アメリアはきょろきょろと部屋を楽しげに眺めていた。
「うっわー。さっすがに手入れされていない場所ですねぇ〜!お手伝いします!」
びしぃぃっと人差し指を点に向かってつきたてているアメリアに、その前にいろいろとやる事がたくさんあるだろう!と思わず頭を抱えていた。
そうして、搾り出す言葉はごくごく一般論だった。
「お前なぁ…、公務のほうはいいのか?」
「はい!ゼルガディスさんがお手伝いしてくれているんで、結構楽してるんですよ♪だから、私にもお手伝いさせてください!っていうか、引越しすること言わないなんて、水臭いですよぉ」
にこーっと笑ってそんなことを言うアメリアに、ゼルガディスはため息をつきつつ顔を下に向けて、やや隠すような仕草を見せた。それは、相反する気持ちとしてどうしても笑みを浮かべてしまう自身の感情の変化を隠すためだった。照れ隠しのようなものだったのだけれど。
そうして、ため息をついてアメリアの行動に呆れているような仕草を見せた後、顔を上げてアメリアを不遜な表情(といっても普段の顔がこうなのだからしょうがないが)で見ていた。
「手伝いしてくれるのはまぁ、いいんだが。ここ、呪われているらしいぞ」
その言葉に、アメリアは驚愕したようにただでさえ大きな目を見開くと、少し泣きそうな表情に変わった。死霊系は巫女頭という立場上良く見ているはずなのだが、そういった類と人の噂で出てくるような例えば都市伝説といったものは苦手だったようだ。
つまり、自分の手でどうにかなるものは平気なのだが、どうにもならなそうなものは苦手なのだろう。
うるうるとした目でゼルガディスの顔を見たアメリアは、搾り出すような声で言った。
「……っ!?そ、そんな怖いとこに住まないで下さいよぉぉぉ……」
「慣れているし」
「慣れないで下さいぃぃぃ」
思わず縋るようにゼルガディスの右腕の洋服をぎゅっと掴んだアメリアに、どうしてそうも怖がるのだろうか?と疑問を抱きながらも、なんでもないことのようにさらっと言った。
「いざとなったら、死霊関係はお前が浄化することが出来るだろう?あんまり気にするな」
「気になりますよぉぉ……」
アメリアは情けない声を出しながら、ゼルガディスのことをうるうると涙を溜めつつ言うものだから、ゼルガディスは恋愛感情ゆえの思考に走るわけでもなく、ただ苦笑していた。
本当に、巫女頭として幾多もの死霊やそれよりも強い魔族とも対等に戦い抜いてきた娘とはとても思えないような反応だった。まるで、普通の娘のように。
といっても、怖がる論点が微妙にずれているのだから、普通の娘とも言いがたかったが。
「そんなに怖いんなら手伝うことなぞしなくてもいい。それよりも、アンタはすることがあるだろうしな。ああ、正義のうんたらかんたらとやらで気になるんだったら、布団の買出しぐらいで充分だ」
ゼルガディスはそっけなくそう答えた。
掃除など、一日かければ自分の生活圏内はどうにか体裁の整うものである。どうせ、広すぎて余った部屋などいいところ研究室にしかならないのだから、一日で片付ける必要も無いものであるし。後々を考えれば、常に何処の部屋も綺麗にしておきたいものだが、優先順位がある。研究に使うのであればある程度汚くなるし、ゼルガディスは掃除に関しては結構楽観的に考えていた。
すると、アメリアはぐぐぐっと自分に気合を入れるようにゼルガディスの腕の服を掴んでいた手を離すと、握りこぶしを作って、ぐっと上に突き上げた。
「いいえ。いっつもゼルガディスさんにはお世話になっていますし、アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン、ここでお手伝いしないなんて正義ぢゃありません!」
それは正義云々の問題なのか、大いに突っ込みを入れたいところだったがそれは相手の思う壺だと訳のわからない思考でゼルガディスはぐっと我慢した。
とにかく、公務のほうはさておき掃除の手助けをしてもらう事はゼルガディスにとってはとても有り難い。
ゼルガディスはアメリアの好意に甘えることにした。
まず、自身の寝室をベッドもあることだし今いる部屋に決めたゼルガディスは、其処から掃除することにした。
さて、どういう指示をアメリアに出そうか、とわくわくしながら待っている彼女を眺めながらふっと思いついたことを言った。
「そうだな。怖いだろうから、玄関付近を掃除してくれ。死霊が出てもすぐに逃げ出すことが出来るだろう?」
そう言って、持ってきていた掃除一式から予備用の箒と雑巾と袋をぽいっと渡した。
アメリアは受け取って、しょぼんと眉毛をハの字に下げて申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい、あんまりお役に立てなくて…」
「いや、十分だ。この埃まみれをどう対処するか迷っていたからな」
ゼルガディスは口角だけ上げて、そう返事する。
すると、アメリアはびしっと人差し指を突き立てて元気よく言った。
「でも!幽霊が出てきたのなら言ってくださいねっ。浄化しに駆けつけますから!」
やっぱり、アメリアはアメリアだった。
>>20051221
久しぶりの見切り発車。
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