落ちる夢




 アメリアの言ったとおりに手ごろな値段なのにとても美味しい定食を食べた二人は、布団を買ってから郊外のゼルガディスが買った家に戻った。
 布団をベッドの上に敷いてから、今度は玄関からゼルガディスが寝室と決めた2階の右端までの廊下を掃除することにした。本当は廊下全体を一気に掃除したほうがいいのだろうけれど、二人しかいない状況ではこの一人暮らしをするには大きすぎる家を全て綺麗にするのは不可能だ。なので、限定条件をつけたのだった。
 今度は場所を分けて、というわけではなくアメリアとゼルガディスがそれぞれ役割分担をし、同じところを掃除していく。
 そんな地味で体力の要る作業を(かなり一方的ではあったが)喋りながら疲れた様子など全く見せずにこなしていると、何時の間にか空は茜色に染まっていた。
 掃き掃除で溜まった塵は大きな袋5枚にぎっちぎちにしてようやく入る程のものだった。

「あんなに埃と蜘蛛だらけでしたのに、ぴっかぴかになりましたねーっ。これで水周りを掃除すれば充分生活していけますよ!」

「ああ、そうだな……。アメリアがいなければここまで進まなかっただろう。感謝している」

 少しだけ表情を緩めたゼルガディスは、アメリアに向かって感謝の言葉を言った。
 その少しだけの表情の変化は、ゼルガディスにとっては非常に珍しいものだったからアメリアは酷く嬉しそうに、でも照れくさそうに頬を赤らめた。

「そ、そんなぁ……照れちゃいますよっ!わたしは正義の一環として掃除をしただけなんですからー」

 正義云々はともかくとして、アメリアの言葉にゼルガディスは口に手を当てて少しだけ微笑んだ。
 と、ゼルガディスは日が落ちていく空を見てから、アメリアを見てぶっきらぼうに言った。

「アメリア、ゴミ捨てと宿屋に行くついでに送っていく」

「へ?いいですよー。一人でも充分帰れますし……あ、でもゴミ袋5個持っていくのは大変ですよね。わかりましたっ!不肖アメリア、ゼルガディスさんのため正義のお手伝いをしますっ!」

 なんだか論点がずれている気がしなくもないが、自己完結を済ませたアメリアは帰途という名の正義のお手伝いをする事にしたようだった。
 ゴミ袋を両手に二つ持ったアメリアはにこやかに笑って、ただ同じ場所でため息を付いているゼルガディスに向かって、先に行っちゃいますよー!なんて叫んでいる。

「……目的が随分ずれているんだがな……、まあいいか」

 呟いて、疲れたようにため息をついたゼルガディスはのこり3個のゴミが入っているゴミ袋を持ってアメリアに追いつくように早歩きで歩き出したのだった。
 ゴミ捨て場で埃の入った袋を捨てていき、二人は王宮の門に到着した。
 夕食をご一緒に、と誘うアメリアにゼルガディスはあくまで部外者だからと断りを入れた。いろいろな視線を感じ針のムシロのような感覚を受けるのが嫌だったし、なによりもあのような豪華な食事は慣れていないという理由からだった。
 それでも、大丈夫ですから!とアメリアはしつこく食い下がったのだが、頑として譲らないゼルガディスに今日は無理なのだろうと諦めたようで、急に誘うのを止めたかと思うと笑顔で見送られた。
 しかし、まぁアメリアの性格を推測するからに次もまた懲りずに誘うのだろう。
 その頃には既に完全に日が暮れており、適当な食事処で晩御飯を済ませると、一度宿屋に戻って最小限の書物などの荷物を取ると、完全に掃除しきっていない屋敷に戻った。
 というのも、呪いというものに遭遇していないので、どういったものかを過ごしてみる事によって観察する目的もあったし、宿屋を出るめどをつけたいというのもあった。
 ともかく、寝床は確保できたので寝てみようというわけだ。
 シャワーその他水周りは朝に一度宿屋に戻って済ませようと考えたので、水周りの道具は宿屋に置いてきた。下の問題は……まぁ、男性であるのだから外にしても問題はないだろうし。
 そういったわけで、ゼルガディスが屋敷に戻ってくると電気関係はまだ入っていなかったので真っ暗だったが、明りとランプの炎で周りの状況は理解できたので、2階奥の自室と決めた部屋に入ると、軽く寝る準備を済ませ本を少しだけ読むとさっさと寝ることにした。

「しかし、本当にどういう呪いなんだか」

 そう、呟いて。


 覗きこんだ手は真っ赤に濡れていた。
 それを確認するように鼻に近づけるとまるで腐った魚のような匂いがして、ぺろりと舐めてみるとどこか鉄に似たような味を微かに感じた。
 これは血だ。
 旅人としてレゾの狂戦士として、時には人を傷つけ時には人を殺した事のあるゼルガディスの経験はそう答えを導いた。
 頬が濡れているような感覚がして、腕で拭ってみると赤いものがまるで線のようにすぅっと付着している。
 どうしたんだろう?と視線を服に落としてみると、びっちょりと服に血が染み付いて、元の色が何色だったかさえも分からないぐらいに赤く染まっていた。
 分からない。
 どうしてこんな状況になっているのか、ゼルガディスには全く理解できずに風景を見ようと顔を上げた。
 燃えるような彼岸花が見渡す限りに咲き誇っていた。
 そう、地平線の彼方まで真っ赤に染まり、それはまるで炎の海のように。
 重い灰色の雲に覆われた空はそれでも涙をこぼすことなく、地平線の彼方で赤色と交じり合っている。
 ふと、赤色だけではない場所があった。
 それはごくごく近くで、ゼルガディスは其処にピントを合わせた。
 黒鳶色の髪が彼女の顔を取り囲むように彼岸花の海との境界線を作っていた。
 簡潔な灰色のワンピースを身に纏っていたが、その心臓部分はまるで刺されたように血が服ににじみ、それでも含みきれぬと言いたげに溢れて流れ落ちていた。
 ゼルガディスはその顔を見ただけで分かった。
 それは随分見ていない顔だったはずなのに、印象を抱かせるには充分なほど一緒にいた人だった。
 そう、己を生み慈しんだ人だったから。
 彼女は血まみれの顔で優しげに微笑んだ。
 全てを受け入れるような慈悲深き母の顔だった。

『貴方が刺したのよ、ゼルガディス』

 響いた声に、胸をぐぉんと鈍い音を立て何かに突かれたように言葉に詰まり、血まみれの彼女を見た。
 その表情はただ静かに全てを受け入れるように微笑んでいるだけで、恨んでいる様子も何も見えない。
 ふと、手に違和感を感じて再度手を見た。
 其処には血まみれの果物ナイフがあった。
 いつの間に握り締めていたかなんて考えずに、ゼルガディスはただこのままだと錆びて使えなくなるななどと妙に現実的なことを考えた。
 己の手はまるで幼子のように小さくなっていて、視点も彼岸花よりも高かったが確かに彼岸花に近づいていた。年齢にすると4〜5歳程度の身長に何時の間にかなっていた。
 合成獣の名残で銀色にそまった髪も黒鳶色で、肌も白いわけではなく昔のようにやや褐色がかった健康的な色になっていた。もっとも、血に染まりすぎてその色をきちんと確認する事は出来なかったが。
 ともかく、ゼルガディスは確かに昔経験した幼子の姿になっていた。
 それでも、驚愕しすぎて混乱できなかったのかひどく冷静なまま、倒れこんでいる彼女に彼岸花を踏み潰しながら近づいた。そう、近くで顔を覗き込むために。
 彼女は念を押すように優しく微笑んだ。

『貴方が刺したのよ、ゼルガディス』

 彼女は濡れた手で優しくゼルガディスの頬を撫でた。
 まるで、幼子にするような仕草で。
 それでもべちょりと頬に付着したそれの所為で、ゼルガディスの頬は先ほどよりも尚更血の付着が強まり、本当にゼルガディスが彼女を刺したようにも見えた。
 ゼルガディスは何も言葉を紡がずに、ただ記憶の中にある母とまったく同じ彼女を静かに見ていた。
 彼女はただ柔らかく、慈悲深く微笑むだけで。
 何度も何度も、慰めるように宥めるように慈しむように頬を撫でた。

『貴方は悪くないわ。けれど、貴方は、私たちと共に眠らなければいけないの』

 彼岸花がさぁぁぁっと揺れた。
 それは燃える炎が煽られるように。

『輪廻の奥底に』

 彼女は血に濡れた顔でただ優しく微笑んだ。


 ばっと飛び起きた。
 暗闇が空間を占めるその場所は、確かに眠ったときにいたあの中古物件の自身の部屋と決めた場所だった。
 じわりと吹き出る湿気に顔に手を当てて確認しようとすると、べちゃりと気持ち悪い感触を覚えて暗闇の中目を凝らして手を眺めると、汗でびっちょりと濡れているようだった。
 ゼルガディスは己を落ち着かせるように深く息を吐いた。
 確かにゼルガディスは両親の死をこの目で見ていた。
 というのも、ゼルガディスが幼い頃に家に放火があり逃げ切れなかった両親が、ゼルガディスを庇うように倒れこんでその身で炎からゼルガディスを守ったからだった。
 赤法師のレゾの家系でありながら、両親もゼルガディス自身も魔力はそれほど無かったので(特に幼い頃はそういう認識だった)、氷系の呪文を唱えて消火活動など出来るはずも無かったのである。
 両親がゼルガディスを守ってくれていたお陰で、彼は何の障害も負うことなく唯一の肉親になってしまったレゾに引き取られる事になったのだが……。

「今まで、こんな夢など見たことなかったのに――」

 そう焼き爛れる中優しく微笑む両親の表情を小さい頃は夢で見たことがあったが、こんなにも抽象的で優しい振りをしているくせにただただ恐怖を覚えるような夢など一度も見たことがなかった。
 ゼルガディスはべたべたする手をぎゅうっと握り締めて、再度息を吐いた。

「何故、あんな夢を……」

 眠れるはずも無く、ランプの炎をつけ本を読んで意識をそらしながら一夜を明かした。



      >>20060104 ゼルアメシーンは校正するたびにラブラブじゃなくなっていきます(涙)。



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