落ちる夢




 ゼルガディスは多少寝不足であったものの、比較的いつものことであったので気にする事もなく、一端宿屋に戻りシャワーを浴び歯を磨いて宿屋のチェックアウトを済ませ金を払う。なぜかというと、ゼルガディスは今日中にあの屋敷の水周りや生活に必要な箇所の掃除を全て終えるつもりだったからだった。
 そして帰る途中に朝食を済ませ、数日分の食料とこまごまとした日用品を買うと、まだ埃が溜まっている屋敷に戻ってきた。
 さて掃除をしようか、と背伸びしていると超合金娘の声が聞こえた。
 ゼルガディスさーんと嬉しそうに例えば犬であったらぱたぱたと尻尾を振りながら駆け寄ってくる様子に、本当に職務は大丈夫なのだろうかと半ば呆れ気味にゼルガディスは近くに寄ってきたアメリアを見た。

「今日も手伝いに来ましたー♪…ってあれ?ゼルガディスさん、顔色悪いですよ?もしかして、また本を読んで徹夜でもしたんですか!?駄目ですよっ、眠れる時に寝ないと!」

 それは憤慨する表情だったが、どこか心配そうな色も添えてあるあくまで近しいものとしての忠告のようにゼルガディスは思えた。
 例えば、母の無条件の愛情に似たような。
 連想させて、昨日の夢を引き摺っている事に思わず口に手を当てて、アメリアに見られないように嘲笑するとそっけなく言った。

「ああ…そうだな」

 それ以上の言葉などなにも言えるわけが無かった。
 そんなゼルガディスの言葉にアメリアはにこりと微笑むと、ぐぐっと気合を入れるように拳を無意味に突き上げた。

「さってと、今日は水周りと部屋のお掃除ですねっ」

 そういえば、今日もアメリアに掃除をつき合わせるのかと今更はっと思ったゼルガディスは、眉間に皺を寄せると腕を組んで何処か照れくさそうにそっぽを向いて言った。

「手伝わせてすまんな」

「なぁに言ってるんですかぁ!ゼルガディスさんとは正義の仲良し四人組からの付き合いですよっ。遠慮は無し無し♪」

 はつらつに押し付ける事も無く元気良く言うアメリアに、確かに昨日見た悪夢がすぅっと薄くなっていくのを感じて、口角に笑みを少しだけ添えた。
 午前中は水周りを掃除し、ついでに諸業者に電話をしガス水道類を使えるように手配した。
 シャワーにトイレにキッチン。
 この辺りが使えれば生活にはとりあえず困らないだろう。
 そうして、午後になると必要でないと判断された廊下を掃きながら各所の部屋を掃除する。
 アンティーク家具を丁寧に拭き、修理できるものを集めながら順調に掃除は進んでいった。

「あれ?この真ん中の部屋が、本来の屋敷の主が住んでいた部屋みたいですね」

 2階の丁度真ん中…そう玄関にある階段を上がった直ぐ傍に位置するドアを開いたとき、アメリアは呟いた。
 確かに、その部屋はどの部屋も広々としていて、どんっと置いてある大きなベッドは主人のものであったのだろうと推測するには充分だった。
 そして家具も埃にまみれてくすんで見えたが、先ほどまで掃除してきたアンティークの家具類よりも数段グレードが上がっているもののような気がした。
 そのどれもこれもがこの部屋が主人の愛用していた部屋なのだろうと推測できるもので、ゼルガディスはアメリアの言葉に頷いた。
 中に入り、窓を開き埃を集めて袋の中にまとめていく。
 徐々にくすんでいた家具類は姿を現していた。

「ゼルガディスさーん。この大きなベッドどうしましょ?」

 無駄に豪華な装飾がされているベッドを指差して聞くアメリアに、ゼルガディスはベッドをちらりと見て直ぐに判断を下した。

「いらんな。アンティーク雑貨にでも出せば売れるかも知れん」

「あー、けちくさ〜」

 直ぐに換金させるところに貧乏が染み付いたような感覚を感じたのか、それともただ単に冗談なのかアメリアは間延びした声で言った。

「固定給があるわけでも無いしな」

 何かの冗談のように言ったゼルガディスに、アメリアはくすりと楽しげに笑った。
 固定給に拘るというのなら、ゼルガディスもどこかに勤めれば良いだろうに。セイルーン城辺りならゼルガディスは何度も出入りし、ちょくちょく実力を他人の前で発揮してきた所為もあってそれなりに(反発する者も居るだろうが)認められているのだから、簡単に職につけるような気もしなくも無い。
 まぁ、もっともその辺りの見解については、ゼルガディスが深く考えている事の一つであるだろうけれど。
 ともかく、その部屋を掃除すると大きな本棚が見えて、そこには数個見知らぬ書物を見つけた。何故だかあの悪夢との関連が拭いきれずに、ゼルガディスは取っておくように自身の部屋へ持っていっていた。
 そんなこともありながら、2階部分の掃除を終えることには既に外も夕暮れ近くになっていた。
 今日もゴミを捨てるという名目の元アメリアを送って行くと、ガスと水が使えるようになった台所で簡単なものを作り、適当に食べ香茶を飲みながら今日、主人が使っていたであろう部屋で見つけた書物を読んだ。
 題名は簡潔なものだった。

『悪夢』

 手書きの古代語で書かれたそれは、書物の内容を表すものだったのかそれとも。
 それでも、偶然であるのなら悪夢を二度続けてみる事もないだろう、とゼルガディスは考えるとあっさりと寝ることにした。


 ごうごうと五月蝿いぐらいの音が聞こえた。
 目の前に燃え盛る炎は一体どれだけ何かを燃やせばいいというのだろう。
 恐らく二階建てだろうと思われる家は炎に包まれどのような原型だったかすらも分からない。その周りに間隔をあけながらも咲いている彼岸花は自ら発火しているように燃えていた。
 それは咲き乱れ燃えることなど意ともしていないように激しく激しく。
 どろりとしたものを頬に感じて手で触れてそれを見ると、何時の間にか幼くなってしまった手にごろりとそれが乗っていた。――焼け爛れた肉片が。
 何時の間にか五歳児の身体になったゼルガディスは混乱することなく目の前で燃える家を見つめた。
 すると、入り口でもあり出口でもある炎に包まれた扉から出てきた人が居た。
 それは男だった。
 炎の所為かそれとも他の要因が何かあったのか、既に片目はごっそりと削げ落ちて無くなっていた。炎に包まれていた所為か、ぼろぼろになった服の合間からは焼け爛れた皮膚が見えた。
 それでも、ゼルガディスにはこの人が誰なのか分かった。
 あの母のように、幼い頃に惜しみないほどの愛情を注いでくれていた人だったから。
 最後にゼルガディスを守って死んだ人だったから。
 ふと、何時の間にか手を握り締めていた。
 其処に視線を落としたゼルガディスはゆっくりゆっくりと手を開けた。
 その手の中にあったのは、血まみれの眼球だった。

『お前がやったんだよ』

 声にはっと顔を上げると、彼は微笑んでいた。
 そうまるで優しく見守る父のように。
 ゼルガディスは混乱する事もなく妙に冷えた感情の中、ただただ静かに彼を見るだけだった。

『これは全てお前がやったんだよ』

 ずきずきと心臓をそのままナイフで何度も何度も切り刻まれるように鋭い痛みが、ゼルガディスを襲った。
 それでも父にゼルガディスを恨んでいるような表情は見えなかった。
 ゆっくりとゼルガディスを触れられる位置まで歩いてきた彼は、ただただ優しく微笑むだけだった。それはやんちゃに駆け回る息子を静かに見守る父そのもので。
 慈悲に満ちた笑顔で、ゼルガディスに微笑みかけるだけだった。
 焼け爛れて片目をなくしても。焼け爛れた頬が削げ落ちようとも。

『お前はなにも悪くないよ。けれど、お前は私たちと共に眠らなければいけないんだよ、ゼルガディス』

 炎は尚も彼を蝕み続け、焼けた肉は容赦なく落ちていき、遂には骨まで見えた。
 それでも苦痛に顔を歪ませる訳でも、憎しみに満ちた目でゼルガディスを見るわけでもなかった。
 ただ死に向かうだけの、まるでゾンビのような姿になっていくだけだった。
 優しく笑った。
 削げ落ちた頬の所為で、笑ったようにはとても見えなかったが。

『輪廻の奥底に』

 父は焼け焦げた骨の見える手でゼルガディスの頬をゆっくりと慈しむように撫でた。


 ゼルガディスは飛び起きた。
 ばくばくと早く脈打つ心臓を押さえるように左手を胸に添えて、深呼吸をする。
 背中に嫌な汗が流れ落ちているのを意識しながら、どうにか恐怖を取り押さえ落ち着かせるとゼルガディスはベッドから降りて、シャワーを浴びに向かった。
 こつこつこつと歩く音だけが響く家の中は不気味なぐらいの静寂に包まれている。普段はそんな事まるで考えないのに。
 シャワー室に向かい、服を脱ぎそれなりに温まった水を浴びる。その間中、夢に見た焼け爛れた父の姿や血まみれの母の姿がぐるぐると脳みその中で回って大きくなっては小さくなり、反転しては静止画でただひたすら不気味なぐらいに微笑んでいた。
 その妄想を打ち払うように、ゼルガディスは何も考えずにただ汗を流すためにシャワーを浴び続け、適当に切り上げて水を拭い、新しいパジャマに身を包むと自室へと戻った。
 机に無造作に置いてあった、この家にあった『悪夢』という題名の本を取ると、ベッドの上でほんの少しの明りだけでそれを読み始めた。
 その中に原因があるかもしれなかったし、なにより眠れそうになかった。
 そうして今夜もゼルガディスは徹夜を余儀なくされた。



      >>20060111 うっわー、ページ切ると展開速いの分かるなぁ。



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