魂喰い




 会議後、王家で注意を呼びかける声が国民に浸透しても人食いが治まる気配は見せずに、ただ犠牲者だけが増えていく。
 アメリアが見たというその鬼のような特徴を持った女の目撃情報はあったのだが、どれも逃げていく様子すらもなくその場で幻のように消えてしまうため追跡する事も出来ずに居た。
 そんな中でもゼルガディスはいつものようにセイルーン城に向かうと、書物庫で本を漁っていた。
 書物を貪るように読みふけっていると、不意に風がふわりと通り抜けたような気がしてゼルガディスは視線を書物の中から現実風景へと移行させた。
 ぼとりと何かが落ちるような音がしてゼルガディスが視線を下に落とすと、確かに閉まってあったはずの道具を入れている自身の鞄の中から真っ白な魔道書がページを広げたまま落ちていた。
 光り輝いた真っ白な魔道書の中には古代文字が書かれていた。

『それを望むものに浮かび上がる。食らえば浄化し、食らえば不浄になる。食らうものは食らうものを望み、食らうものは幸せを望む』

 ゼルガディスは浮かび上がった文字に訝しげな表情を浮かべて、本を拾い上げた。
 その時目の前に足が見えて視線をあげると、丁寧な手入れがなされていないぼさぼさの黒髪に柔らかな光の中に何故だか悲しげな色を持っている黒目をした、ゼルガディスが見たことの無いような服装をした男が居た。
 気配も感じさせなかった事に驚くとともに、おぼろげに記憶にあるその服装は最近話題に上った鬼≠ニいう存在があった島国独特のものだった。萌葱色の狩衣という服に、白の単と呼ばれる中に着込んでいる服が独特の服装に味を出していておしゃれである。
 入ってきた気配すらも感じなかった事に愕然とするとともに、見たことも無いこの男はなんなのだろう?とゼルガディスは眉をひそめた。

「助けてやってくれ!」

 突然そう訴えられたゼルガディスは更に眉をひそめて、その男を見た。
 男の表情を見る限りは必死そのもので嘘などどこにも見えないが、ゼルガディスはそれでも警戒しながら男を見ていた。本当のような雰囲気をかもし出した演技をするものもまた、存在する事を知っていたからかもしれない。例えば、酷く人間じみた仕草をする魔族のように。

「……アンタは一体何者だ」

 しかし、男はゼルガディスの問いには答えずに手を引っ張ると窓からぽんっと外に出た。
 何時の間にか浮遊を唱えていたのか、その男は浮いていてゼルガディスは不本意ながら捕まるような形になっている。直ぐに浮遊を唱えるが男の手を振り解けぬまま、何時の間にか闇に囲まれた空を飛んでいく。
 不意に歌が響いてきた。
 その声は甘く艶がある声だった。そう、毒が含んでいてもおかしくないほどの艶やかさで。

「あーぶくたったにえたった
 煮えたかどうだか食べてみよう
 むしゃむしゃむしゃ
 まだ煮えない」

 男はまるでその声に引き寄せられるように、声が大きくなる方向へと飛んでいく。
 そうして、着いたのは郊外に存在する一本の大きな木がある丘の上。
 そこにいたのは、まるで以前文献で見た鬼のように頭に二本の角を持っている熟れすぎてぼとりと落ちた椿のように艶やかな女だった。
 その足元には女に寄りかかるように座り込んでいる、ゼルガディスがいつも見ている愛しい女性が。

「アメリア!」

 いつもなら、まるで小鳥のさえずりのように軽やかな声で元気よく返事をするのに、ゼルガディスの呼ぶ声に返事すらもしない。
 その様子は不可解なぐらいで、ゼルガディスは角を持った女を見た。
 女はその黒き瞳の奥に何故だか悲しげな光を点して、ゆったりと微笑んだ。

「貴方も綺麗。憎いぐらいに綺麗過ぎて食べてしまいたいぐらい」

「アメリアをどうした!?」

 まるで、怒鳴りつけるように叫んだが女が怯む様子はまったく無かった。
 女はただ悲しく微笑んで、艶やかな声で呟いた。

「……。何が違ったの?貴方と私では何が違ったの?」

 ふわりと風が舞うように女は居なくなって、支えを無くしたアメリアの身体は後に倒れこんだ。
 ゼルガディスは呆けながらも、アメリアが倒れた音に気が付くと慌てて近づくとその身体を抱き上げた。
 だが、反応は何一つ無い。
 見た目には外傷など見当たらず、だからといって呼吸が止まっているかというと静かに静かに呼吸はしていた。だが、目覚める様子はない。
 ゼルガディスはふと、思い出したようにここに連れてきた不思議な服装をした男のほうを向いた。
 後ろにいた男は、ただただ悲しげに消えた女が居た場所を見ていた。

「アンタは何か知っているのか?」

 ゼルガディスに問われた男は、ただ悲しげに薄く笑みを浮かべた。

「…彼女が心配です。どこか、寝かせてあげられる場所はありませんか?」

 とりあえずはアメリアを安静にするほうが先だろう。
 ゼルガディスは一向に目覚める気配のないアメリアの身体を抱き上げると、セイルーン城へとその男とともに戻っていった。



      >>20060427 助けを待つ姫なんてヒロインそのものですね。…似合わないけど。



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