魂喰い




 浮遊で運んでもまったく目の覚ますことのなかったアメリアをセイルーン城お抱えの医師に任せると、ゼルガディスはフィリオネルの追求を鬼の仕業だと一言で片付け、男とともにアメリアの自室の近くの空いている部屋に移動した。
 深いため息をついて窓の近くに壁に寄りかかったゼルガディスは、正面に向き合うように立っている男を探るようにじぃっと見つめた。
 男はただただ悲しげな光を目に宿して少しばかり気休めのように微笑んでいるだけだった。

「で、話してくれるんだろうな?」

 了承するようにはい、と頷いた男は手の内を見せるように話し始めた。

「……私の名は紫遠と言います。彼女の名前は燐音。彼女はとある島国で鬼と呼ばれる種族でした」

 紫遠のその言葉にゼルガディスは目を見開く。
 鬼という呼称はその行動の類似点から便宜上つけたもので、まさか文献でもどちらかといえば空想上の生き物として扱われていた鬼が居たという事実は軽い驚きを覚えても仕方のないことだった。

「文献で読んだことはあったが……鬼は実在したのか!」

「はい。文献を読んだのならお分かりかとは思いますが、鬼は食らうものとして忌み嫌われてきました。何故人を食らうのか、それはその島国でも分かっておりませんでしたが……」

 確かに文献では鬼は人を食らうものとして忌み恐れられてきていたらしい。
 それは、自分達種族と姿はほぼ同じなのに違う要素を持ち合わせた鬼という存在に恐れをなしたためではなかったのか。ゼルガディスは己の経験を思い出したのか眉を顰めた。
 深いため息をついた紫遠は、やはり悲しげに目を伏せてそれでも続きを話す。

「彼女は鬼の最後の一人のようでした。その他の鬼はその島国の方々に退治という形で殺されてきたようで、彼女は人目を恐れて人の来ないような森深い場所で一人暮らしておりました」

 風景を思い出すように紫遠は少しばかり遠い目をした。
 それは懐かしいものを大切なものを思い出すときのような雰囲気をかもし出していて、ゼルガディスは紫遠のその様子に不思議ばかりを感じる。
 それとともに文献では鬼は人を食わねば生きていけないのに、人の来ない場所で暮らしている……とはどういうことなのだろう?と矛盾を感じた。

「人は食っていなかったのか?」

「本来、食らうものである鬼は食らう対象が何であれ問題は無いそうです。例えば精気だったり魂だったり、形の見えないものを食らっても腹は膨らむそうです。そういう風に彼女は言っていました」

 まるで、知り合いの言葉を思い出すように話しているような口調だ。
 ゼルガディスは眉を顰めて紫遠を見た。奇妙な格好をした目の前の男と鬼は語り合うほどに親しかったのだろうか。それがまた不思議であった。

「言っていた?アンタは鬼と知り合いなのかっ?」

 怒鳴りつけるようなゼルガディスの言葉に、紫遠は真っ直ぐにゼルガディスを見た。
 まるで、それを隠し立てする気などどこにも無いのだとゼルガディスに主張するように。

「……ええ、私は彼女を愛していました。けれど、彼女は鬼というだけで人に追われ遂には殺されてしまいました」

「じゃああれは?」

 聞くまでも無く幽霊という存在が居ることを象徴するように白魔法の呪文には浄化結界などが存在するわけなので、ゼルガディスは燐音もそれとおなじものだと思った。だがしかし、霊が生前の能力姿のまま存在するとは考えにくい。何故なら思いのみの幽霊になった時点で本質が歪んでしまうからだ。
 だからこそ鬼という形態を取っていられる燐音という存在が不思議に見えた。

「本来は霊……というべきなのでしょうが、あれは思い出なのです」

 霊だと肯定すると思っていたが予想とは違った答えにゼルガディスはまじまじと紫遠を見た。

「思い出?」

「ええ。ゼルガディスさん、貴方がお持ちになっている食らう書が実体化させた思い出なのです」

 思ってもみなかったことを言われて、だがしかしその様な名称の書物など持っていなかったのでゼルガディスは首をかしげた。まったく記憶に無い。

「食らう書?……そんなもの」

「貴方は知っているはずです。不思議な現象に巻き込まれた事はありませんでしたか?それは幻のような事だったり、夢のようなことだったりしたはずです。それは、その本が思い出を起こし思い出を喰らっているからなのです。そうしながら喰らう書は、その思い出を自らの本に喰うという行為で己に刻む事によって成長をしているのです」

 それは確かにゼルガディスが記憶している中で存在した出来事だった。真っ白な魔道書を手に入れてから不可解でどうして起こっているかも分からぬような出来事が起こり、ゼルガディスは巻き込まれていたのだから。
 初めて知った事実に驚きながらも、書庫室に置いてきてしまった真っ白な魔道書のことを思い出していた。

「あれは、食らう書というのか?」

「ええ。もっとも、それは通称で正式名称はあの食らう書自体も知らないようですが」

 言い回しに違和感を覚えたがそれは今優先する事項ではないだろう、とゼルガディスはあの真っ白な魔道書…食らう書がどのような条件で思い出を起こすのか聞くことにした。

「……で、その食らう書は何を目的としてあの鬼の思い出を起こした?」

「食らう書に目的など存在しませんよ。食らう書は強い思い出を起こすのです」

 それほどまでに、燐音が人を喰らいたいと願う気持ちが強かったということなのだろうか?
 なにが燐音をそこまで駆り立てるのかゼルガディスには想像もできなかったが、しかしこの事態を終わらせるためにはとりあえず原因は後回しでも大丈夫だろう、と判断した。

「しかし、その島国からは随分離れているセイルーン聖王国で何故燐音が起きることになったんだ?」

「それは食らう書と燐音の性質である喰らうという行為が同類だったためではないでしょうか」

 その言葉にゼルガディスはなるほど、と頷いた。
 思い出を喰らうものと肉体や精神を喰らうもの。
 喰らうという概念では鬼と喰らう書は喰らうものの性質は違えどまったく同じであった。

「既に実態としての力を失ったけれど場に思いだけが残っていた燐音が、目を覚ました食らう書に自分の思い出を選ぶように働きかけたのでしょう。食らう書は思い出を選びませんから、燐音の思いを呼びかけられたまま起こした。ただそれだけの話ですよ」

 ただそれだけの話であったとしても、対応しなければいけないゼルガディスにとってはいい迷惑というものである。
 厄介な本を拾ったものだ、とゼルガディスはため息をつきながら具体的な対応策を考えるために紫遠に問うた。

「もし、この本に書かれて経験してきた事がこの本の思い出を食らうための行為だとしたら、俺は何をすれば良いんだ?」

 今までの出来事を反芻してみると、決して本人を倒せば食らう書が思い出を終わらせるわけではない。何が終わらせる条件なのかゼルガディスには皆目見当もつかなかった。
 だがその言葉に、紫遠は解決方法を知っているのか真っ直ぐゼルガディスを見た。強い光を伴った目で。

「……アメリアさんを助けてください」

「それは、燐音を倒す事じゃないのか?」

 燐音を消滅させる事によってアメリアを助ける事にならないのだろうか、とゼルガディスは思った。何故なら、アメリアが現在目覚めないのは明らかにあの鬼が干渉している所為なのだから。
 しかし、紫遠はそれを否定した。

「いいえ。燐音はアメリアさんの魂が彼女にとって最上の状態になるのを待っているのです」

「どういうことだ」

 紫遠が言いたいがすることがまったく分からなくてゼルガディスはじぃっと睨んだ。
 彼はゼルガディスから視線を外すと窓の外を眺めて、少しだけ悲しげに微笑むとゼルガディスを見た。

「肉体と魂が結ばれている間は、そのつながりが強固で魂を食らうことが出来ません。ですから、彼女は魂と肉体を分離させて魂をどこかに閉じ込めたのでしょう」

「なぜ、アメリアだけ?」

 そうだ。
 アメリアが見たというその場面は確かに、あの鬼が人の肉を食らっているところだったという。
 何故他の人は血肉を食べるのにアメリアにだけ違う手段をとるのか、ゼルガディスにはまったく理解できなかった。人肉が欲しければアメリアを喰らうのが普通だろう。もっとも、その理解できない行動のおかげでアメリアを助ける猶予が出来たのだが。

「彼女にとって浄なるものを食べるということはその身を浄化する事が出来ると聞きました。……アメリアさんの魂はその肉体を食らうよりも魂を食らったほうが浄化されると判断したのでしょう」

 何故燐音がその様な判断をしたのか分からなかったし、恐らくは紫遠も分からないのだろうからともかく先に話を進める事にした。
 疑問ばかりが脳裏をよぎるが、どれもゼルガディスにとっては一番大切なことではない。
 ゼルガディスにとって一番大切なことはアメリアを無事に助け出す事なのだから。

「そうか……。あんたにはアメリアの魂がどこに閉じ込められているのか、予想はつくか?」

「いいえ。私と一緒に居たときには彼女は人を食べた事などありませんでしたから」

 呟く紫遠はどこか悲しげで、そしてゼルガディスには何故燐音が男と一緒に居たときには人を食らう事など無かったのに、今になって人を食らうのか疑問だった。
 それは、この事件を追っていけば全て理解できるのだろうか。

「ならば、どうゆう状態だと魂を逃す事が出来ないか、分かるか?」

 紫遠はその言葉にも首を横に振った。

「いえ。……でも、彼女が術を使うときには浄なる力を借りるのだと聞いたことはあります」

「なら、それだな。近辺で浄なる力を借りる事が出来る場所――。それは魔術によって高められたものでも?」

 此処はセイルーン国でこの国自体が白魔法の陣で守られている。
 もしそれが魔術でも叶えられるものならば、この町の中心……つまりはこの城の中心部が一番魔力によって彼らの言う浄≠ェ高められた場所でないだろうか。
 ゼルガディスはそんなことを思いながらも確認した。

「そこまでは聞いたことありません」

「……まぁ、探すしかないだろうな。あんたも付いてくるんだろう?」

 さすがにそこまでは知っていなかったか、と予想済みではあったが脳内で情報を整頓しながら、必要な事は全て聞いたと壁から背を離した。
 あとは行動するだけである。

「もちろんです!」

「とりあえず、書物庫に行ってから食らう書を取ってきて、その後にセイルーンの中心地であるこの城の中央部にでも行ってみるか」

 ゼルガディスはアメリアの容態を確認する事も無く全ての元凶であったあの真っ白な魔道書を取りに行った。



      >>20060503 よくある話ね、退屈な話〜♪



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