魂喰い




 すぅっと目を開けると、そこは先ほどまでいた赤いコスモスの花畑ではなかった。
 露出された木の骨組みが見える天井に、ゼルガディスは不思議に思いながらその身を起こした。
 瞬間、目に入ったのは大きな鍋とその向かい側に見えるアメリアの姿だった。

「アメリア、無事かっ?」

 叫んだゼルガディスの言葉に、アメリアはまったく反応を返さずにただにこにこと笑っているだけだった。
 それはいつもの花の綻ぶような生気のあるアメリアらしい笑みではなく、どこか精密に作られた人形のような冷たい微笑みだった。
 そんなアメリアにゼルガディスはとたんに冷静になって周りを見渡すと、どうやらそこは木の小屋のようでこじんまりとしていた。
 中央にある鍋はぐつぐつ、と音を立てている。

「煮えたでしょうか?食べてみなくちゃ」

 むしゃむしゃむしゃ、と音を立てて食べているアメリアの表情はやっぱり不気味なものだった。まるで、氷のような不気味な凍えを感じる。いつもとは真逆すぎて、怖さすらも感じた。

「…どうぞ、ゼルガディスさん」

 お碗に鍋の中のものをよそって不気味な笑顔とともに差し出された。
 ゼルガディスは顔が強張るのを感じながら、その不気味なものを覗いてみた。しかし、見た目は至って普通の島国でよく食されたという味噌という調味料仕立てのスープに良く似ている、と文献の知識から思った。それを箸でかき回してみれば、もしかしたら具がなんだったのか判ったのかもしれないがなぜだかそうする気になれなかった。

「一体どういうことなんだ」

「食べないんですか?じゃあ寝なくっちゃ。お布団出しますね」

 ぽつり、と呟いたゼルガディスにアメリアはいたって抑揚のない声で自ら確認するように呟くとすっ、と立ち上がってがたん、と横にドアをスライドさせて、押入れという島国の文献に載ってる形状とよく似た備え付けの物入れから布団を取り出すと横に敷いた。この、ベッドではなく床に布団を敷いて寝るというのも島国の独特の文化だったはずだ、とゼルガディスは静かにアメリアの行動を見ていた。
 すると、急にどんどんどんどんと扉を叩く音が聞こえた。

「一体何の音なんだ?」

「もしかしたら、お化けがどんどんどんって叩く音かもしれませんよ?それでも、開けますか?」

「何故?」

 淡々と喋るアメリアにたかがお化けごときにそんなことを言うとは何故なのだろうか?と思い問い掛けてみると、アメリアは口角を引き攣らせてにやり、と無気味に笑った。
 アメリアに似合わないその表情にゼルガディスは顔が歪んでいくのを感じた。

「お化けは寂しがり屋なんです。あの世に誰かを連れて行きたくってしょうがないって、泣くんです。だから、開けた瞬間お化けだったらあの世に連れ去られてしまいますよ」

 くすくす、と笑うアメリアになにか別の人物を感じて、もしかしたらアメリアの皮を被っている別なものではないだろうか、とゼルガディスは思った。
 アメリアはにやりとなど笑ったためしがないし、なによりその表情はまるでアメリアの顔に似合っていない。

「…お前は誰だ」

 ゼルガディスが吐いたその言葉はしかしアメリアの皮を被った人物の表情を変化させることも出来ず、アメリアと同じであるその桜色のぷっくりとした唇にすぅっと孤を描いた。
 まるで、それがどうしたのだ、と言わんばかりに。

「わたしはアメリアです。アメリア=ウィル=テスラ=セイルーン。セイルーン王国第二王女」

 しかし、返ってきたのはありきたりな言葉だった。
 その言葉にはまるで嘘をついているようなニュアンスを感じず、ゼルガディスは顔を顰めていた。
 目の前のアメリア≠ヘそれが嘘であるとまったく思っていないのだろうか?確かにゼルガディスが感じるのは目の前のアメリア≠ヘアメリアではないということなのに。

「そんな代名詞を聞いたわけじゃない。お前はアメリアじゃないな?」

「見目がそうであればそうなのでしょう?それとも見目が違っても、中身がアメリアならアメリアだと貴方は言うのですか?精神論なんて似たような環境下と性格にすればたやすく作る事が出来るのに?」

 淡々と放った言葉はアメリアには似合わない冷たい言葉で、ゼルガディスは息を呑んだ。
 性格云々という所詮精神論でしか反論できないゼルガディスは、それでも目の前のアメリア≠ノ違和感しか感じなかった。だから、反論しようと口を開いた瞬間、また扉がどんどんどん、と鳴り響いた。
 アメリア≠ェいうところのお化けがノックしているのかもしれない音が。

「開けますか?お化けがいるかもしれませんよ」

 にこり、と不気味なぐらいにちぐはぐな印象を受ける奇妙な笑みで言われて、ゼルガディスはにやり、と口角を上げた。

「そうだな、開けよう。どうせ此処にいても意味などないし……なによりお前の中身はお化けのようなものなのだから」

 すっと立ち上がるとどんどんどん、と鳴り響いている横開きのドアをすっと開けた。
 そこにはお化けがいた。
 どろどろと焼け爛れた肌は、瞼を覆い隠して耳まで切り裂かれた大きな唇は不気味すらも浮かぶ。白装束はぼろぼろ焼けており、足は見えなかった。
 その姿は一般的に怖さを与えるものだった。

『ゼルがでぃすサン……ゼルガでぃすサン……』

 頭の中に響き渡るように、自分を呼ぶアメリアの声が聞こえて目の前のお化けを見た。
 お化けはただ静かにそこに存在しているだけで切り裂かれた唇は何一つ音を発していなかったのに、ゼルガディスには自分を呼ぶアメリアの声が聞こえた。
 そして、それは確かにこのお化けが言っているものなのだと何故だか思った。
 するとようやくお化けはその切り裂かれた唇を大きく開いて、まるでサメの歯のようにぎざぎざに尖っている歯を見せて枯れた声で一言言った。

「食べてしまおう」

 口は大きく開かれ、明らかに顔の面積より大きく開かれたそれにゼルガディスはまったく驚く事もなければ呪文を唱える事もなく、大切なものに出会ったように笑みを浮かべると両手を開いて抱きとめるような格好を見せた。

「アメリア。戻ろう」

 食べられる直前、大きな光がゼルガディスとお化けを包んだ。




      >>20060517 あー、TOR丁度やってた時期だったかなぁ。



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