わたしは正しいのでしょうか?
 わたしは間違っているのでしょうか?
 それすらも分からないのです。
 どうか、神よ。
 わたしに道を提示してください。
 正しい道を。




      正義と云う名の盲目




 誰にも平等に夜は訪れる。
 わたしは、過ごしにくい王宮で当てられたわたしの部屋で睡眠をとっていた。近頃は浅い睡眠しか取れなくなっていたわたしは、目を閉じながらも今日の出来事を反芻していた。
 いや…正しくは、グレイワーズさんに言われた言葉を。

「お前は、本当に正義があると思っているのか?」

 スィーフィード様。どうか、わたしに知恵をお与えください。
 わたしは、このまま返り血で真っ赤になっていくべきなのでしょうか?
 それとも、教皇ゼロス様に背いてスィーフィード教を広めずに自国のみで信仰を深めるべきなのでしょうか?
 わたしには分かりません。
 どう動いていいのか、わからないんです…。

 ふ、と人の気配を感じて、わたしは枕もとに忍ばせておいたナイフを取り出した。
 数々の聖戦でわたしは、人の気配や殺気を察知することに長けてきていた。ただの平民だったわたしが…。それが、なんだか物悲しく感じる。
 しかし、どのような結果を出すにしろ、わたしはわたしの正義を貫くためにここで死ぬ訳にはいかない。
 とん、と音がして人の気配がわたしの隣にまで来るところで、ぱ、と目を開けて動いた。
 人の気配の反対方向に転がり下り、体制を整えようとするところで首筋に冷たいものが当てられていることに気がつく。

「静かにしろ。今、お前を殺す気はない」

 低く通るような声は、昼間に聞いたものと一緒で。
 …まさか、グレイワーズさんが敵地に忍び込んでくるなんて。
 彼は、ゼフィーリア王国でも五聖として名を知られているし、その中でもリナ=インバースの作戦の補助を豊富な知識で果たすブレインの役割を果たしている。その彼が、こんなときに欠けてしまっては作戦は穴が大きくなるというのに。
 ふ、と扉の前で音が大きくなっているのに気がつく。

「聖女様!大きな音が聞こえたのですが!!」

 グレイワーズさんは腕を緩め、拘束を解除した。
 その意図はわからなかったけれど、ともかく返事をしなければこの部屋に入ってくるだろう。鍵はしているが簡単に壊れてしまうものだ。

「大丈夫です!ベッドから落ちてしまっただけです!心配をお掛けしました」

「そうですか…。では、失礼します」

 足音が聞こえてどんどん離れていく。
 わたしは、グレイワーズさんのほうを向いた。
 窓から差し込んでくる月の光がグレイワーズさんの銀色の髪に反射してきらきらと零れ落ちる。元々、かなりの美形であるグレイワーズさんの冷たいような雰囲気をさらに引き立たせ、もっとシャープに冷たいながらも美しい姿をかもし出す。

「何故、兵をよこさない?解放したんだ。お前ぐらいの腕ならば自分の領内で俺を追い払うことぐらい簡単だろう?」

 わたしは微笑んだ。どのような微笑みを浮かべているのかは分からないが。

「貴方に二つ、聞きたいことがあったんです」

「なんだ?」

 一つ、簡単な疑問のほうを先に聞くことにした。

「何故、貴方が敵地に忍ぶようなことをするんですか?その様な危険な役目をしてしまえば、ゼフィーリアの作戦を指揮するお方がリナ=インバースさんだけになってしまいます。ブレインは深き考えの方がいるほど奇抜な作戦、そして隙のないものが出来上がります。大事な局面である今、なおさらゼフィーリアは貴方を失う間抜けな真似をする訳がありません!なんでですか?」

 それにグレイワーズさんはにやり、と笑った。
 どうして、こうも皮肉に満ちた笑い方をするのか?
 敵ながら分からない。

「聖女アメリア、アンタは俺を買いかぶりすぎだ。まぁ、もっともリナにはこれぐらい買いかぶってもらったほうがいいけどな。…普通は忍び込んで情報収集はルークかミリーナの役目なんだが、俺が志願した。今日もあいつの情報は間違っていたし、俺自身こうゆう闇での動きは慣れている。実際にこの目で様子を見たほうが良いと思ってな」

 いまいち納得がいかなかった。
 そんな理由で、作戦の要であるグレイワーズさんが敵地に忍び込んでくるとは考えられない。
 けれど、作戦に繋がるようなものなら敵であるわたしに話すはずもない。とにかくそれで納得することにした。実際に聞きたいことは其処ではないし。

「では、二つ目の質問です。貴方たちの神は貴方たちに道を提示するのですか?平和への道を教えてくれるのですか?」

 その質問に、グレイワーズさんが眉をひそめたのが逆光ながらも分かった。
 そんなにもわたしは意味のわからない質問をしたのかしら?
 ともかく、グレイワーズさんは答えてくれた。

「それは俺たちが考え、俺たちが行うことだ。それに、昔から住んでいた土地を追われることは誰もが嫌だろう?アンタはそうは思わないのか?」

 わたしはぎゅぅっと、唇をかみ締めた。
 それをわたしは知っていたから。
 先住民が土地を追われることを知っていたから。わたしが今まで勝利を収めてきた戦いにも、他国に攻め入ったものがあった。
 そのあと直ぐに教皇様から次の戦地の話が出て、わたしはその土地を見れなかったが他の戦地に赴くときに街中を通ったときには、ひどく衰弱したような、青い表情を見せていたことを思い出す。誰もが、誰もが。わたしは、日々の忙しさにかまけてそれを忘れていたけれど、きっと、あの人たちはこの先の生活を考えていたからああいう顔になっていたに違いなかった。

「…。わたしはただ、皆が平穏に暮らしていく道を、神に提示された道を歩むだけです」

 そう。わたしは、それだけを信じて歩いてきた。
 神の言葉を聞いたその日から、自国が攻め入られたその日から。
 ただただ、平穏に暮らしたかったのだ。

「アンタはアンタが考えた道はないのか?アンタが歩みたい道はないのか?」

 わたしは、とっさに時々来てくれていたお父様の顔を思い出した。
 お父様はとても身分の高い人で、わたしの母親はそこに勤めていたメイドだった。わたしを産んだことで、お父様の正妻の逆鱗に触れお母様は殺されてしまったようだった。実際のところは知らないけれど、お父様はいつもわたしに申し訳なさそうな顔をする。母親と一緒にいられなくしてしまったのは自分なのだと、そう嘆く。
 そうして、わたしは郊外にある小さな小さな小屋ともいえるその家に一人で放り込まれた。それは、お父様の正妻の唯一の良心だったようだけれども、生きる術も知らなかったわたしは幾度もひもじい思いはしたし、辛い記憶もある。
 けれども、お父様はそんなわたしを正妻の目を盗んでは来てくれた。
 お父様ぐらいのお方ならわたしのことなんて忘れてしまうのに、それでも来てくれた。
 そうして、わたしに名前とミドルネームをくれて、きちんと見てくれた。お父様は自分は父親失格だと何度も言いわたしに謝罪を繰り返したけれど、お父様のその姿勢が嬉しかった。
 それに、近所に人たちの目も温かかった。
 食べ物もないわたしを、農作業を手伝う代わりにものを食べさせてくれた。
 神父さんはこっそりと回復呪文を教えてくれた。生きていくうえで役に立つからと。
 わたしはただ、そんな日々の幸せを無くしたくないだけ。
 だから、他国が攻めてきたときにわたしは戦地に赴いた。誰も傷つけたくなかったし、守りたかった。そのためにわたしの手が汚れてもいいと思った。神は、そんなわたしを見捨てなかった。
 そんな事の繰り返しで、わたしは聖女と呼ばれるようになった。
 ただ、それだけだったのに。

「わたしは、…ただ、父と共に暮らしたかっただけ。幸せな日々を守りたかっただけ」

 そう、呟くとグレイワーズさんはにっこりと笑ってくれた。
 それは、どこか嘲笑したようなそんな皮肉に満ちたものじゃなくて、優しい微笑み。
 あああああっ、そんな笑みを浮かべられては胸きゅんですよぅ!ほのかに頬が火照るのが自分でもわかる。

「なら、その道を突き進めば良い。それは、俺たちの国に侵略しなければ出来ないことなのか?」

 わたしはそう言われて、とたんに悲しくなった。
 教皇様のお言葉といえなんてひどいことを各国にしてしまったのだろう、と。
 わたしが辛いと思っていたことを、グレイワーズさんも味わっていたんだ。
 それを、わたしの手でしてしまったんだ。
 わたしは、神聖スィーフィートを自らの手で汚していてしまった。

「いいえ。御免なさい、わたしは全てを覆っていたために血を流すことにすら痛みを感じていなかった」

「それでも、アンタはこの国では禁止されている呪文を使って命を取るようなことはしなかった。アンタたちの言う神もそれを考慮してくれるさ」

 わたしたちの国では巫女を除く女性の魔法の全てを一切禁止している。もちろん、その知識すらも触れてはいけない。巫女だけは神の僕と言うことで回復呪文だけは許されているのだけれど。
 そうか…ゼフィーリアでは魔力があり、意力がある方ならば誰でも学べると聞いたことがある。
 ならば、意識のある方ならわたしのことを言っているのかもしれない。
 それでも、傷つけた本人であるわたしのことを人はなんて優しくも言ってくれるのか。

「有難う御座います。グレイワーズさん」

 わたしがそう言うと、グレイワーズさんは苦笑した。

「ゼルガディスで良い」

「わかりました。じゃあ、ゼルガディスさん…もうそろそろお帰りになられたほうがいいと思います。長居されては見つかる確率が高くなるでしょう?」

 わたしがそう言うと、ゼルガディスさんは少しばかり驚いた表情を見せた。
 まだ、敵だと見ているのだろうか?
 確かに、立場上そうでなければならないし、恐らく直ぐに戦争を無くすことも出来ないだろうけれど、わたしはもうゼルガディスさんと敵でいる気はない。もちろん、ゼフィーリアともその他の神聖スィーフィードを信仰していない国とも。
 それでも、わたしは兎に角微笑んでいるとゼルガディスさんも微笑んでくれた。
 何だか、無愛想な方だけれども、とてもいい人。

「そうだな…。まぁ、他の場所も見ておきたいし、お前との話も終わりにしておこう」

「ええ!わたしの力では、直ぐにこの戦争を終わらせることは出来ないかもしれませんが、それでも正義がこの世にある限りッッ!わたしは精一杯頑張りますから応援よろしくお願いしますね、ゼルガディスさん」

 びしぃぃっと指を突き立てると、ゼルガディスさんはあっけにとられた顔をしていたけれど笑った。
 とても、素直な笑い方。
 ゼルガディスさんは、普段も顔が整っていてかっこいい人ですけど、笑っている顔がとても可愛い!

「いや…聖女、というからは物静かなのを予想していたんだが、面白い奴だ」

「ぶぅぅぅ!それって、わたしが落ち着きがないとかそうゆう事を言いたい訳ですかッッ!?」

「いやいや、予想を良いほうに裏切ってくれた、という意味だ。…さて、本気でもうそろそろ離れるとしよう。お前には敵が多いだろうが、ゼフィーリアはお前に加勢する。好きなように、な」

「有難う御座います!」

 ゼルガディスさんは、天井のほうに上がっていった。
 それを、わたしは何時までも見ていた。



      >>20050218 それもまたひとつの選択。



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