手探りで探すのです。
 本当に神が望んでいることを。
 全てのものに慈悲深き神が望むことを。
 統一を望むのか。
 自由に生きることを望むのか。
 ただ祈りを捧げるのではなく、手探りで探すのです。




      正義と云う名の盲目




 それでも、急に侵略戦争を止めることは出来ない。
 力のある教皇様ならばともかく、民衆の代表であるわたしは平民には人気があるけれど、貴族や国王、ましてや教皇様になにか言える立場でもなくそれを見ていることしか出来ない。
 強い後悔の念に駆られながら、わたしは無骨な鎧を着て戦場に立っていた。
 民兵が国の理不尽な侵略戦争のために家族を残して命を散っていくのを、わたしはただ黙って見ていることしか出来ない。
 ただ、一つでも多くの命が失われないようにわたしは祈りながら、この手に他人の命を天秤を乗せながらも戦争をしなければいけないのだ。
 なんとわたしは愚かなのだろうか。
 なびく肩までの黒い髪が頬にかかって、平民の声が流れていく。
 ぎゅっ、っと拳を強く握った。奇しくもわたしがこの運命を導いたことに後悔しながら。これ以上の犠牲を出さぬことを誓いながら。
 そうして、くるり、と兵のほうを向いた。
 わたしの姿を見て、わぁぁぁぁっっっ!と声を荒げてくれる彼らは愚かなわたしのことを信じてくれていて、とても嬉しく感じそして申し訳なくも思うけれど、とにかく聖女≠ニしての言葉を発した。

「生き残ってください!」

 しぃん、と戦場が一瞬静かになった。
 それでも、わたしがどんなに愚かでも彼らに目を逸らすこともなく、声を大きくして言った。

「生き残ってください!そして、自分の信ずる正義のままに行動してください!それが、それが神聖スィーフィードの望んでいること。そして、スィーフィードはわたしたちをいつも見守ってくださっているでしょう!」

 わたしの声に呼応するように、大きな声が返ってきた。
 わたしは決して聖女≠ネんかではないけれど、きっと神聖スィーフィードはそれを望んでいるとわたしは信じているから。
 ゆっくりと正面を見据えて、剣を掲げた。
 民兵達はそれを合図に駆け出した。
 そしてわたしも、駆け出した。


 大きな爆発音を聞きながらわたしはひた走る。
 攻撃魔法によるものだろう。
 わたしたちの国、セイルーンでは魔法の浸透率が低い。女性が禁止されている所為か神官や巫女などは神聖であるが故に治癒の手である回復魔法は覚えるのだが、国民全体では覚えようとする人たちが少ない。それ故に魔法が発達して魔道士協会の本拠地でもあるゼフィーリアには敵わない。
 しかし大きなものになればなるほど、知識だけではなく魔法容量…つまりは才能も大きく貢献してくるが故に、魔法使い自体は人が少ないのかもしれない。
 ともかく、わたしは襲いかかって来る人々を剣であしらいながら決して致命傷を与えないように戦場の中心に来た。
 金色の髪が揺れているのが見える。まるで、舞を舞うようにきらきらと光り輝いている。
 あれが、戦場で金色の獣≠ニ呼ばれる五聖のうちの一人ガウリィ=ガブリエフ…。その後方には、赤い髪の先から強い生命のオーラが上がっていく…稀代の魔道士、五聖がうちの一人リナ=インバース。
 とてもとても強い瞳を持つ人たち…。あれが、神に動かされることもなく自らの意思で自分の力で動いた人たちの目なのね。
 そうして、右側から来る人を重い剣で叩きつけその反動で左側から来る人を回し蹴りをする。
 とても敵うわけがない。そう実感しながらもわたしは駆けていく。
 わたしが、この戦争で望むのは唯一つ。
 多くの人の命が失われないように。ただ、それだけなのだから。
 きらり、と銀色を見たような気がした。
 わたしは戦場に出てしまえば敵同士で刃を向けなければいけないことを知っていながらも、何故か惹かれるように駆け出していた。

  ざしゅッ。

 音が近くで聞こえたような気がした。
 肩のところから赤い花びらが咲き乱れて、ぽとり、と落ちていくよう。
 真っ赤が目の前に広がって、銀色がゆっくりと地面に着いた。

「ゼルガディスさぁぁぁぁぁんっっ!!」

 わたしは咄嗟に叫んで駆け出していた。
 それは敵同士であるわたしたちの間ではあってはならぬことだけれども、わたしは止めることもせずに駆けよった。
 頬に赤い血が付着している。
 血の気がなくなっていく真っ青な端正な顔が死の色を濃くしていて、地面に血が広がっては染み込んでいく。
 わたしは咄嗟に手を当てて呪文を唱えていた。

「聖なる癒やしの御手よ
 母なる大地の息吹よ
 願わくば
 我が前に横たわりしこの者を
 その大いなる慈悲にて救いたまへ」

 それは、わたしは使うことを禁止されているもの。
 光が急速に手の中に集まっていき、凝縮される。

「復活!」

 ふわり、と神の慈悲のような柔らかな光が手の平からゼルガディスさんの傷口へと収束されていき、切り開かれてピンク色の肉片すらも見える傷を貼り付けては、閉じていく。
 なくなっていく血の代わりをすることは出来ないけれど、それでもこれ以上血を流しショック死することもなくなっていく。
 そうして肩から胸にかけての大きな傷が無くなって、わたしはほっとして手を下ろした。
 ふ、とゼルガディスさんを見ると、薄く目を開けていた。

「アメリア、……」

 それを聞き取ることも出来ず、それでもわたしはゼルガディスさんを見て、立ち上がった。
 見渡すと、自国の民兵がわたしを酷く驚いたように見ていた。
 それもそうか。本来わたしたちにしてみれば、五聖の一人ゼルガディス=グレイワーズが死ぬことは自国の勝利に一歩近づくのだから。
 けれど、わたしはただ…この無愛想だけれども優しい人を失いたくは無かった。
 ゼルガディスさんのことなんて何一つ知らないけれど、あの夜に微笑んでくれたあの優しい表情はあの優しい言葉は本当のことだから。
 だから、失いたくなかった。
 ただ、それだけのこと。

「ゼルっっ!」

 叫び声を上げてきたのは、リナ=インバース。
 しかし、近くにわたしの姿を見つけ警戒するように力ある言葉を唱えている。
 全身に広がるとても気丈の激しい、生命力にあふれたオーラは近くで見るととてもまぶしく感じた。遠くで見るだけでも、あれだけわたしを圧倒していたのだから当たり前だろう。

「インバースさん」

 リナ=インバースさんは、名を呼ばれたときにびくっと身体を反応させて、それでも強い赤い瞳を逸らそうとはせずにわたしを見ていた。
 わたしは、ゆったりと微笑んでいた。

「傷は治っています。が、失った血液はなかなか戻りません。休ませてあげてください」

 それの言葉に訝しげな表情をして、リナ=インバースさんは口を開いた。
 力ある言葉が消えてしまうのも構わずに。

「アメリア=ヘーメラー、貴方は一体…?」

 わたしはそれでも微笑んでいた。
 後ろから兵士たちが近づいてくるのを感じた。
 ぎゅ、っと剣を握り締める。

「ゼルガディスさんに、お伝えください。有難う御座います≠ニ」

「なっ…」

 わたしはリナ=インバースさんに背後を見せた。
 そして兵士達と対峙した。
 ふぅ、と息を吐く。
 もしこの兵士にやられても、リナ=インバースさんにやられてもわたしに悔いなど無い。
 それは奇しくも全ての要因となってしまったわたしには相応しい結末に違いないから。

「アメリア様、お退きください。貴方はわが国で禁止されている魔法をお使いになった。その上、敵国の重要人物をお助けになりました。…其処をお退きになられれば、まだ教皇ゼロス様への言い訳も立ちましょうぞ」

 わたしは、背筋を張ったまま凛とした声で言った。
 お父様は人の前に立つときは良く通る声で自分に自信があるように喋りなさいと、良く仰ってくださった。そしてわたしが聖女≠ニ祭り上げられたとき、お父様の言ったとおりにした。それはわたしがお父様から習ったことだったし、人の前に立つお父様だからこその言葉だと確信していたからだった。

「いいえ、わたしは退きません。わたしはわたしが正義だと思えるものを貫くのみです。さぁ、捕まえればいい。後悔などありませんから」

 ただ、一つ後悔する事といえば。
 お父様より、先立つ不幸を考えるのみ。
 不意に後ろからリナ=インバースさんが「翔封界」と唱えるのが聞こえた。
 恐らくはゼルガディスさんと戦線離脱したのだろう。…けれども、翔封界はコントロールが非常に難しい術…ゼルガディスさんを持って、という荒業は稀代の魔道士であるリナ=インバースさんだからこそ出来ることなのだろう。
 わたしは、剣を下ろした。
 強い憎しみの瞳をした、兵士たちはわたしを捕らえ縄で縛った。
 わたしは、抵抗することも無かった。



      >>20050226 行動ゆえの結果。



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