俺の内側に何も存在しないと思ったのは何時のことだっただろうか。




      目隠し




 初めて性交渉を交わした女は年上だった。
 俺が合成獣になる前、赤法師の屋敷で彼と共に暮らしていた頃に大勢居るレゾの助手として屋敷内に住み込んでいた一人の女だった。
 赤法師の屋敷というのは深い深い森の奥にあり、物心つく頃には既にそこで生活していた俺はレゾの元に集う研究者という名の崇拝者ぐらいしか女と触れ合う機会もなく、そしてさほど興味も覚えずひたすら強くなることを目指して剣を振るっていた。
 だが、年頃の多感な時期で性的欲求も少なからず覚えていたところへ女からの誘いがあり、さほど抵抗なくその女の誘いに乗った。
 女はベッドの上に寝そべり、教えてあげる、と奇妙に武装した真っ赤な唇で俺を促した。
 無骨に剣ばかりを振るっていた手はがさがさで女は痛いと喚きながら、女性とはこうゆうものよと恥部を恥ずかしげもなく晒しながらぴったりと身体を合わせた。
 だがしかし、女が妖艶に誘えば誘うほど俺の"男"が無様に興奮すればするほど、何故だか体から俺の意識がぺりっと離れていき、まるでセロファンの膜に覆われたかのように全ての感覚は俺の意識から切り離され、おぼろげな視界で眺める世界はまるで偽者のように感じた。
 そうしながらも、俺の器は性的欲求の証を女の中に吐き出し。
 汗と俺が吐き出した汚物と彼女が吐き出した気味の悪い液体に囲まれたその女は、ただ汚くて。
 ああ、何故俺はこんなことしているのだろうかと思った。
 だから、初体験だったというのに女を放り出してまるで無機質なものを魔法で操るように自分の身体を動かすと、さっさとシャワーを浴びた。
 そうして、女を置き去りにするといつも通り剣術の腕を上げるための訓練を始めたのだった。

 それでも、その女との関係はそれなりに続いた。
 其処にあったのはきっと惰性と堕落だったのだろう。夜中、勝手に俺の寝台に忍び込み性的欲求を呼び起こそうとする女を振り払うのは面倒であったし、呼び起こされた性を自己で処理するには俺も子供過ぎた。
 そんな関係が終わるきっかけは、どんな理由だったかは知らないが女が赤法師の元を去ることになったからだった。
 剣の訓練をしていた俺の元に現れた女は、最後だからと口紅で彩られた血のように不気味な色をした唇に弧を描き言った。

「有難う、ゼルガディス」

 それは礼の言葉だった。
 自己満足ばかりを感じる笑みを浮かべて。

「私ね、レゾ様の血を引いた子供が欲しかったの。――でも、レゾ様じゃあ私のことなんて歯牙にもかけないから貴方を利用したのよ」

 俺は、そっけなくああと返事するだけだった。
 別にその女に対して愛情を感じていたわけではなかった。
 赤法師の元に集うものはそろって彼に妄信的な尊敬や愛情を抱いている。
 その中のバカな女がレゾの血を引く俺の遺伝子を狙って擦り寄ってきたって不思議じゃないだろう。そこまで読めないほど俺はバカでもなければ幸せでもなかった。寧ろ、俺自身に愛情を抱いて寄ってきたのだと言われたほうが不可解だっただろう。

「レゾ様の元を離れても――私はこの子が居ればきっと大丈夫だわ」

 呟き腹を撫でる女の仕草に、ああ彼女は妊娠しているのだなと理解した。
 けれど、彼女はその腹の中にいる子供の親が俺であることを望んでいないだろう。そう、きっと彼女はこの深い森に囲まれた屋敷を出て外の世界へと行ったのなら、腹の中の子供は赤法師の子供なのだと吹聴するだろう。
 俺の子供でなど決してあってはならないのだ。

「じゃあね、ゼルガディス」

 言いたいことだけ述べ、別れの言葉を告げると女は何の未練もないようにくるりと俺に背を向けた。
 俺もまた、その姿を未練がましく見送るような真似もせず過ぎ去る女に背を向け、正反対に歩き出そうとした。
 すると、バァンと大きな爆発音が聞こえた。
 驚き顔を上げると、そこにはにこやかな笑みを浮かべた盲目の赤法師がいて。

「あんな女に私の遺伝子なんて必要ないでしょう、ゼルガディス」

 その言葉に、あの爆発音は目の前の賢者が起こしたものなのだと理解した。
 ――そして、女と子の命を奪ったのだと。

「戯れが過ぎますよ。遊ぶときは相手を選びなさい」

 レゾの言葉に俺の意識が肉体と乖離し、不気味なぐらいに空っぽで全ては現実味のないもののように思えた。


 その後、俺は合成獣キメラになった。
 それは俺の唯一の望みであった強くなりたいという言葉を変質させて受け取った赤法師が行ったことだった。
 だがしかし、どこかで手段を選ばなくとも強くなれればいいと思っていたのだろう。だから、俺は赤法師の言葉を疑うこともなく手を取ってしまったのだろうから。
 なら、それが忌々しい形で俺を形成した時点で、何故赤法師を切り捨てず彼の傍に居たのだろうか。
 無論、合成獣という形から元に戻るためには膨大なる魔力と知識を所有し、そしてこの姿になってしまった元凶である赤法師の元に居るのが一番手っ取り早いのだが、他にも手段なら膨大な砂漠の中から一粒の砂を探すようなものだがあったに違いない。憎しみを選んでまで彼の元に居続けたのは結局のところ、唯一の肉親であった赤法師を切り捨てられなかった弱さのせいだろう。
 肉親なのだからと縋り、裏切られてもこの手を赤く染めても赤法師の元を離れられなかったのは――ああ、きっと俺が弱い人間だった所為だ。
 そんな自身を嘲笑しながらも、自分が弱いと認識しながらも赤法師に居続けた。自分に言い訳をし続けながら。
 ――そんな時に現れたのが、リナ=インバースとガウリイ=ガブリエフだった。
 赤法師が望みをかけたものを所有し、彼が本当に望んでいたものを持っていた彼らは、また俺のように弱かったレゾを――レゾ=シャブラニグドゥと化した彼を倒した。
 刹那、俺は放り出された。
 憎しみながらも縋った肉親は消え去り、付属品だった合成獣という忌々しい身体だけが残り。
 強さだけを望んだ俺の手の中には、何も残らず。
 ああ、俺は空っぽなのだとまるで夕食には何を食べようかと思うぐらい唐突に、そしてごく自然に思った。
 肉と臓器がつまっているはずのこの精密な身体は本当は皮を隔てた中には空気だけが詰まっており、意識は切り離されたように小さなセロファンの中でこじんまりと触れられるはずもない、生々しい世界をただ憧れのように眺めているだけなのだ。
 俺という意識は何も触れられずに。
 それほどに自分というものが空っぽであったのだが、それでもこの体を元に戻すという目的だけがただぽつんと目の前に存在しそれ以外に何もすることがなかったので、迷わずそれを手に取りそこへ向かって歩き始めた。
 様々な町へと行き、様々な人に出会った。
 そんな中、女というものは不思議でこんな不気味な身体になったというのに抱いてくれ、とのいうものもそれなりに居た。珍しいし話題の種になるから抱いてくれ、と。
 断るのも面倒だったので言われるままに身体を重ねた。
 意識は身体の奥でセロファンに囲まれまるで他者の風景を見ているようにその光景を他人事のように見ていた。
 肌を触れ合わせ、交わっているというのに空っぽな俺の中身が埋まることは決してなくて。
 そのうちにその行為を見ることすらも面倒になってきて、その手の誘いは断るようになった。一時の面倒と一晩の面倒を重りにかけた結果だった。
 そうして、俺はまるで自分の空虚さの元を無意識であったが求めるように、元の姿へ戻ることにただひたすら懸命になっていた。

 そんな時、リナ=インバース達と再会した。
 俺が知る二人と共に、見知らぬ一人の少女が居た。
 名はアメリアと言った。天真爛漫で愚直なほど真っ直ぐな彼女は、セイルーン聖王国の王女だった。
 リナ達も変な連中であったが、彼女も類は友を呼ぶという言葉通り負けず劣らず変な人物であった。
 彼女は信じたものを覆さず、その小さな身体で声高々に正義を叫び辺り構わず悪と呼ばれる盗賊やら追いはぎやらを問答無用に倒していた。そんな、どこにあるかもわからない正義をまるで自分の物のように叫んでいるのだからよほど阿呆なのかと思いきや、そうでもなかった。
 時折遠い目をして静かに何かを考えている様は、ただ正義に盲信して突き進んでいる愚か者には出来ないはずだから。
 彼らとは利害が一致したので共に行動していたのだが、彼らが鬱陶しいとか嫌だとか思っていれば構わず一人で行動していただろうから、俺は俺なりに彼らのことを気に入っていたようであった。
 そんな旅の中の何気ない一日だった。
 突如、アメリアが俺の部屋に訪れた。
 そして、酷く透明な瞳で真っ直ぐに俺を見つめると、言った。――変化せざる得ない言葉を。

「わたしを――抱いてください」

 それは、俺に落胆を覚えさせる言葉だった。初めて抱いたあの女と同じ言葉を述べた彼女へ対する。
 アメリアには何が必要だったのだろうか?
 初めての女はレゾの遺伝子を欲して俺に抱かれた。
 旅先の女は、奇妙な俺の体から発生する話題を欲して抱かれた。
 ――なら、王女という立場上人が羨むほど全てを所有していた彼女にとって、俺に抱かれる利益は?

「ああ、わかった」

 彼女の脳裏にある思惑を何一つ読めず、俺は頷いた。
 利用されるために抱くことは面倒だったが何度も行ってきたことだったし、それに対する抵抗はない。――面倒ではあったが。
 面倒だと思っても断らなかったのは、何かの変化を望んだのだろうか? 例えば、女を抱くたびに意識が肉体と乖離していく感覚が彼女ならば出ないのではないかという淡い期待のような。
 だが、変化などなかった。
 興奮する体とは別に、意識は乖離していきセロファンに包まれたような透明な膜の中で、何の利益にもならないような行為をひっそりと見ているだけだった。
 ただ、アメリアが違ったのは他の女のようにぞんざいな俺の行為に喘ぐことも叫ぶこともせず、静かに――感情を表に出さないように努めていたことだけだっただろうか。
 感情も出さず、しかし機会があれば決まって俺の部屋に来て抱かれることを望むアメリアは余りにも不思議で、何度か褥を共にした後、彼女に聞いたことがあった。

「なんでアンタは俺に抱かれようと思った?」

 毛布で隠し切れない素肌のままの肌を寒そうに見せながらも、くるりと毛布の中にもぐりこんでいるアメリアはふわりと笑った。
 その姿を見ながら、既にパジャマを着込んだ俺は寒くないのだろうか、とどうでもいいことを思った。

「それは教えられません」

 その答えは予測の範囲内だったが、しかし否定の言葉を発する確率は低いだろうと思い込んでいた俺はびっくりしていた。
 だからアメリアの顔を見ると、彼女はただ穏やかに微笑んでいるだけで。
 そんな彼女の表情や雰囲気は、昼間リナ達に見せる猪突猛進で正義一辺倒な様とはまったく異なっていた。

「何故?」

 俺がそう問い返しても、アメリアは表情を変えることなくただ少し寒そうに毛布を上げて素肌を隠そうとしただけだった。

「――ゼルガディスさんの望んでいる答えをあげられませんから」

「アンタは俺が何を望んでいるのか分かっているとでも言いたいのか?」

 彼女の言葉をふんっと鼻で笑った。
 俺すらも理解できない俺の思考を何故赤の他人であるアンタが理解できる? ――そう言いたかったのだ。
 それでも、俺が彼女を蔑んでも、彼女はただ微笑んでいるだけだった。
 慈悲深い笑みであるようにも見えて、その実全てを諦めているような笑顔を俺に向けて。

「少なくとも、私を抱いている理由が惰性であることは分かっています」

 あっけに取られて、俺は恐らく間抜けな表情で彼女を見ていた。
 それでも、彼女の表情は変わることなく。
 何故――何故惰性で抱いているのだと知っていながら、アンタはやすやすと抱かれる? アンタのことなど仲間であることでしか興味を持っていないというのに。
 聞きたいことはまるで泡沫のように現れては消え、現れては消えを繰り返したが、その思考のどこにも本当に俺が聞きたいことなどなかった。
 そんな自身に嘲笑すると、穏やかな笑みを静かに浮かべているアメリアを見た。

「ならば、アンタが俺に抱かれる理由は少なくとも惰性ではないということか」

「ええ。――惰性ならば自発的に動くわけがないでしょう?」

 確かにアメリアの言うとおりだった。
 流されるまま動くことが惰性ならば、自発的に外力を加えた時点で惰性は止まってしまうのだから。

「分からない奴だな、アンタは」

「いいえ、意外と分かりやすいのではないかと思いますけど」

 ただゼルガディスさんが分からないのは――と続けた後、彼女はにこりと微笑んだ。

「何も信じていないからですよ」



      >>20070221 世の中のゼルアメファンの皆様ごめんなさぁぁぁぁああい!



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