次の日、セイルーン城内を歩いていた。
 アメリアの客だという認識をされているせいか、セイルーン王家に使えている者達は俺を視界に入るとまるで敬うべき身分の者であるかのように深々とお辞儀をする。
 その侍従達の行動が、ただでさえ城など居心地が悪いのにもっと居心地を悪くさせた。
 なのであまり城内を歩き回りたくないのだが、読んでいた大衆向け小説も読み飽きたのでセイルーン王家の歴史について書かれた資料でも見てみようかと思い立ち、資料室に向かうために歩きたくない廊下を歩かなければいけなくなったのである。
 面倒だと思いながらも歩を進めると、目の前に見知った顔がいた。
 紺色でシックにまとめたAラインのドレスを身に纏い昔よりも長くなった漆黒の髪を下のほうで一つにまとめた彼女は、昔はしていなかった化粧と年を重ねたことによりシャープになったラインを有していたがために、昔では違和感を覚えただろうシックな色合いを見事着こなしていた。

「やっほー、ゼルガディスさん」

 しかし、彼女は少女の頃と同じ無邪気さで俺を呼ぶ。
 そのらしい仕草に、俺は思わず頬を緩ませていた。
 ぱたぱたと近づいてきた彼女は何を勘違いしたのか、むぅと唇を尖らせる。

「いい年して子供っぽいって思っているんでしょ? これでも、アメリア様は随分落ち着きましたねーって言われるようになったんですからね」

「そうか」

 つまり、アメリアは子供っぽい自分の仕草に俺が苦笑したものだと思ったようだった。誤解を解いてもいいのだが、なぜ笑ったのか自分でもよく分かっていなかったので適当に相槌を打つことで受け流す。
 すると、彼女は満足したのかそれ以上突っ込んで見当違いの言い訳を重ねず、話題を変えた。

「ところで、ゼルガディスさんは何をしていたんですか?」

「小説も飽きたんでな、資料室に行ってセイルーン王家の歴史でも暇つぶしに見ようかと思って歩いてたんだ。アンタは相変わらず仕事か?」

「ええ。友好国の行事参加への調整をどうしようか外務大臣にでも聞こうかと思いまして。急ぎの仕事が入っていないので、雑用を片付けているんです」

 アメリアは嬉しそうに述べた。
 彼女に急ぎの仕事が入るとしたら、聖王国内で王家が陣頭指揮をとならなければいけないような大きな事件があった時ぐらいである。国民を愛し正義を愛しているアメリアにとってしてみれば、そのようなことなどなければないほどいいだろう。もっとも正義の名の下に鉄槌を下すことも趣味としているようだったが。

「じゃあ、今は比較的暇なのか?」

「ええ。暇といっても日々の雑用は常にありますんで、仕事がなくなるわけじゃないんですけどね」

 そう言い、アメリアは肩を竦めた。
 その言葉に俺はふと自分はこのままでいいのだろうかと思い、城に置いてくれている本人であり雇い主でもあるアメリアに聞く。

「俺はアンタの雑用を手伝わなくていいのか?」

「ああ、気にしないでください」

 俺の質問に、アメリアはぱたぱたと上下に手を振って微笑んだ。

「ゼルガディスさんにはわたしのゴーストライター的な役割を求めているんです。雑用まで押し付けてしまったら契約内容を違反してしまいますから」

 まぁ、確かにゴーストライター的な役割の中に雑用は含まれないとは思うが、家賃を差し引いた給料は今までの経験から考えるに優遇されていると感じているし、確かに今は穏やかな時間を感じるときだと思っているが雑用を片付ける手伝いぐらいはしてもかまわないのだが。

「給料から考えれば、それぐらいすべきだと思うが」

 そう申し出ると、アメリアは困ったように顎に手を当てほんの少し首をかしげた。

「こちらとしては、ゼルガディスさんの知恵を借りるだけでかなり助かっているのでその知恵の分の給料をお支払いしているつもりなんですよ。前お伺いした有事の際の連携の取り方でレテディウス公国の方法が即座に出てくるのなんて、聖王都広しといえどゼルガディスさんぐらいですもん」

 防衛大臣も大変喜んでいたじゃないですか、とアメリアは続けた。
 確かに、あの発想は俺がしたものだと防衛大臣に明かすとそれまでよそよそしかった防衛大臣は俺の顔を見るたびに、国の有事に対する法律についてや方法について積極的に質問してくるようになったが。
 けれど直ぐに方法を提示できたわけじゃない。

「だが、あれも知識としては曖昧で結局城内にある資料室から手段を探し出したじゃないか」

「発想は知識がなければ出来ません。明確な方法など調べればいいのですし、わたしが欲しているのは知識そのものではなく幅広い知識を持ってるからこそ出てくる発想力です。ゴーストライターはつまりわたしの代筆者なのですから、わたし自身を誇張してくださったのならその肉付けはわたし自身が行なえばいいことです。ゼルガディスさんは、十分役割を果たしていますよ」

 だから、それ以上の仕事をさせてはもっと給料をお支払いしなくてはいけません、とアメリアは軽い口調で述べた。

「そうだ。丁度仕事の話が出てきたんですから、一つ質問してもいいですか?」

 ぱんっと手を叩いて思い出したように、アメリアは俺に伺いを立てる。
 雇っている身なのだからわざわざ伺いを立てる必要はないが、と思いながら俺はああと端的に返事した。

「教会のほうから、公立の学問塾でスィーフィード教の教えを学ぶ時間をとって欲しいと要望がきたのですが、宗教を子供のうちから教えていいものか悩んでいるんですよ。我が国は白魔道の大国であり宗教の強い国です。それを思えば宗教も子供のうちから入れたほうがいいような気もしますが、宗教などという人の考えを子供のうちから押し付けるのはどうか、とも思いまして。巫女頭なんてやっている身でこう言うのもなんですけどね」

 冗談を述べるように笑ったアメリアは、しかし困ったように俺を見ていた。
 確かに宗教観は難しい問題だなと思いつつ、戸惑いながら答える。

「聖王都出身でない身としては宗教を洗脳するように押し付けるのはいかがなものかと思うが、国を挙げて宗教を推薦しているのだからそれもいたしかたないのだろうな。だがもし宗教を教えるのならば、学問塾を卒業するような年にあくまで考えの一つとしてという但し書きをつけるべきだと思う。それがなければ聖王都から諸国を旅するものがいたら、宗教の信仰度合いに驚くものも出てくるだろうからな」

「うーん、そうですよね。とりあえず教会は自主的に訪れる者に対し教えを広めるよう進言して、諦めるように促してみます。駄目だったら、妥協案としてゼルガディスさんの案を出してみますね」

 困ったように唸ったアメリアはしかし俺の言葉に唸ったわけではなく、ありがとうございますと感謝の意を言われた。
 どちらかというと、難しい問題を提案した教会に対して唸っていたのだろう。

「うちに提案してきたのも筋違いではないと思うのですが、宗教の押し付けは国の方針とは違いますしね。実際国の出身者の約八割はスィーフィード教に入っていますので、教会の要望に答えたとしても教えの時間が長くなるという感覚になるのでしょうが」

「聖王都出身ではなく、スィーフィード教というのを概念でしか知らない俺にとってみれば奇怪な話だがな」

「そうなんですよね。ここにいるとここ独自のルールに脳が麻痺しちゃって。他国者であるゼルガディスさんの意見が聞けて大変参考になりました」

 そう述べ、アメリアはにこりと微笑んだ。
 それはまるで貴方はきちんと仕事を果たし役に立っているのだ、と言っている様な気がしてほっとした。自分が以前のように独りよがりで生きているわけではないのだと思わせてくれるので。
 とふと思考の回路が変わったのか、もうそろそろ行ったほうがいいわね、と彼女は小さく呟いた。

「ゼルガディスさん、引き止めてすみませんでした」

 謝罪の言葉を述べるアメリアに、俺は慣れないながらも少し口角を引きつらせてみた。

「いや、仕事の話だったのだし俺も楽しかったから構わない」

 そんな風に俺が言うとアメリアは驚いたのか目を見開き、次の瞬間花が綻ぶような笑みを浮かべた。
 彼女の表情を見た途端、俺の胸の奥がなぜだかきゅうっと締め付ける。
 その現象があまりにも不可解で少しだけ首をかしげたのだがアメリアは気がつかなかったようで、では失礼しますねとぺこりとお辞儀をし俺の隣をすり抜け歩いていった。
 そういえば、アズリエルの不可解な様子について話すのを忘れていたな、と気がつく頃にはアメリアの姿は見えなくなっていた。



      >>20081224 変化は些細に訪れる。



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