数日後、城の中にいた俺はたまには外にでも行こうかと城下町へ降りていた。
 人々のざわめきが音楽ともノイズともなっているそこは、性質はどうあれ活気づいていることに変わりはない。
 忙しなく歩いている人々とは違う、ゆっくりとしたペースで歩く俺は何度か訪れたことのある本屋や古本屋を数件のぞきながら、面白そうな本をジャンル問わず買った。読むための時間はいくらでもあったし、本にかけるお金も所有していたため。
 同じ店で大量に本を購入し宅配を頼み、他の店で買った数冊の本だけ持った俺はオープンテラスがあるカフェで休憩しようか、と外に設置してあるテーブルに座った。
 コーヒーとチーズケーキを頼み、聖王都を行きかう人々をのんびりと眺めているとどれだけ睡魔が襲っていようとも目が覚めるような高笑いをする声が聞こえて、はっと顔を上げた。
 非常に言いたくない過去だが、場所などまったく気にせず高笑いを常にしているような人物と関わったことがあるためだ。
 他に高笑いしそうな人物など知らず、きょろきょろと辺りを見渡してみるが古典的であるが現実に見たら一生忘れられないような悪の女魔道士風の服装を見つけることはなく。
 俺はほぅと溜息を吐き背もたれに体重を預けた。
 すると、タイミングよくコーヒーとチーズケーキがやってきてにこやかな笑みを浮かべたウェイトレスがテーブルの上にそれを置き店の中へ入っていく。
 気分転換に、と口をつけたコーヒーはほろ苦さと酸味がきいていて俺の思考回路を覚ました。
 人の流れをぼんやりと見ながらコーヒーを飲みチーズケーキを突くと、若い男の声が近くで聞こえちらりと横目で見ると近くの席に男だけで二人、座っていた。

「確かにデートにはもってこいの場所だな」

「だろ? 特にここのチーズケーキは美味いって口コミで評判になっているぐらいだしな」

 そう述べてけらけらと笑っているところを見ると、どうやらデートコースの下見に来たようだった。
 もしくは、それとなく誘うべくいい場所を教えてもらっているのかもしれない。

「しっかし、お前アメリア様に熱を上げていたのに彼女作んのかぁ」

 アメリア、という言葉に興味が湧いてきて道行く人々を眺めている振りをして、男たちの話を聞くことにした。

「アメリア様は俺ら庶民じゃ手の届かない存在だろ? 現実と理想は違うってもんよ」

「そりゃそうだけどな。でも、偶然のなんたら〜が起こるかもしれないじゃないか。特にあのお方は城下町によくいらっしゃるし」

「んな偶然が起こったら苦労しないぜ。城下町に来るのだって正義を広めるのが目的なわけだし」

「ま、そりゃそうだ。しかし、アメリア様はアズリエル様をお生みになった後のほうが綺麗になられたよな。その前までは子供子供していらっしゃったのに」

「だよな。俺も、アズリエル様をお生みになられた後に見たアメリア様の静かな笑顔に惚れたんだよ。ああなるとは知らずにアメリア様を捨てた男はまぬけっつーか」

「確かにな」

 どうやら、男たちの評価ではアメリアは出産した後のほうが落ち着いて綺麗になったらしい。
 確かに共に旅をしていた頃は年齢相応の顔つきをしていたし、態度も子供っぽい仕草や言動を繰り返していた(それが彼女の多数ある表情のうちの一面だとしても)。
 そして、出産した後は恐らくアズリエルを産んだことによる非難を受けないようにするために、そしてアズリエルを育てることによって自分も育っていったのだろう、穏やかな振る舞いをするようになったようだった。といっても、ここ最近のアメリアしか見ていないが。
 だが、彼女の本質は子供っぽい振る舞いをしているものでも大人の女性でアズリエルの母親らしい穏やかなものでもなく、別のところにあるような気がした。
 その本質から派生したのが男たちが評価した子供っぽいアメリアや大人っぽいアメリアなのだろう。
 だとすれば、恋人としてアメリアの内面に触れたはずのアズリエルの父親たる人物は、きっとアメリアの本質を知ってなお彼女を捨てたのだろう。子供っぽいアメリアもそこから生まれる大人っぽいアメリアも分かっていて、なお。
 ならば、アズリエルの父親が今のアメリアを見ても、捨てたことを後悔することはないような気がする。
 ――俺のように、彼女をいや自分すらも何一つ知ろうとしなかったのならともかく。
 だが、聡明な彼女ならば自分を知ろうともしない間抜けな男に惚れるようなこともないような気がする。俺に当てはめたのは蛇足だったな。

「でも、俺がアメリア様を諦めたのは、アメリア様が高嶺の花だからって訳じゃないんだ」

「どういうことだ?」

 他にどんな理由があるのだろうか、と俺もアメリアの言動を思い返しながら男の話を盗み聞きする。

「つい最近、アズリエル様が城下町に格好いい男性と二人で来たって噂になっているんだ。丁度、アメリア様と似合うぐらいの年代らしくてな」

「ああ。そういえば、なんでも最近アメリア様の友人と称してセイルーン城に三十前後あたりの男が居候しているとかって新聞で読んだな」

「セイスポだろ?」

 セイスポ、という愛称でとっさに思い出したのはセイルーンスポーツ新聞だった。芸能や話題のニュースを書き立てるゴシップ要素の大きい新聞だ。

「まぁ、それは事実かどうかしらねーけど、城下町のほうは俺の親父がお忍びできたアズリエル様とその男の接客までしたらしくてな、信憑性たけーんだわ」

「ああ、お前の親父本屋経営していたんだっけ?」

「そ。アズリエル様と一緒なら決定的じゃないけどさ、現実を見るには丁度いいかなってさ」

 きっかけにしたんだわ、と男はけらけらと笑った。
 それにしても、アズリエルと一緒にいたという男……十中八九俺のような気がしなくもない。アズリエルは母親の評判を落とさないようにと気を使っている子供だから、城下町に誰かともしくは一人で行ったのならそれを話すだろう。現に、フィルさんやアメリアが自分のことを誰に聞かれても答えられるようにと皆が集まる朝食の場で昨日あったことや印象的なことを喋る習慣があった。
 家族の団欒の中に入るのは気が引けたが俺も朝食は彼らと取っているので、必然的にアズリエルの動向はわかる。
 そこで聞いたつい最近城下町へ一緒に行った相手など、俺ぐらいなものだった。
 もし彼らが話している男というのが俺だとしたら勘違いでアメリアを諦めることになるのだが……、まぁいいか。
 彼女が高嶺の花だと決め付けている時点で、きっとアメリアの恋人などにはなれないのだから。あの両肩に重いものを背負っている強い彼女の伴侶には。



      >>20090105 高笑いする人は結構居たりしますよ。



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