人の愉快な噂話に耳を傾けたり、オープンテラスで行きかう人々を観察しながらのんびりコーヒーとチーズケーキを楽しんだ俺は、本屋めぐりも終了したのでセイルーン城へ戻ってきた。
 とりあえず持っていた数冊の本をあてがわれている俺の部屋へ持っていこうと城の無駄にだだっ広い廊下を歩いていると、重たそうに書類なのか何かの束を持ちながら前から歩いてきた優しそうな中年の男性に声をかけられる。

「やぁ、ゼルガディスさん。今日も本を読んでいたのかい?」

「ええ、大臣の言うとおりですよ」

 そう俺に話しかけた男性こそ、この国の防衛大臣を務めている人物だった。
 物腰は柔らかいが頭が良く非常に優秀な人物で、防衛大臣を務めて三年目になるが下で働く官僚たちの蝿のようなうっとうしい声を無視し、防衛機関の命令系統の無駄をなくしなおかつ効率的なシステムを草案し動かしていることにより、王家はもとより国民からも支持を受けている人物である。
 彼は俺が一度非常時における国家間の連携について意見を出したらいたく気に入られたらしく、すれ違うたびにこうして話しかけられていた。
 気軽に話しかけられたときの返答がひどく下手な俺は、突然話しかけらても当然上手くいくはずもなくそっけない返答をしたのだが、防衛大臣は機嫌を損ねることもなくにこにこと微笑んで、更に言葉を重ねる。

「今国防の新立法の原案作りしているから、書きあがったら一回見てくれないか?」

「いいですよ。アメリアのゴーストライターやっていると言っても、基本的に暇なんで」

 それはよかった、と言った大臣は何かを思い出したらしくあっ、と小さく呟き脇に抱えていた薄っぺらい何冊かの豪勢な厚紙に包まれた何かを俺に差し出した。

「アメリア様で思い出したのだが、これをアメリア様に渡してくれないか?」

「なんですか、これは?」

「お見合い写真だよ」

 俺の問いに、さらりと大臣はそう答えた。
 以前、アメリアから子持ちの王女を娶りたいなんて思う奇特な人はいません、と聞いたのだがやっぱりそれはアメリアの戯言だったようである。
 その豪勢な表装を見ていたら、俺はふと疑問が湧き出て目の前の大臣に聞いた。

「跡継ぎも居て、本人もその状態に満足しているのに伴侶が必要なものなんですか?」

 俺の言葉に大臣は苦笑した。

「そうだね。セイルーンが大国だからといっても人脈は必要だと思って勧める人もいるよ。けれど私としては思惑は別のところにあるんだよ」

「別のところ?」

 人脈ゆえの政略結婚は王族にとってはつきものだろう。
 以前、どこぞの馬の骨とも知れない男の子供を生んだとねちっこく言われているアメリアを目撃したことがある。それは、俺というつきやすい穴を利用した皮肉であったが。
 それはともかくとして、政略結婚を狙うのは分かるが防衛大臣の言いたいことが分からない俺は端的に疑問を発した。

「アメリア様は頑張りすぎるところがある。国民に尽くし子供のため胸を張ることはいいことだが、何事もやりすぎてはいけないだろう? 特にアズリエル様がお生まれになってからはそれが顕著でね。若くして産んだ子供だからだろうし母一人子一人という状態だからっていうのもあるんだろうけれど、アズリエル様が誇れるような立派な母親になろうとしてるから頑張るし、守るものができたから尚更そういう状態になるんだろうね」

 そうなのだろうか、とアズリエルが生まれる前の王女としての仕事ぶりを見たことがない俺は、分からず曖昧に相槌を打つだけだった。

「だから、私としてはアメリア様を止めるストッパーが欲しいわけだよ。アメリア様の部下である私達が止めても聞かないし、フィル殿下はお忙しくてアメリア様の状態をいつでも見ていることなど出来ない。アズリエル様にそれを頼むのは酷だし、恐らく守るべきものであるアズリエル様がいくら言ったところで受け流すだけだろう。そうなれば、彼女を適度なところで止めることができるのは共にいることが多いだろう伴侶になるだろう?」

 その言葉に、俺はなるほどと頷いた。

「本当はアズリエル様のお父上がいれば一番だったんだろうけどね。アメリア様なら下手な人物を選ばないだろうし意に沿わないことには対抗できる力をお持ちだから無理やりというわけでもないのだろうし。そう考えれば、きっと国家を預けても問題のない人物であっただろうから」

 まぁ、政を動かせるほどの頭脳と知恵を持っているかどうかは別として、と大臣は付け足す。
 確かにその辺りは分からない。アメリアが選ぶ基準に頭がいいかどうかなど入っているかもわからないのだから。

「だから、私としては本当のところアメリア様が選ぶ方なら王子や領主などでなくてもいいんだよ。アメリア様が意見を聞いてくれるような人であればね。……その点、ゼルガディスさんは合格なんだけどなぁ。しかも頭脳明晰だから政にも明るそうだし」

 付け足した言葉に俺は失笑した。

「俺のような奴をアメリアが選ぶとは思えないですよ。もっとふさわしい人ならばいくらでも居るでしょうに」

「でも、アメリア様は君の意見を聞くし、君の言うことを信じている。ゼルガディスさんが思っているより、君はアメリア様に評価されているよ」

 他人からはそう見えるものなのか、と思いつつ俺はそうでもないですよと控えめな相槌を打った。
 周りの意見が合っていてアメリアが俺を評価しているとしても、彼女が俺を伴侶になんか選ばないだろう。俺は自分すらも分かっていなくて他者の気持ちを思いやるよりも自分のことで精一杯で、相手に好印象をもたれるような行動など何一つしていない。今も昔も。
 だとすれば、聡明な彼女が自分のことで手が回らないような男を選ぶようなことはただの一度だってないような気がする。
 彼女が俺に体を明け渡していたことだって不思議で仕方ないというのに。

「というわけで、私達がお見合い写真を渡しても吟味すらしないので、アメリア様から信用されているゼルガディスさんからお見合い写真を渡して欲しいわけだよ」

「アメリアが俺からお見合い写真を渡されたからといって、態度を変えるとは到底思えないですが」

「期待はしていないけれど、やってみるだけならタダだろう? 頼むよ、そんなに強く働きかけなくてもいいからさ」

 ごく一般論を唱えた俺に対し、尚も押し付けようと防衛大臣は言葉を重ねた。
 セイルーン城の中で順繰り回ってきているのだ、とため息をついた防衛大臣に、俺はしょうがないとため息をつき束になっているお見合い写真を受け取る。

「ただ渡すだけですが、それでもいいのならアメリアに渡しますよ」

「さすが、ゼルガディスさん! 面倒なことを引き受けてくれてありがとう。じゃあ、よろしくね」

 嬉しそうにぽんと肩を叩いた防衛大臣はそう述べじゃあね、と軽く挨拶をするとすれ違い廊下の奥へと消えていく。
 やはり、結婚する意志がないアメリアにお見合い写真を提出するのは骨の折れる作業なんだろうな、と嬉しそうに消えていった防衛大臣の後姿から思い、そうやすやすと引き受けるべきじゃなかったかと溜息を再度吐きながら、彼女の執務室へ向かった。



      >>20090114 ところどころに前作10のお題の話が混じってます。



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