そうして、とりあえず父親である俺から受け継いだであろう石人形と邪妖精の情報源が欲しいとのことで、俺を合成した赤法師レゾが所有していたそれらの生物的情報が記載された書類を白蛇に渡した。アズリエルの石化を治す役割は白蛇になったので。
 それらの書類はもしも俺の体に異変が起こった場合を想定して取っておいたのだが、別の意味で取っておいて正解だったようだ。
 書類を渡した後夕食となり、アメリアの姉である白蛇も交え同じ食卓で箸を取る。
 以前白蛇と食事を取ったときはリナをほうふつとさせる量と迫力を見せていたが、さすがは王族の一員というべきかこの席では完璧なテーブルマナーと優雅な動作で悪の女魔道士ルックではあったものの王女らしく見えた。もっとも、一言喋るたび妙に煩くて疲れたものの。
 その後、一旦自室に戻り合成獣の資料を読み返していたのだが、最小限の資料しかもっていなかったのでそれを補うための資料を資料室から借りてこようかと部屋を出る。そうして、数分廊下を歩くとアメリアに会った。

「あ、ゼルガディスさん」

 とりあえず用事はないのですれ違おうと思ったが、あちらから呼ばれ足を止めた。

「お暇でしたら、バルコニーでお茶でも飲みませんか? 今日はお月様が綺麗ですし、外の気温もさほど下がっていないので過ごしやすいですよ」

 彼女の誘いに何の意図があるのだろうか、とほんの少しばかり考えてみたものの心情を推測することは苦手だと自負していたので、早々に推理を放棄して彼女へ返事をした。

「じゃあ、一杯貰おうか」

 肯定の返事を。

 空気が澄んでいるのか丸い月は綺麗に柔らかな金色に光り輝いていて、眼下に広がる中庭と遠目に見える人々の生きている証明である各家から洩れる光は、風景画のように美しい情景を作り上げていた。
 紅茶を飲みながら眺める風景としては申し分ないぐらいには。
 そんなことを思って風景を眺めていると、この国の王女の手で綺麗な装飾のされたティーポットから紅茶が注がれていく。
 そうして、自分の分も紅茶を注いだアメリアは、俺と向かい合わせになるよう座った。
 それを見てから、俺はティーカップの中に注がれた紅茶に口をつける。
 アメリアは紅茶を飲むことはなく、ティーカップに両手を添えたまま紅茶の表面を静かに見つめ、俺がかちゃりとそれを受け皿へ置くのを見た後、俺の顔を見た。

「申し訳ありません、ゼルガディスさん」

 その唇から溢れたのはなぜか謝罪の言葉で。
 俺は彼女の意図が分からず、その表情を覗き込んだ。

「それは何に対しての謝罪だ」

「混乱を招くような事実をタイミング悪く伝えてしまったことへ、です」

 きっぱりと言い切る様は、いつかは俺にアズリエルのことを伝えるつもりだったのだと分かる。

「本当は、ゼルガディスさんがもう少し周りを落ち着いて見れるようになってから、と思っていたのですが……背に腹は代えられませんでした」

「かまわん。アンタは俺の精神状態も考慮していてくれたのだろうが、アズリエルの命のほうが遥かに重いに決まっている」

 少し目を細め辛そうにしている様に、俺は思っているそのままを伝えた。
 どのタイミングで伝えたところで俺は驚いたに決まっているし、それが早いか遅いかの差でしかないのだ、しょせんは。だったら、重要な要件を優先するのは当たり前のことである。
 アメリアはほっとしたように胸を撫で下ろした。
 そうして、ようやく手の中に会ったティーカップに唇を寄せ、紅茶を飲む。
 かちゃりとティーカップを皿の上に下ろすと、彼女は何かを思い出すように目を細めた。

「……わたしがこの国に帰ってきたとき、お腹の中には既にアズがいました。丁度つわりが始まる頃でしたから、容易にわたしが父親の知れぬ子を孕んでいる、とセイルーン城内に知れ渡りました」

 風当たりはひどかっただろう、と簡単に想像することができた。
 本来ならば外交以外で国内はおろかセイルーン城を出ることさえ許されるべきではない立場で、長い間突発的事故(だろう、フィリアが襲ったとはいえそれを知るものはいなかったし、俺達も餓死しそうになるぐらい海上をさ迷ったのだから)により行方知れず。ようやく帰ってきて王女としての勤めを……と思っていた矢先に妊娠が発覚したのだから。しかも、どこの馬の骨とも知れない男の子供を孕んだとなれば、外聞が悪いどころではない。セイルーン王家の汚点、といっても過言ではなかったのではないだろうか。いくらここの王家がお家騒動ばかり引き起こしていたとしても。

「三ヶ月目で、まだ堕胎の儀式は可能でした。白魔法の大国であるセイルーン聖王国の姫だとしても、まだ子供のことは発表していませんでしたから、内密に堕胎の儀式を済ませて何事もなかったことにしよう、という意見が大多数でした。父さんはああいった人でしたから、わたしの選んだ道を応援すると言ってくださいましたが」

 くすり、と父のことを思い出してだろうか、彼女は微笑んだ。
 確かにフィルさんならば、アメリアのしたいようにさせるだろう。王女の務め云々よりも彼女の幸せを願っている、父親らしい人だから。

「そうして、アンタは結局アズリエルを産むという選択をしたわけか」

 すでに出された答えを述べると、彼女は辛そうに眉を寄せてぐっとティーカップを握り締めた。

「はい。彼がお腹の中にいると分かった時とっさに思ったのは、家族を持てる喜びでした。……きっと、わたしは寂しかったんです」

 彼女はふと顔を上げ、温かな光の景色を見た。

「母は幼い頃に亡くなり、姉は行方知れず。従兄のアルフレッドはあのような結末になり――わたしが望んだものすらも手に入らず。父はいましたし、わたしの愛する国や民はそこにありましたが……。ただのアメリアは、十代の小娘にはそんな大きなものより、抱きしめて抱きしめ返してくれる自分だけの存在が欲しかった」

 淡々と、すでに受け入れ飲み込んだ事実のように彼女は言った。
 寂しさなど知らぬような奔放な娘は、しかし寂しさで人肌に飢えていたのだろうか。
 父親がいたとしても、この国において実質の最高権力者であるフィルさんは十分娘に構うことはできなかっただろう。その事実をたとえ理解していたとしても、感情として割り切るのは難しいのではないだろうか。特に、多感な年頃の場合。
 彼女の感情を推測することは難しかったが、寂しいという感情はなんとなく分かるような気がした。
 俺だって、自分の目を開く研究のみに力を注ぐレゾに、きっと何かを求めていたのだから。――結果は合成獣という形だったものの。

「寂しさを埋めるためにアズリエルを産んだのか?」

 幼い娘が選ぶ理由としては十分だろう。
 そう思い聞くと、アメリアは俺を見た。ひどく真剣な瞳で。

「それもありました。でも、その感情を含めて強く思ったのは、この子を幸せにしてあげたい。――そんな単純なことでした」

「幸せに?」

「ええ。わたしはその時、ゼルガディスさん達と旅したアメリアを捨てて、完全なる公人になろうと思っていました。国のための結婚をし国のために子供を生み、彼らの幸せを願い彼らが幸福に暮らすためのお手伝いをする。もう、わたしが望むものは手に入らないと諦めていましたので、それでいいのだと思いました。――でも、お腹の中にアズリエルがいた」

 彼女はひどく幸せそうに笑った。

「この子がいれば十分だと思いました。わたしが望んだものをきっとこの子が埋めてくれるだろうから――わたしはわたしらしく民の幸せを願う存在であろうと思いました。捨てようと思っていた、ゼルガディスさん達と旅したときのアメリアのままで」

 そうして、アメリアは俺の目を真っ直ぐに見て微笑んだ。

「アズリエルがわたしの望むものになってくれたんです。寂しさを埋めて幸福を与えてくれる、唯一無二のものに」

 結局、わたしのわがままをアズに押し付けてしまったのですけど、と彼女は苦笑した。
 それは一見親子愛に溢れたものに思えたが、なぜだか違和感を覚えた。
 恐らく、彼女の言葉の中に足りないものがあったからだろう。

「アンタの望むものはそれだけなのか? 家族への思いと国民への思い。――それだけで」

「だって」

 アメリアは少し寂しそうに俺を見た。

「それ以外に望んだのはゼルガディスさん、貴方だったんですもの」

 わたしって意外と臆病者なんです。と彼女は自嘲し。
 意味が分からず問いかけようとしたが、アメリアは明るく光る月を眺めるばかりで言葉を打ち切ってしまい、月夜のお茶会は彼女の明日の業務のため夜が深ける前に終わりを告げた。



      >>20090129 後で振り返ると昔の行動って子供だなぁ、と思うものです。



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