次の日から、ゴーストライター的な仕事はあるにせよ日々その仕事に追われているわけでもない俺は、アズリエルの状態を調べ治癒方法を探している白蛇を手伝うことにした。原因は俺にあるのだし。
セイルーン城の神官達が普段白魔法を訓練している部屋の一室を借りて、白蛇は毎日そこの部屋へアズリエルを来させ検査を行いそれに伴い書類を見たりして状況を把握するという、嫌いそうな地味な作業を行なっていた。
白蛇は悪の女魔道士ルックをしているわりには巫女頭であるアメリアよりも白魔法の技術や知識に長けており、作業は神官達が驚くほど早く、しかも的確に行なわれている。
この日も書類とアズリエルの状態の照合というひどく神経の使う作業を黙々と行なっていたのだが――。
「集中力が切れちゃったわ。魔剣士、気晴らしに中庭へ行きましょ」
彼女は突然立ち上がり座っていた俺の首根っこを無理やりひっ捕まえ意識を白蛇に向けさせられたところへ、そう彼女は言い放ち有無を言わさず中庭へ連れ出された。
はた迷惑である。
中庭に来ると、さぁっと髪を揺らす風が心地よく感じた。
ずっと細かい文字ばかりを追っていたものだから、思いのほか開放感を覚える。
「おーほっほっほっほっ! やっぱり、私にあの小狭い部屋は似合わないわね!」
人が気持ちよく感じている横で王女にはとても思えない白蛇が高笑いをしていた。
「アンタに王女という言葉は似合わないな」
思っているそのままを述べると、白蛇は当たり前よ、と返してきた。
「私の器は国に収まるほど小さくはないの。あの子みたいな部類の強さは必要なかったしね」
まぁ、弱さとも言うべきなんだろうけど、と白蛇は付け足す。
彼女がいらないといった強さであり弱さであるものがわからず、俺は白蛇に聞き返した。
「なんだ、それは?」
白蛇はちらりと俺を見て、すぐに空を見上げた。
彼女は何一つ表情を変えない。
ただでさえ、感情が読めない俺には白蛇が何を思っているのかまるで分からなかった。
空を見上げながら、白蛇はごく淡々と言葉を発する。
「自己犠牲の精神よ。王族――特に王となるべきものは自己犠牲を強いられるわ。父さんはああいった人だから、自己犠牲を自己犠牲と思っていないんだろうし、あの子も正義バカだからそれを強くは感じていないのだけれど。まぁそれが強みなのよね、彼らの」
「自己犠牲を自己犠牲と感じていないのならば、それは強みだけであって弱さなんかないじゃないか」
喪失する何かや苦痛がなければ弱みになどならないのではないか。
そう俺が言うと、白蛇は苦笑した。
「少なくともアメリアは貴方という存在があったから、自己犠牲を多少感じたはずだわ」
「俺?」
なぜそこで俺に話が振られるのか分からず、端的に疑問を発した。
白蛇は面白みを感じたらしくにやりと笑い、風に遊ばれてなびく長い黒髪を手で押さえる。
「何で気がつかないのかしらね、魔剣士は。どうせアズのことが分かってから、あの子からなんか言われたんでしょう?」
白蛇の問いかけに思い出すのは、俺がアズリエルの父親だと分かったその夜に行なったお茶会の中でのアメリアの言葉で。
人の感情を正面からしか読めない、と自負している俺は彼女の言葉の裏に潜む感情などまったく分からず、けれどその言葉に問いかけるには王女としてのアメリアは忙しすぎて会うこともままならず、今の今まで彼女に直接聞きだすということを出来ずにいた。
だから、俺は隣に居る女が質問しても適当な答えしか返さないちゃらんぽらんな人物だと知っていても、ぽつりと呟いていたのである。
「家族への思いと国や民への思いの他に望んだのは俺だった、と言われたが……分からん」
「なにが?」
白蛇はこちらを見ると眉を顰めて俺に問いかける。
まるで、俺の言っている意味のほうが分からないと言いたげに。
「アメリアはなぜ俺を望んだんだ? あいつは俺の中にある空虚さも他人に対しての興味の希薄さも理解していたのに。俺を望んだところで俺は何も返せないし返そうとも思わないだろう。……なのに、なぜ」
言い終わったその途端に、白蛇はあははははと腹の底から大笑いしていた。しかも、俺に指を差しながら。
「いやー、魔剣士ったら頭いいわりに馬鹿なのね」
相反する言葉を同じ文字列で言い放つ白蛇に思わず、眉間に皺が寄る。
俺の今の発言のどこに、馬鹿みたいな言葉があったというのだ。
「問題はひどく単純なの。物事を客観的事実だけ整理してみれば推理する必要もないくらい」
「つまり?」
「アメリアは可愛いし王女なんていう地位も持っているから引く手あまたなのに、わざわざ貴方に抱かれた。子供が出来たとわかっても堕胎しなかった。そして、昔関係を持っていてなおかつ子供の父親なんていう面倒な立場の貴方をここに置いた。――こんなこと、恋心でもなきゃ出来ないわよ」
一貫した感情の元に行動しているから、誰から見たって分かりやすいのになんで魔剣士だけ理解していないのかしらね、と白蛇は高笑いをする。
しかし、俺は恋心などというまったく身近に感じなかった感情を突きつけられて、白蛇の高笑いなど気にならないほど驚いていた。
呆然としている俺を見て白蛇は高笑いを止めると、まぁと付け足すように言葉を続ける。
「魔剣士が分からなかったのは、あの子も臆病風にでも吹かれたんでしょうね、言ってしまえばひどく単純なことをわざと言わないで複雑にさせてしまったせいもあるんでしょうけど」
白蛇の言いたいことがわからず、呆れたように肩をすくめる彼女をただ見ていた。
その視線の意図に気付いているのだろう、白蛇はさらに言葉を重ねる。
「アメリアは子供だったのよ。拒否されることが目に見えて分かったから、与えられるものに満足しようとしたんだけど結局それは失敗して遠回りさせるだけで」
どれだけ白蛇が言葉を並べたところで、俺は文字の羅列として脳髄にそれを伝えることはできるものの理解することはまったく出来ない。
それに、彼女は俺が問いたかった本質的な部分に答えていなかった。
「それらは、俺に惚れる理由にはならない。なぜあいつは俺なんかに恋心を抱いた? 俺を望むほどの恋心を」
俺の言葉に、白蛇は呆れたような視線で魔剣士ってほんっとに馬鹿だったのね、と言った。
「貴方に欠陥があろうとも他人に対して無頓着な態度を取ろうとも、アメリアはそれを包括した貴方自身に恋心を抱いたんでしょう。好意を持つまでに理由の積み重ねは必要でしょうけど、恋心に変化する理由なんて要らないものだわ」
その意味を咀嚼しようとするもののまったく理解不能で、俺は首を振って白蛇に述べた。
「……理解できない」
「考える前に放棄するよりも考えてから放棄しなさい。そうやって知識に頼って感情を見ないからそんなに馬鹿なんじゃない、魔剣士は」
まるで無知な子供を見るかのような目で、白蛇は一切の青を含まない漆黒の瞳を俺に向けた。
確かに感情論に関しては、考えるよりも先に放棄していたことのほうが多い気がする。アズリエルの問題があるまではそれを理解するのはのんびりと時間をかけて、と考えていたから尚更だった。
それが、今。
突然問題が浮かび上がり、感情について考えろと急かされている気がする。
「大体、魔剣士が欲しいだなんて強烈な告白をアメリアにさせておいてなんで気付かないのかしらね、この男は」
白蛇は溜息を吐き、アメリアも厄介な男に惚れたもんね、と呟いた。
>>20090213
馬鹿な男ですね。
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