それから、遅々としていたが順調に研究は進んでいく。
徐々にではあるが、アズリエルの中に起こっている状態の変化がわかってきた。
原因は分からないものの、突然通常の細胞の中から岩人形の細胞が現れているようである。細胞は常に新しい細胞を生み一定の期間を経て役目を終えていく(一部を除けば)。今回現れたのは皮膚細胞であったが、岩人形の細胞にはその新陳代謝機能がない。ゆえに、一度皮膚細胞に現れた岩人形の細胞は古くなり垢となって捨てられることはなく、青白い岩として張り付いたように見せていたのだ。
救いは、岩人形の細胞が生まれるのは全体の細胞の生まれ変わりから考えると一割にも満たない程度で、進行度は遅いほうであることか。
こうして研究している最中邪妖精の細胞を見ることはなかったが、俺に組み込まれたときも表面に出たのではなく魔力という細胞の核の部分に当たる要素に組み込んだようだったので、もしかしたらアズリエルに現れるのも見た目では分からない状態なのかもしれない。
そうして順調に研究が進んでいく中、その日は合成獣研究の方面から資料を作るため書類を両手に持ち、自室から白蛇が借りているアズリエルの体を調べるための研究室へ向かっていた。
と、その時目の前から部下を従え歩いてくる盗賊の親分、ではなくセイルーン聖王国を束ねる王家のナンバー二であり実質最高権力者であるフィルさんの姿を確認する。
すると、あちらからも俺の姿が見えたらしく大きく手を振って笑顔を浮かべていた。
「ゼルガディス殿!」
毎日、最低朝食は会っているんだからそれほど大げさな反応しなくてもいいだろう、と思うのだが他の人もいる手前ここの主を無視するわけにはいかず、彼に近寄る。
すると、聞かれた。
「今、暇かね?」
突然なんだと思ったが、別段急いでいるわけでもないのでそっけなく返事をした。
「急いではないです」
「そうか。……わしはこれから三十分の休憩を取る。調整をしてくれ」
「で、殿下!」
後ろに控えていた部下が無体な主の命令に慌てているが、フィルさんはそんなことまったく気にした様子もなく俺の手を引っ張って、部屋の一室に入り込んだ。
そこは丁度、いつだったかこの城に居候することをフィルさんに頼んだ部屋で。
俺は騒がしい扉の外に溜息を吐き、フィルさんを見た。
「どうしたってんだ、アンタとはいつも会っているだろう?」
わざわざ俺に問いたいこともないだろうとフィルさんに聞くと、彼はその盗賊の頭のような風貌を更に強める真剣な表情をして、俺を見ていた。
「それはそうなんだが……。こうして、面と向かって言っていなかったなぁ、と思ってな」
「なにがだ」
「わしの孫に尽力をつくしてくれて、ありがとう」
それは俺に言うべきものではなく、深々と礼をするフィルさんを戸惑い見た。
「顔を上げてくれ。アンタに叱咤され憎まれるのは当然だが、俺に感謝するのは間違っている」
「どういうことだ?」
フィルさんは本当に分からないといった具合に首をかしげている。
アメリアの一番近くにいて、アメリアの事情を一番分かっているフィルさんが一番重要なことを知らないとは思えないが、と俺は不思議に感じながら言葉を続けた。
「アズリエルが今大変な思いをしているのは、あいつの父親のせいだ。アンタなら知っているだろう? あれの父親が誰なのか」
その言葉にピンときたのか、驚いた表情で彼は俺を見た。
「アメリアは……おぬしに告げたのか」
俺は頷くことで返事をした。
そうか、と呟いたフィルさんは穏やかな表情で俺を見る。
「だが、おぬしに感謝することに変わりはない。ゼルガディス殿のあずかり知らぬところでアズリエルは生まれた。こういった状態になることも予想できた中でアズリエルを望んだのは他でもない、わしとアメリアだ。一番責を負うべきは、わしとアメリアだろう」
その言葉に俺は首を振った。
「だが、アメリアが妊娠することも予測できたのに、危険性を回避できなかったのは俺だ。アンタ達だけの責任でもないだろう」
「そういう生真面目なところはゼルガディス殿らしいな」
フィルさんは湧き出た感情を抑えるようにくすくすと控えめに笑い、それを止めると平和主義者らしい穏やかな顔のまま青を含まない漆黒のような目を俺に向けた。
「わしはな、本当にゼルガディス殿には感謝しているのだよ。あの子にアズリエルを与えてくれたのはおぬしだからの」
「それは、感謝されるべきことなのか? アメリアならば、わざわざこんな男の子供を生まなくとももっと素晴らしい男と子供を生み幸せな家庭を築けただろうに」
目の前の盗賊の親分のような風貌の男が何を言いたいのか分からず、俺は誰でも思うだろう意見を彼にぶつける。
しかし、フィルさんはそんなことはないと首を横に振った。
「アメリアはセイルーン聖王国に潰されてしまうところだった」
そう言うフィルさんの意図が分からず、どういうことだと聞き返す。
その問いに、フィルさんは思い出すように目を細めて答えた。
「おぬし達との旅を終え、帰国したアメリアは大人しく穏やかな国民が望む王女のような振る舞いをしておった。あの子の個性である無邪気さや無鉄砲さを押し殺してな」
その言葉につい先日アメリアと交わした会話を思い出す。
彼女は俺やリナ達との旅を終えた後、完全な公人になろうとしていたと言っていた。民の幸せを願い民のために行動するのだと。そのための結婚をしそのための後継者を生もうと。
ならば、フィルさんが感じていたことは間違っていない。
彼女は自らの個性を押し殺そうとしていたのだから。
「けれど、アメリアはアズリエルを妊娠していると分かると真っ先にわしの元へ駆けつけ、戸惑いを隠せない様子で言ったのだよ。妊娠していると。王女としては堕ろすべきだと思うけれど、あの人との子がこのお腹の中にいるのが嬉しいのだと――そう、とても戸惑いながらも幸せそうに」
妊娠という出来事は、彼女の中にどんな変化をもたらしたのか計り知ることなど出来なかったが、戸惑いながらも喜びのような言葉を父親に伝えたということは、少なくとも妊娠を疎んでいたわけではないのだろう。
戸惑っていたのは、セイルーン王女という義務ゆえにだったのだろうと推測することはたやすかった。
「アメリアは産むか産まぬか悩んだようだったが、結論はすぐに出した。その結果は今ここにある通りなのだが――、その後ぽつりとわしに言ったのだよ」
「なにをだ?」
「おぬし達との旅がとても楽しかったから、あとはセイルーン王女であればいいと思っていたのだと。けれど、妊娠したと分かりお腹の中の子はそのままのアメリアでいればいいと言ってくれているような気がしたと話していた。セイルーン王女だけではなく、おぬしらと旅をした普通にはしゃぎ遊び恋する部分も含んだアメリアのままでいいと。だから、アメリアは大臣達の望むような王女にはなれないが己のままセイルーンの王女になるつもりだと言っておった。きっと、おぬし以外との子供ではアメリアはこんなことを言わなかっただろう」
今まで見えていなかったアメリア側の感情が、突然見えてきてどうすればいいのか分からなくなっていた。
なので、俺は戸惑いのままフィルさんを見た。
きっと回答を求めるように。
フィルさんはそれでも変わらず穏やかに微笑むままだった。
「わしはアメリアの父親だから、あの子が幸せになるように祈っておる。だが、それをゼルガディス殿に押し付けるつもりなんてさらさらない。おぬしはおぬしの思うままに行動すればいい。きっとそこに答えがあるはずだ」
恋心なんていう感情は思うままに行動して初めて見えるものだ、とフィルさんは述べた。
「そうだな。目を逸らし続けてきたもののせいで、まったく勝手が分からんが俺なりに答えは出すつもりだ。アンタにとって望まぬ結果になったら申し訳ないが」
「かまわんよ。おぬしの良いように結果を出すといい。わしは恨みなどせん」
だが、良いように考えて欲しいと豪快に笑うと彼はばんばんと俺の肩を叩く。
そうして、ふとフィルさんは窓の外へ視線を向けるので俺も向けてみると、慌ててセイルーン城に入る文官の姿が見えた。
フィルさんは急に真面目な顔になり、扉のほうに視線を走らせると穏やかな表情を俺に向ける。
「もうそろそろ仕事に戻ったほうがよさそうだな。話につき合わせて悪かったの、ゼルガディス殿」
「いや、構わん。興味深い話を聞けたと思っている」
俺の言葉にフィルさんは、がはははっと楽しげに笑い声を立てた。
「興味深く聞いてもらえたなら幸いだ」
さて行こう、とフィルさんは扉に手を掛けた。
>>20090218
このフィルさんは出来た父親だと思います。
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