翌日俺は書類を持ったまま、白蛇が今縄張りとするアズリエルの体内変化を研究する一室へと向かう途中で、青と白で統一された神官服を着た幼い背中を見つけた。
「アズリエル」
呼びかけると、彼は振り返り俺の顔を見た。
「お兄さんもナーガさんのところへ?」
こんにちはとぞんざいに挨拶をしたアズリエルは簡潔に話題を切り出し、俺は頷き彼の元へ近寄ることで答える。
俺が父親だと分かった後でも、アズリエルの俺への呼称が変わることなくお兄さんのままだったのは呼びづらいのか単純に俺を父親だと思っていないのか分からなかった。まぁ、どちらでも俺にとって大差はないのだが。
「ちょっと聞いてくださいよ。もう憂鬱なんです、お兄さん」
唐突にそう述べた彼は、はぁと深い溜息をついた。
俺は彼が憂鬱な理由など一つしか思い当たらなかったので、それを提示する。
「白蛇の検査にか?」
「あの電流攻撃もそりゃ憂鬱ですけどね。でも、あれはまだ好意でやってくれている範囲内に入るので辛うじていいですけど、もっと嫌なことがあるんですよ」
白蛇はアズリエルの細胞の反応を調べるために、人体へ問題のない程度の
電撃
(
モノヴォルト
)
を何度か撃っていた。
よっぽど電撃が好きな人間でなければ痛く感じる電撃など嫌だろう。しかも、白蛇の場合コントロールが大雑把なのでよっぽど頑丈じゃないと一発で死んでしまう可能性がある。そういう意味では、彼はアメリアの頑丈なところを受け継いでいるのだろう。もしくは俺の合成獣時代にあった岩人形の頑丈さを、か。
しかし、それよりも嫌なこととは一体なんだろうか?
「グリア王国の第三王子がお忍びでこっちに来るって連絡が入ったんですよ、唐突に! あの人が来る期間中にはせっかくの城下町での公務もあるっていうのにっ」
唐突な訪問はスケジュール調整も大変で皆に迷惑がかかるのにあの人は何にも考えていないんだから、と付け足すアズリエルは本当に嫌そうで。
めったに声を荒げないアズリエルがそう言っているのだからよっぽどなのだろうと、以前旅中で手に入れていた情報と暇つぶしに目を通していたセイルーン外交情報を照らし合わせて、グリア王国の第三王子を脳内から引っ張り出してみる。
セイルーン聖王国の近隣にある小さな国。国力はセイルーンと比べるまでもなく、セイルーンが温和な国であるからこそ存在していられる国でもある。そこの第三王子、クティオリレス=ル=レテイ=グリアは王位継承権はあるものの三男坊らしく自由気まま好き勝手に国の金を使って遊び暮らしている男、と脳内から出てきた。
なるほど、予想が出来る。
「アメリアの、あの膨大なお見合い写真の一人か」
俺の言葉に、ええと怒りを抑えきれないような声で肯定した。
「母さんは若いですし幸せになってほしいので、お見合い写真を貰うこともその相手が会いに来ることも別に良いんです。でも、あの人は断る母さんに何度も何度も会いに来ては結婚を迫り、僕の機嫌を取れれば母さんを落とせるとでも思ったのでしょうね、趣味の悪い十八金の羽ペンやぎらぎらした剣などお金に糸目をかけず観賞用のものを作ってみました、とでも言いたげなものを渡してくるんですよ。お金さえかければ人の心を得られるとでも思っているんでしょうか、あの人は」
「よっぽど嫌いなんだな」
「僕でさえこんな腹の立つ対応なのに、母さんなんてその数倍は腹の立つようなことをされていると思えば嫌いにもなります」
むう、と唇を尖らせたアズリエルは、そういえばお兄さんにも言いたいことがあるんです、と続ける。
言いたいこととは一体なんなのだろうか、と首をひねり彼を見ると鋭い――嘘を許さぬアメリアのような目で俺を注視した。
「僕が口を出すべきことじゃないことは重々承知しているんですが、でも言わせてください」
「なにを」
「貴方が母さんを女性として好きになる可能性がないのならば――、この国から出て行ってください」
その言葉に、俺は思わず足を止めた。
彼はまったく揺らがない真剣な表情で、俺の真意を探るように見つめ続ける。
「この発言は母さんの意に沿わないことだと思います。でも、お兄さんにはその気がないのにここに居られては、母さんはいつまで経っても貴方のことを忘れられませんから」
僕は母さんに幸せになって欲しいんです、とアズリエルは静かに述べる。
だが、俺はなぜ彼がそういう発言をするのか分からなかった。
俺のような人物ならば、素晴らしい人間が現れれば対比でその人物が引き立ち更に素晴らしく見えるだろう。そうなれば、アメリアが俺以外の人物に心を惹かれるは早くなるのではないだろうか。
思ったままのことをアズリエルに述べると、彼は深く溜息を吐いて呆れたような表情で俺を見た。
「母さんはお兄さんが思っているよりお兄さんのことが好きですよ。その点は、貴方がいない間の母さんを十年見てきた僕が保障します」
といっても、冷静な視点で見れるようになったのは数年のことに違いない。それでも彼は彼なりに彼女の息子としてアメリアを感じそういう結論に至ったのだから、差はあるだろうが俺に対して彼女はそれなりに思うところがあったのだろう。
ならば、俺はアメリアのことを恋愛感情として見れるかどうか考えなければいけない。彼女の幸せを願うアズリエルの気持ちを真摯に受け止めるためにも。
「その結論を出すのに、少し時間をくれないか?」
今すぐに結論を出すのは早急だと思った。
俺を取り巻く状況を正確に把握したのはここ数日のことで、彼女が俺に対して持っていたという好意もここ数日の間でようやく知り、今手札が全てそろった状態である。
そこからどのカードを出し捨てればいいのか、熟考したかった。
「どれくらいですか?」
「どれくらいまでだとアンタは待っていてくれるんだ?」
質問を質問で返すと、アズリエルは少し悩むように下を向いたが数秒ほどで結論を導いたのか顔を上げた。
「僕の体が解決するまで」
「ならば、それまでにはアメリアへ恋愛感情を抱けるのか否かの結論を出そう」
そう述べると、アズリエルはなぜだか複雑そうな表情をした。
アズリエルと共に白蛇が実験室用に借りている部屋に入ると、白蛇が不敵な笑みを浮かべて待っていた。雷撃を受ける彼にとって見れば悪魔のような笑みであっただろうが。
そうして、最後の電流を受け差し出した合成獣についての考察の書類を見ながら数点意見を取り交わすと、彼女はアズリエルに向けて言った。
「アズ、貴方の表面上に見える岩人形の遺伝子は合成獣のようにもう融合してしまったものではなく、まだ治癒できるものだわ。根本原因に関しては貴方という存在がこの世に出てきたときからあるものだし、今回はそこまで踏み込めなかったから分からないけれど、表面からまるで解毒するように岩人形の遺伝子を浄化すれば今の現象は収まるわよ」
「……ということは、今後も岩人形もしくは邪妖精の遺伝子が僕を蝕む可能性があるということですか?」
アズリエルは白蛇の述べたことを咀嚼し、彼女にそう聞く。
すると彼女はええ、と嘘偽りのない返事をした。
「今回の現象は、表面の……貴方にとっては毒とも言える遺伝子が活性化しただけなの。根本的な解決をしたければ、貴方の遺伝子情報の中に岩人形や邪妖精の情報が含まれているのか調べなければいけないし、もし遺伝子に刻み込まれてしまっているのならそれは貴方を司るものなのだから、取り除くことは不可能だわ」
「そうですか。ではその都度対応しなければいけないということですね?」
そうね、と同意した彼女は子供ながら自身に起こっている現象を理解し咀嚼しているアズリエルを見た。
「とりあえず、資料は全て集まったからこれから貴方のその状態を治す白魔法をさくっと作るわ」
「ナーガさんがですか?」
「もちろん。このナーガ様に出来ないことなんてないわっ!」
おーほっほっほ、と高笑いをする白蛇をアズリエルは胡散臭い目で見ていた。
彼女の様子を見ていれば白魔法のアレンジなんて死ぬほど似合わないが、白蛇の白魔法のセンスは右に出る物がいない位すごいものである。以前、とある理由で彼女と行動を共にし白魔法を自由自在に操る様を見てきた俺は、彼女の自信に満ちたコメントをひどく納得しながら眺めていた。
「というわけで、魔剣士。貴方は用なしよ。アズリエルに関しては、何度かアレンジした魔法を受けてもらってその上での結果の測定をとりたいから何度か来てもらうことになると思うけど」
「……それで状態が更に悪化することはないですよね?」
「伯母を信じなさい!」
強く信じなさいといわれても信用できないタイプである。
アズリエルもそう思ったのかすごく嫌そうであったが、分かりましたと物分りのいい返事をしていた。
「でも、浄化のアレンジをしてマウスで測定値作ってそれからだから貴方にも当分お呼びはかけないけどね」
「そうですか。じゃあ、少しは電流地獄から開放されるんですね」
ほっとしたように息を吐くアズリエルの気持ちは容易に理解できるものであった。
白蛇は甥が可愛くないとひどく不満げであったが。
>>20090225
一人ぐらい急かす人が居ないと進みません。
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